26 洋菓子店パターツドウス
月島嶺二は、前橋市の洋菓子屋で働いているという話であったが、この洋菓子店は問題のあの日、休業していたらしく、当日の彼の動きはまるで見えてこなかった。
そこで祐介は、本人に会いに行って尋ねるしかないという大胆不敵な考えに至り、翌朝、荷物を整えるとひとり前橋へと向かったのである。
祐介は出来ることならば、前橋には近づきたくなかった。というのは、根来が厄介な事件に巻き込まれているからである。
もしも、根来にこのことが知られようものなら、途端に祐介は彼に捕まって、訳のわからない事件の説明をされ、強制的に推理をさせられることが想像できるからだった。
(それは勘弁だなぁ)
祐介はそう思いつつも、少し笑った。
それに加えて、問題なのは月島嶺二という人間にどう説明しようかということだった。彼の当日の行動を聞き出そうにも、不自然があっては困る。しかし、間違いなく不自然になる。お近づきになって、雑談から引き出してゆくしかないようだった。
前橋駅についてから、祐介はふらふらと道を歩いて、そのパターツドウスという洋菓子店へ向かった。見ると、お洒落な店構えが見えてきた。
ドアの横に置かれた小さなクリスマスツリーにはリボンと鈴が付いていて、少し得意げに見える。祐介がドアを開くと、チャリリンと軽やかに音が鳴り、すぐさま、気の良さそうな女性が張りのある声で、
「いらっしゃいませ!」
と言った。
祐介は、外した手袋を弄びながら、ショーケースの近くに歩いてゆき、中をちらりと覗き込んだ。生クリームがたっぷりとのったケーキはいかにも甘そうだ。その隣のほろ苦そうなチョコレートケーキもなかなか上等なものだ。祐介の視線がさらに隣のレアチーズケーキに至ったところで、さりげなく、
「あの、嶺二さんはいますか?」
と尋ねた。
「ああ、嶺二さんはねぇ、今日はいないんですよ……」
「どこかに出ているんですか?」
「そうですね。高崎の方に行ってると思うのですけど。あの、嶺二さんのお知り合いですか?」
「ええ、ちょっとね……」
嶺二は今ここにいないと分かると、祐介はさらに大胆になった。
自分は嶺二さんの中学校時代の知り合いだとその女性に話して自然に話が弾んだ。しかし、自分は二ヶ月もしないで、引っ越したものだから、果たして当人が覚えてくれているか分からない、と用意周到なことも言っておいた。それで、本題に移る。
人違いかもしれないが、あの日、妹が電車の中で嶺二さんらしき姿を見た。そのときに妹が男性に絡まれて困っているところを、その嶺二さんらしき人物に助けてもらったので、是非ともお礼がしたい。しかし、その時は忙しなく別れてしまったから、本当に嶺二さんかどうかはっきりと分からない。僕が前橋に寄ったついでに本人に尋ねてこようと思った。
……とまあ、よくもこんな嘘がぺらぺら言えるな、というぐらいに喋った。
「へえ、まあ、嶺二さんがねぇ」
と女性が返答に困っているところに、当の嶺二がカランと音を立てて帰ってきた。
嶺二は、祐介の顔を見ると、なんだかはっとした顔をして、思わず顔を背けた。
「ああ、嶺二。久しぶり……」
と祐介は胡散臭い声を出した。
嶺二は驚いて、しばらく祐介の顔を見ていたが、なんと言ったら良いのか分からないらしく、口ごもっていた。
「嶺二さん! 覚えていないの? 中学校の頃に一緒だった羽黒さんですよ!」
と女性が加勢したおかげで、嶺二が決まり悪そうに頭を掻いて、
「いや、あの……」
と言った。そして、しばらくした後に、
「ああ、久しぶり……」
とぼそりと呟いた……。




