19 羽黒祐介、鎌倉を去る
『ところで、お前は今、どこにいるんだ?』
根来は、急に思い直したように尋ねた。
「鎌倉の民宿にいます」
『なんで、そんなところにいるんだ?』
「胡麻博士に誘われて来たんです」
『ああ、胡麻博士か。五色村での事件ぶりだな……まあ、そんなことは良い。こっちはこっちでなんとかするから、安心していろ』
「分かりました。しかし、命だけは守り抜いてくださいね」
『ああ、俺は無敵だ』
そう言って、根来は電話を切ったので、祐介はなんだか、妙に不安な気持ちが残った。
(大丈夫かな……)
祐介はそう思いながら、部屋に置かれているテレビをつけた。ニュースがやっていないだろうか。
しばらく、探していると、ニュース番組が見つかった。きりっとしたスーツ姿のアナウンサーが、重々しい口調で語り出した。
『……では、次のニュースです。昨夜十時頃、群馬県前橋市の公園で、男性の頭部と見られる遺体の一部が発見されました……』
公園の映像が映し出される。大きな池のある公園だ。画面の奥にはミルクティーのような色合いのビルが、天に向かって伸びている。その公園のベンチが映し出される。風を受けて、髪型の崩れた男性リポーターが立っている。
『……男性の頭部は、このベンチの上に、置かれていたということなのですね』
リポーターは、抑揚のある声で、力強くリポートしている。その後で、前橋の住人のインタビューが映し出される。公園で、毎朝、犬の散歩をしているという白髪の男性が映し出される。
『いやぁ、毎朝、散歩しているからねぇ。まさか、ここで事件が起きるとは……』
祐介は、しばらくテレビを見た後、立ち上がって、帰り支度を開始した。事件を捜査しようと思ったわけではないが、なんだか、観光をしていられない気持ちになった。
そこに胡麻博士が帰ってくる。思いの外、息が切れている。
「歳ですかねぇ。おっ、どうしたんです。もう帰るのですか」
「仕事もありますからね」
「ふむ」
「ところで、胡麻博士。一週間ほど前に、根来さんが何者かに命を狙われたらしいんです」
「なんですと……」
胡麻博士は震えた声を出した。
「それで昨夜、どうも前橋で警官殺しが起こったそうなんです」
「もしかして、根来さんは、殺されたのですか?」
そんなわけないだろう、と突っ込みたかったが、祐介は堪えた。
「いえ、根来さんの知り合いの長谷川刑事という方が殺害されたのです。ちなみに、根来さんが襲撃されたこととの関連性は、まだ証明されていません」
「そうですか。分かりました。すると羽黒君は、これから群馬県へ向かうのですね」
祐介は首を傾げた。
「いえ、まだそうとは決めていません。ひとまず、池袋の事務所に帰る予定です。仕事もありますしね」
胡麻博士は無駄に三度、頷くと、
「ええ、幸運を祈ります」
と言った。
胡麻博士はしばらく鎌倉に残るということであった。祐介は、民宿で胡麻博士に別れを告げると、北鎌倉駅から電車に乗って、東京池袋を目指した。そこには羽黒の探偵事務所があるのである。
流れる景色の中に白石詩織の瞳が見え隠れした。しかし、それはどこか悲しみをもっているように感じられた。
(なんだろうか……)
疑問ばかりあって、答えの見つからない、そんな心の迷宮に閉じ込められていた。
祐介はこの時まだ知らなかった。白石詩織の悲しげな瞳、根来警部襲撃事件、長谷川刑事殺人事件、そして祐介の記憶の底に眠るものの全てが、繋がっていることなど……。




