13 夕日の浜辺で
日が海面に傾いてきて、あたりは薄暗くなってきていた。腕時計を見れば、四時過ぎだった。日没は四時半だろう。冷えた風が吹いてくる。
祐介と詩織はふたりで、江の島の見える浜辺の階段に座って、海を眺めていた。
胡麻博士は途中で別れて、現在も、勝手に海岸を歩き回っているようだった。
「寒いですね」
祐介は味気ない感想を言った。それから、ちょっと間をおいて、
「白石さん、今日はどちらに泊まられるのですか?」
「鎌倉に知人が住んでいますので……」
詩織はそう言うと、それ以上何も言わず、悲しげな表情を浮かべて、うつむいた。しばらくして、詩織はまた沈黙を埋めるように、
「海が赤くなってきましたね」
と言った。
「間もなく日没ですから……」
祐介は、またつまらない感想を言った。
それから、祐介はずっと気になっていたことを聞いてみようと思った。もう詩織とは会えないかもしれない。そんな予感がした。だから、どうしてもこの場で聞いておきたかったことがあった。
「どうして、鎌倉に来ようと思ったのですか?」
ひとりで、とは言わなかった。
詩織は、赤く染まりゆく空と海を眺めたまま、ただ静かにしていた。しばらくして、ぽつりと、
「大切な人が遠くに行ってしまったような気がしたから」
と言った。
「遠くに……」
祐介はどう反応して良いか戸惑った。
「あの人は、もう私の知ってるあの人じゃないって、思う時ありませんか。そう思った途端、あの人はすごく遠くに行ってしまったなって……寂しくなる時ってありませんか……」
詩織の声は、かすかに震えていた。
「だから、寂しくて……それなら、いっそのこと、ひとりになりたくなった……でも、ひとりで訪れてみると、やっぱり寂しくて……」
祐介は、詩織の言葉の意味を色々と想像した。想像すればするほど、想像が爆発して、わけがわからなくなった。結果、詩織を腫れもの扱いしてしまって、なんと言葉をかけて良いのか分からぬ始末……。
詩織は腕時計を見て、立ち上がった。
「今日は、楽しかったです。なんだか、ほっとしました。鶴岡八幡宮であなたを見かけて、江の島のお店で再会できて、こうしてお話ができたのも何かのご縁だと思います」
「お力になりたかったのですけどね」
「元気になりましたから……」
そうは見えないんだけどな、と祐介は思った。
詩織は立ち上がった。詩織もまた夕焼け色に染まっていた。
浜辺は深い影となり、煌々とした夕日は海へと落ちてゆく。空も海もただ茜色の陰影に包まれてゆく。光が眩しく、彩りが美しく、そしてどこか寂しげな眺めだった。
「またお会いできると嬉しいです」
祐介は素直な言葉を口にした。
「でも、なんだかもう会ってはいけない気がします」
「何故ですか」
「それが運命のような気がするから」
祐介は、会えたことを運命のように思った。でも、詩織はもう会えないことが運命だと言った。それが祐介には分からなかった。
「だけど、私も羽黒さんの事務所に電話をかけてしまうかもしれません。そしたら……」
詩織は、寂しげに微笑んだ。その先の言葉は分からなかった。彼女は何も言わなかった。
ここで、祐介と詩織は別れた……。