表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/97

23 白石詩織の電話

 祐介が夜空を遮るビルを眺めていると、デスクの上の電話機が高らかに鳴った。

「はい。羽黒探偵事務所です」

 祐介は、くるりと椅子を回転させながら電話を取ったので、机の上のカップから珈琲が溢れそうになった。慌てて、カップを抑える。

『あの、羽黒さんですか?』

「いかにも、羽黒です」

 なんだか、どこかで聞いたことがある声がした。透き通るような女性の声だ。

『あの、私です。白石です……』

「えっ……?」

 祐介はその言葉に驚いて、カップを転がしてしまった。慌てて、ハンカチでデスクを拭く。

「……白石さんですか。お久しぶりです」

『ええ、ちょっと池袋に来ているのですけど……』

「ええ、池袋に……」

 祐介は、状況を把握できぬまま、ハンカチでデスクを拭き続ける。


「……池袋ですって?」

『はい。今からそちらにお邪魔してもよろしいでしょうか』

 どういうことだろう。祐介は判然しないまま、ハンカチを裏返した。

「ええ、来て頂けると僕も嬉しいですが……」

 なんでまた、と尋ねそうになったが、電話口であれこれ喋るのも面倒なので、

「事務所の場所、分かりますか?」

 と質問を変えた。

『実はもう入り口の前にいます』

 そんな近くにいるのか、と祐介はちょっと驚いた。

「ええ、そうですか。それなら階段を上がらないといけません」

『そうではなくて、ドアの前にいます』

「なら、ドアを開けてください」

 祐介の正面のドアがゆっくりと開かれた。紛れもない白石詩織が立っていた。


 電話がかかってきてから、白石詩織が登場するまで、あまりにも(せわ)しなかったので、祐介はまだ状況を理解できぬまま、中央のソファーへと移動した。

「お久しぶりです……」

 白石詩織は、うつむき加減に言った。前回よりも頬が痩せた気がした。

「今、珈琲を淹れましょう。英治……?」

 その声に、奥の部屋から室生英治がのそのそと出てくる。まるで熊だ。英治は、白石詩織の顔を見て「ああ、どうも」と無愛想なお辞儀をすると、洗い場にまわる。

「江の島の時はお世話になりまして……」

「いえ、こちらこそ。白石さんはあれから……?」

「友達の家に泊まって、翌日、東京の自宅に帰りました……」

 そう詩織は述べた後、事務所の中をゆっくり見まわした。しばらく本棚を眺めていたが、犯罪学や法医学の本を見つけると、視線を外した。

「今日はどうして池袋に……?」

 祐介は慎重に核心に触れる。

「羽黒さんに、お願いがあって来たんです……」

 と詩織は答えたが、その内容をはっきり述べようとしない。


「浜辺で、僕に話してくれたことですか?」

「ええ……」

 詩織は、祐介に先に言われて、少したじろいだ。

「そう。そのことです。私の恋人のことです」

 祐介はつらいところらしく、少しうつむき加減に頷いた。

「どうも彼に不審な点がありまして。私たちが江の島で会ったあの日の、彼の一日の行動を調べてほしいんです……」

「あの日の、ですか?」

 祐介はちょっと不思議な依頼だな、と思った。

「ええ、あの日の行動です。あの日、彼がどこで何をしていたのか知りたいんです……」

「失礼ですが、どうして、あの日なのか教えて頂かないと……」

「分かっています。出来る限り、お話しするつもりです……」

 詩織はそう言って、髪を掻き上げた。

 そこに英治が左右に体を揺らしながら、珈琲を二つ持ってきた。なんで二つなんだ。

「どうも、美味しい珈琲ですよ」

「ありがとうございます……」

「なんだか知りませんが、大丈夫ですよ。うちの祐介は名探偵ですから」

 英治はそう言うと、愉快そうに笑った。それから、テーブルに置いた珈琲の一つを持って、隣の部屋に戻って行った……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ