18 根来警部との電話
祐介が電話をかけると、根来の眠たげな声が出た。
『俺だ……』
「根来さんですか?」
『ああ、俺だよ……』
「メールを読んだのですが……」
『そうそう。やっと気づいたか。まあ、そんなことより、ちょうど良い時に電話をかけてきたな』
「殺されかけたって、どういうことですか?」
『そのままの意味だ。ヘルメットを被った男に日本刀で斬りつけられたんだ』
「はあ……」
祐介は、この人はよく日本刀で斬りつけられる人だなぁと思った。
青月島の洞窟の中を、出口も分からずに彷徨いながら、何度も日本刀で命を狙われたのを思い出す。あの後、ふたりして病院に向かったが、祐介が夏風邪を引いていたのに対して、根来は無傷でピンピンしていた。(『青月島の惨劇』を参照されたし)
『それは一週間も前の話だ。それよりも昨日、所轄の刑事が殺された。俺の知り合いだ』
「なんですって……」
『それで、今、捜査をしている。畜生! 被害者は首を切断されていた。首は前橋にある公園から発見されて、胴体も前橋のある寺の境内から発見されたんだ……」
「根来さんを襲ったのと同一犯ですか?」
『分からん。しかし、死体の切り口がどうも日本刀を思わせるところがあるらしい』
「だとしたら、警察官を狙った犯行だということですか?」
祐介はふらっと目眩が襲った気がした。警官殺しという言葉は、祐介にとって、決して忘れることのできない過去を連想させるものだった。
『分からない。しかし、まだお前の手を借りんでも大丈夫だ。警察官を狙った犯行だとしたら、俺たち警察官が対処しなきゃいけない事件だ。それに長谷川は……被害者の名前は長谷川というんだが……長谷川は所轄の刑事だったが、俺と捜査を共にしたこともある戦友だ。仇打ちということになれば、俺が取っ捕まえねけとならねえんだ』
「そうですか。しかし、無茶は禁物ですよ。第一、根来さんは犯人に命を狙われたのでしょう? すみれさんのこともあるのですから、あんまり早く命を失うのは、刑事とはいえ良くないですよ」
ひどい毒舌のようだが、祐介も青月島で根来と共に死にかけた仲である。根来の無茶なところも良く知っている。
『安心しろ。俺はまだ死ねない』
「ええ」
『孫の顔を見るまでは……』
「気が早いですね……」
すみれは恋人ができないまま、悲劇的なクリスマスが近づいているのに怯えているのだった。かくなる上は、恋人のいない仲間たちで集まってパーティー、けたたましきオールナイトを繰り広げる所存である。
根来は、自分が命を狙われたことよりも、すみれがクリスマスのことを心配しているとはつゆ知らずに、孫の顔を見たいなどと呑気なことを言っている。
『お前もそろそろ、結婚を前提にした交際を考えろよ』
「いえ、僕は仕事一筋なので……」
仕事一筋のものが、ふらふらと一目惚れしてしまったというのもおかしいが、そんな浮ついた話は根来に喋れない。
「そういう、根来さんも再婚を検討なさったらどうです」
『いや、俺の心の中には百合子がいるから良いんだ。俺にとっちゃ、あいつ一人だ』
としみじみと亡くなった妻のことを思い出す根来。
「そうですか……」
しばしの沈黙。
『いや、そんな話じゃねえんだよ。俺は殺されかけて、現に、刑事が一人殺されているんだよ。なんで、こんな時にこんな話をせにゃならんのだ』
「いやいや、根来さんが話し出したんでしょう……」
……祐介は、訳の分からなさに困惑した。




