20 捜査
殺害された長谷川純二刑事は、三十歳手前の好男子で、前橋警察署の捜査第一課に所属していた。
以前、前橋市で起こった強盗殺人の捜査で、根来とタッグを組んだことがある。
それは、今から三年ほど前の出来事になる。その事件は、前橋駅から幾分離れた、一軒家がまばらに並び、畑、ビニールハウスが随所に広がる、人通りの少ない閑散とした裏道で起こったものである。夜間にこの道で、会社から帰宅途中の女性が背後から何者かに包丁で刺されて、財布やネックレスなどの金品を持ち去られたというものであった。
事件現場が、前橋警察署の管轄であったため、前橋警察署と群馬県警察本部が捜査に当たった。この時、聞き込み調査でタッグを組んだのが、根来警部と長谷川刑事だった。
この時以外にも、捜査で関わったことがあり、何しろ、前橋という狭い地域の中にあるので、交流は多かった。
馴れ初めの如きものはそれぐらいにして、長谷川刑事殺人事件の方に戻るとしよう。
事件発生の翌日からは、さらに大掛かりな聞き込み調査が実施された。
しかし、これは根来が期待したような成果を出さなかった。生首が発見された時刻は十時過ぎ、胴体が発見されたのは零時をまわっていた。当然のように往来は少なかった。したがって、目撃者は少ないのである。
根来が、長谷川刑事の自宅に訪れると、そこで極めて重要な証言が得られた。
長谷川刑事の妻、沙織はさすがに刑事の妻とあって、あまり悲しみの感情を表に出さず、冷静に事情聴取に対応していた。刑事の妻ということは、侍の妻であることと同じなのである。夫が殉職したとしても、それは侍の討ち死と同じだったという感覚があるようだった。
さて、長谷川刑事は事件当日は終日、休日であった。したがって、当日の彼の行動は何よりも妻である沙織の証言に基づいて再現されることになるだろう。
「長谷川は昨日、どこへ行ったのですか?」
「それが用があるというだけで、目的地も知らさずに出かけて行きました……」
「ふむ。時刻は?」
「一時頃、自宅を出ました」
「当日の午後一時ですね?」
「はい、それから、四時頃、電話がかかってきて……」
「長谷川から、ですか?」
「え、ええ」
「あなたに?」
「自宅の電話に、です」
「彼は何と言いました?」
「高崎にいる、と」
「群馬県の高崎ですか?」
「それは勿論、そうでしょうね」
根来は、慌ててメモ帳に書きなぐった。もはや、読めないような字になってしまったが、気にしていられなかった。電話によれば、殺害される前、午後四時頃、長谷川刑事は高崎にいたという。これで、彼の足取りが掴めてきた。
「一体、何の為の電話だったのですか?」
「さあ、ただ高崎で、高校の同級生と会っていると言って、それだけで電話は切れてしまいました」
「高校の同級生と会っている、彼はそう言ったのですね?」
「ええ、嘘か本当か、分かりませんが……」
長谷川刑事が嘘をつく必要なんてないだろう。とにかく彼は、殺される直前に、高崎にいたことになる。
「高崎のどこだと言っていましたか?」
「さあ、これ以上は何も……」
……根来は頷いた。
とにかく、長谷川刑事は事件当日の午後四時に「高崎で、高校の同級生に会っている」という電話を、自宅にかけているのである。
さらに付け加えるならば、司法解剖が行われ、いよいよ被害者の死因や死亡推定時刻が明確になってきていた。
まず被害者の死因は、腹部や胸部を日本刀のような鋭利な刃物で切りつけられたことによる失血死である。したがって、首の切断は死後に行われたと考えられる。
次に被害者が死に至った時刻は、午後五時前後と鑑定されている。
午後一時に自宅を出て、午後四時に高崎にいるという電話を自宅にかけて、午後五時前後に殺害されて、午後十時に生首が前橋の公園で発見され、その二時間後の零時に、前橋市内のお寺の境内から胴体が発見されたのである。
……このいくつかの空白の時間に、一体、長谷川刑事は何をしていたのだろうか?




