21 魚は釣れない
それから根来は日夜、捜査に尽力した。
当日の往来は少なかったため、聞き込み調査は芳しい成果を上げなかった。また、長谷川刑事の身辺をいくら探っても、事件当日、長谷川刑事と会ったという人間は見つからなった。
とりわけ、長谷川刑事が生前、妻に電話で語っていたという「高校の同級生」探しは執拗に続けられた。長谷川刑事が通っていた高校の同級生、一人一人に聞き込み調査を実施したのである。ところが誰ひとりとして、事件当日に長谷川刑事と会っていたと言う人間は浮上しなかった。
これは釣りと同じようなものであった。魚を釣ろうと思い立った時には、誰だって釣れると信じているものである。ところが、本人が期待しているようには、魚は釣れない。だんだんつまらなくなる。その見えない魚が「高校の同級生」なのだった。
捜査は、十二月に入ってからも、一向に解決の兆しが見えない。ただ時間を浪費するのみだった。
紅葉は茶色くなって、落ちる。枝ばかりが残る。空が一層白く霞んで、肌寒くなる。出歩くのが億劫になる。それだのに、魚は釣れない。
捜査会議も、根来が発言する番になると、ピリリとした空気になる。鬼根来が何を語るか、と視線が集まる。根来は特に言うことがない。したがって、上手いことが言えずに「とにかく、高校の同級生だ」と言った。大した中身もない癖して、その言葉には重みがあった。
そうは言ったものの、根来は「高校の同級生」探しはどうも当てにならないと思い始めていた。本当に高校の同級生と会っていたのなら、そろそろ、名乗り出てきてもよい頃だ。それもできないのなら、はじめから犯人で、名乗り出るつもりなどないのかもしれない。
根来は、高校の同級生の名簿を訳もなく、めくっているうちに、時間の流れが早くなるのを感じた。今日も大した進展もないまま、日が沈んだな、と思い続けて、一週間が経ってしまった。
「根来さん」
根来が、名簿から顔を上げると、群馬県警随一の剣術家と知られる粉河修二刑事が、その精巧な美顔を、これまでにないほど無表情に徹して、口を一文字に結んでいる。
「どうした」
「そんなことをしていても、無意味ですよ」
「それは俺だって知ってるよ。だけどな、成果の出ないようなことしか、もう残っていないんだよ……」
「それにしたって、名簿とにらめっこしているのは、いくらなんでも無駄です」
案外、きっぱりものを言うのがこの粉河刑事の特徴なのである。
「しかし、どこをどう間違えたかな……」
「一つ考えがあります」
「なんだ?」
「根来さんが襲撃された一件を覚えていますか?」
「忘れるわけねえだろ」
粉河は気にせずに、坦々と述べる。
「あの襲撃事件と今回の事件が同一犯であるなら、おふたりが力を合わせて捜査に当たった事件が、そもそもの動機になるはずです」
「同一犯ならな……」
「ええ。しかし、可能性はあります。この方向で捜査を進めるべきです……」
根来は頷くと、しばらく考えていたが、何か思い当たったらしく、粉河の顔を見ると、
「お前も俺も仕事一筋だ。しかし、あまり仕事一筋になっちゃいけねえぞ」
「………」
「すみれのことなんだが……、この前の事件の時、お前と会ったじゃねえか……」
「青月島の時のことですか?」
「ああ。その時な。そんで、家に帰ってから、粉河をどう思ったって、聞いてみたんだよ」
「はあ」
「特には、普通だったって……」
「はあ」
「でも、家庭より仕事一筋って感じの人かな、って。聞いてるのか、おい」
「ああ、はい、聞いてます」
「だからな、お前はちょっと家庭を持つには、仕事一筋すぎるんだな」
粉河は、困惑したように、頭を抱えると、
「いや、あの、根来さん。すみれさんに私や羽黒さんの話をするのはやめていただけませんか?」
「なに、どうしてだ」
「だって、すみれさんが私や羽黒さんをどう思おうと根来さんは関係ないじゃないですか」
「関係なくはないだろう。もしかしたら、ということもあるし……」
「でも、すみれさんの恋愛は、すみれさんの自由じゃないですか」
「そんなことは百も承知だ」
「いや、根来さんは分かってないですよ」
「ちゃんと分かってる!」
このようにして、事件の捜査はなかなか進展しないまま、時間ばかりが過ぎていったのである。秋も過ぎて、街の彩りは減り、草木は深く暗く地味になり、折れ曲がった枝が、白く霞んだ青空を一層寒く見せた。冷たい風が吹き抜けた……。




