28 北陸新幹線のアリバイ
根来警部の顔が現れた。後ろに立っているのは粉河刑事だった。その二つの顔が、たちどころに祐介に釘付けになった。
「どのような御用でしょうか?」
と嶺二が尋ねるが、根来はそれに答えずに、祐介の方に一歩、歩み寄る。
「羽黒、どうしてお前、こんなところにいるんだ?」
「それはこちらの台詞ですよ、根来さん」
根来はそう言われて、少し頭を掻くと、放ったらかしになっていた嶺二の方に向き直った。
「ああ、すみませんね。実は、長谷川が亡くなった日のあなたの行動について、お伺いしたいと思いまして、こうして上がったのです……。失礼ですが、この男と知り合いですか?」
「いえ、たった今、会ったばかりです……」
嶺二は何と説明しようかと悩んでいるように、自分の頭を撫でた。
「会ったばかりなのですか。それにしちゃ、ケーキなんか食べて、仲が良さそうだ」
「今は、羽黒さんのことはどうでも良いでしょう。それよりもなんですか? 私は事件の容疑者なのですか?」
「いえいえ、そういうつもりでお伺いしたのではないですよ。ただ長谷川の高校の同級生は、皆このような確認をとることになっているんです。協力して頂けますね?」
「協力はしましょう」
根来はほっとしたらしく、メモ帳を取り出した。
「当日の午後五時頃、あなたはどこにいましたか?」
「北陸新幹線の中にいました。上野駅へ向かっていたんです」
「上野へですか? 何の用で……」
「試作品のケーキを、尊敬する柏原先生に味見して頂きたくて……」
「誰です? その柏原先生というのは……」
「鎌倉の洋菓子職人です。僕の師匠ですよ」
「ああ、その方に味見をしてもらいたくて……しかし、なぜ、上野に?」
「上野を経由して鎌倉に行ったんです」
「すると、午後五時頃はあなたは北陸新幹線の中にいた。東京行きですね?」
「ええ。なんなら、車内の防犯カメラの映像を確認して頂いても構いません」
それは面倒くさい、と言いそうになって根来は口を塞いだ。
「何時発の新幹線に乗られていたのです?」
「四時十五分発のあさま622号です」
「上野駅には何時に到着しましたか?」
「五時六分です」
やけに時刻を覚えている。すると、死亡推定時刻が五時頃だから、上野駅に到着後ならまだ殺害は可能だったとも言える。しかし、上野駅のどこで殺人ができるというのか。
「ひとりで乗られていたのですかな?」
「いえ、私の後輩の牧野も同行していました」
「上野駅でも、ずっと一緒でしたか?」
「ええ。トイレに行く時間は数分ありましたが……」
「駅のトイレですか」
「ええ……」
いくらなんでもそこで殺したはずはあるまい。とは言いつつも完全には否定できない。
根来は、あさま622号の車内カメラと上野駅の防犯カメラを確認することと、牧野という菓子職人から事情を聴取することを決めた。
僅かに根来が引っかかるのは、月島嶺二が午後四時十五分まで高崎にいたということだ。
殺された長谷川刑事は、午後四時に自宅に電話をかけてきて、その時に「高崎にいる」と妻に話している。彼は、そこから月島嶺二と同じ新幹線に乗って上野に向かったという推理も可能である。だとすれば、新幹線の車内や上野駅で殺害されたということもありうるのだ。
しかし、そんなことが本当に可能だろうか……?
根来は、だんだんと頭が追いつかなくなり、考えるのをやめた。
「それからどこへ行ったのですか?」
「上野でちょっと買い物をしました」
「なに、改札を出たのですか?」
「ええ。しかし、ほんの少しの間です。三十分には駅に戻り、上野新宿ラインで戸塚へ、その後、横須賀線で鎌倉へと向かいました。着いたのは六時半のことでした」
すると、そこで詩織と会ったというわけか、と祐介は端から聞いていて納得した……。




