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22 羽黒探偵事務所

 十二月に入ると、いよいよ肌寒い日が増えてくる。茶色くなった落ち葉が、道路に散乱していて、いかにも見すぼらしい。中旬にもなると、この落ち葉がみんな()けて、道路は綺麗になり、つるりとした枝ばかりが、乾いた風に吹かれて、音を立てて揺れるようになる。こうなると寂びしい。日差しは弱まって、空は透き通るような淡い青色で大変結構だが、彼方は少し白く霞んで見える。日が暮れれば、藍色に染まる。往来には、厚手のコートとマフラー姿が増える。どことなく地味な色合いが多い。息を吐けば、白く曇る。東京の冬は、こんな風にして始まる。


 羽黒探偵事務所は、東京池袋にある。池袋から王子の方へと歩いて行くと、あまり騒がしくなくなったところにぽつりと四階建てのビルがある。この二階が羽黒探偵事務所である。

 祐介は、こんなけたたましい街で寝起きするのは面倒だし、嫌なのだが、板橋や滝野川あたりまで行ったところにマンションを借りるというのも億劫だし、かといって、満員電車には乗りたくない。そういうことを考えているうちに、この事務所の一室を寝室にして、寝起きをし始め、すでに三年という月日が経った。

 助手の室生英治(むろうえいじ)は、あまりにも仕事をしないせいか、このところ、少し三枚目になってきたようである。

 十二月に入ってからだろうか。街にはイルミネーションが目立っていた。日が暮れれば、至るところが星空のようだ。


 こんな時にも浮気調査をしなければならないというのは、ロマンもへったくれもない。(さか)しいはずの人間の貧しい出来心にはつくづくうんざりした。

 街を歩けば、どこからともなく聞こえてくるのはクリスマスの曲ばかりになった。サンタクロースが駆け回る類のものもあれば、神聖な雰囲気のクリスマスキャロルもある。踊り出したくなるようなダンスナンバーも混じっている。

 ホワイトクリスマスを期待する声もちらほら聞こえてくるが、東京はクリスマスに雪が降るほど、寒くはない。そもそも、今年の冬はあまり寒いという実感がない。

 祐介は、大きな事件が起きない時は、平凡な浮気調査などをしている。

 不倫の疑いがあるということで尾行していた夫人が、絶世の美男子に後をつけられることに気づき、すっかり早合点して、胸をときめかしてしまったために、かえって揉め事が大きくなったというのは、ここだけの話だ。

 祐介はこういう品のない仕事は嫌いである。また足を使うのも嫌いだから、懲り懲りしているのである。

 たまに根来の捜査が気になって電話をかける。すると根来に「何も変わっちゃいねえよ」と言われて、電話を切られる。根来も苦戦しているらしい。


 あと一週間もすれば、クリスマスだなぁ、と祐介が思っていると、助手の英治が温かい珈琲を出してくれた。

「お疲れ様」

「なんだ、馬鹿ににやにやしてるね」

 祐介は、変な気がして、英治に尋ねた。

「今朝、電話が来たんだよ」

「誰から?」

「麗華さんからだよ」

「そりゃあ、お幸せに。それでどうなったの?」

「クリスマスに会うことになった」

「良かったね」

 英治はさも嬉しそうに笑うと、今度はタップダンスの如き陽気な足音を立てながら、室内を歩きまわりだした。静かにしてくれ、と言いたくなる騒がしさだった。


 祐介は、珈琲を一口飲むと、椅子をくるりと回転させて、窓の外を眺めた。外はすでに日が没していた。防音加工を施しているから、物音は聞こえないが、夜も騒がしいのだろう。

 こんな街では空気が(よど)んで、星は見えない。星が見えないから、イルミネーションで大地に星空を(つく)るのだろうと祐介は思った……。

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