24 詩織の依頼
頓珍漢な助手を持った不幸を嘆いても仕方がない。祐介はそう思い直すと、詩織に尋ねた。
「お話を伺いましょう……」
詩織は、ええ、と小さく呟いて、髪を掻き上げると、おもむろに語り始めた。
「私には、結婚を約束している男性がいます。その男性が、半年ほど前から人が変わったように、私に冷たくなったものですから……」
「ええ」
「……私は、これでもうお終いなんだ、という気持ちが致しました」
祐介は、しばらく黙った後に、
「……そうでしょうね」
と相槌を打った。
「いえ、そう簡単に決めてはいけないんです」
「ええ?」
「彼には彼なりに事情があるのだと思っておりました」
「そうですね。そういうこともあるでしょう」
「……本当にありますかね」
「いや、白石さんがそう感じるのであれば……」
祐介は、失恋の痛みを感じながら、のろけ話を聞かされるのではないか、という嫌な予感がした。
「しばらくの間、彼とは連絡がつきませんでした。それで、気持ちをあらためようと思って、私はひとり、鎌倉の旅に出たんです」
「それで、ですか……」
祐介は合点がいった。
「そうしましたら、羽黒さんと江の島で会ったあの日の晩、彼と出くわしたんです」
「どこで、ですか?」
「鎌倉駅です」
「なんですって、偶然会ったのですか?」
「ええ。まったくの偶然です。その晩、私たちは仲直りしました」
「良かったですね……」
本当にのろけ話に進展しそうなので、祐介は気が気でなかった。
「良くはありません」
「何故ですか?」
「彼はどうして、あの日、鎌倉に来ていたのでしょうか。私が不審に思って尋ねても、彼は一向に教えてくれません」
なんだっていいじゃないか、という祐介の本心はともかくとして、詩織は語り続ける。
「なんだっていいじゃないかとお思いになるでしょう。でも、私が気にしているのには理由があります。実は、私の友人にひとり、以前彼と親しく付き合っていた女性がいるんです。その女性と密会していたのではないか、という気がしてならないんです。そう思ったら、こんな形ばかりの和解はとても喜べません」
「なるほど、恋人が鎌倉で女性と密会していたというのですね」
祐介は頷いた。
「その女性は横浜に住んでいます」
「なるほど、鎌倉と横浜は目と鼻の先。疑わしいと言えば疑わしい。しかし、それだけの根拠では……」
「根拠はあります。私はそれから、彼と会っていますが、確かに何か秘密があるとしか思えない。全神経で感じ取っています。確かにあの日、彼に何かあったとしか思えないんです」
詩織は、祐介はじっと見つめると、
「だから、あの日の彼の行動を調べてほしいんです」
と言った。
祐介は、なんだか、妙な心地になった。一目惚れをした相手の浮気調査をしなければならないというのも大変に妙だ。だが、それよりも、詩織の何か悟ったような、物怖じしない態度が、江の島の時の悩みの底に沈んでいた詩織とは別人のように感じられた。
「それでは、彼の一日の行動を調べるのですね」
「ええ、あの日の行動です」
詩織はきっぱりとした口調だった。それから、静かに珈琲を一口飲むと、ふうとため息をついた。
「お金はいくらでもお支払い致します。お引き受け頂けるでしょうか」
「それは構いませんが、当の男性のお名前は?」
「月島嶺二です」
そういえば、胡麻博士もレイジだったなぁ、と祐介は下らないことを思い出した……。




