25 英治のオムレツ
詩織はバックから一枚の写真を取り出すと、
「彼の写真です……」
と言って、祐介に手渡した。
その写真には、広い額に一筋の皺を寄せている知性的な好男子が写っていた。かすかに口元が笑っているが、どこか信用ならない微笑みなのである。顔に差した暗い影が、妙に人の心情に触れるところがあった。
「この方が月島嶺二さんですか?」
「ええ」
「彼はどちらにお住まいですか?」
「群馬の前橋です。彼は元々、群馬の旧家の出身で……と言っても、彼の実家は洋菓子店を経営している程度のものですが……彼は、東京の大学に進学をして、大学生の頃、私と出会ったんです」
「それから?」
「卒業後、実家の洋菓子店で働き始めました」
「なるほど」
祐介は頷いた。
「とにかく、あの日の彼の行動を調べてほしいんです。分かりましたら、すぐに私に連絡をください」
「分かりました」
「すいません。今日はこのあたりで失礼します」
「ええ……」
「あの、このことは、くれぐれも内密にお願いいたします……」
「分かりました。お任せください」
祐介は了解した。
詩織は、バックを手に持って立ち上がると、慌ただしく部屋から出て行こうとした。祐介も止める気は起きない。もはや、一目惚れどころではない。恋心が冷めたというわけではないのだけど、今はそれどころではない感じがしたのだった。
詩織は、ドアの前で振り返ると少し俯き加減に、
「あの、それでは、お願いします」
と言った。
「ええ、ご安心を……」
祐介はそう答えて、微笑んだ。
祐介は、詩織を見送った後、部屋を歩いて、長椅子にもたれかかった。そして、額をそっと押さえると、静かに考えごとを始めた。
しばらくして、助手の英治が隣の部屋から出てきて、祐介にふらふらと近寄ってきた。
「あれ、先ほどの人はもう帰ったのかい?」
「ああ、もう帰ったよ……」
「どうした? 頭が痛いのかい?」
「ちょっと静かにしてくれ……」
英治は、祐介の様子を見て首を傾げると、ふふっと笑って、
「まるで迷子の猫みたいだな……」
と呟いた。意味が分からなかった……。
英治は、さも愉快そうに笑い声を上げながら台所に歩いてゆき、冷蔵庫を開けて卵を二つほど取り出した。そして、ぽかりと殻を割って、ボールに生卵を入れた。
「今日の夕飯は、オムレツとご飯だよ」
「また、それか……」
祐介は不満げに呟いたが、英治の返事はなかった。英治は、フライパンに油をしいて、カタカタと揺らしている。間もなく、じゅうっという音が鳴り、玉子の良い香りが台所に広がった。
祐介は、くるりと椅子を回転させて、暗闇に溶け込んだ街を見つめ直した。
……相変わらず、夜空に星は見えなかった。




