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11 曖昧なふたり

 祐介は、窓の外を眺めていた。すると、そこに透き通るような声が響いた。

「すみません……」

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「ええ、待ちますか?」

「すみませんね。ただ今、混み合っていまして……少々、お待ちくださいね」

 おばさんはそう言って、忙しそうに店内を走りまわっている。空いている席はないようだった。

 祐介は、入り口の方をちらりと見て、思わず目を疑った。

 そこに立っていた女性は、他でもない。先ほど鶴岡八幡宮の石段を下ってきた女性に他ならなかったのである。

 女性は、ふと祐介の方を見ると、はっとした様子で、軽く会釈をした。ふたりは座敷の上と下という違いはあったものの、程近いところにいた。そして、女性は少し戸惑いを残しつつも、

「あの、先ほど、鶴岡八幡宮に……」

 と言った。

「ええ、あなたもあの石段に……」

 咄嗟に、祐介はつまらない返答をした気がした。


 なんだか、これを運命的な再会と思う気持ちは起きなかった。隙を突かれて無感情だった。そこで、ただ気を使うつもりで、

「お席がなくて、お困りのようですね」

 とだけ言った。言ってからしまったと思った。

「ええ、なんとかならないでしょうかね」

 女性のこの言葉はもっといけなかった。何がいけなかったのか。それは二歩も三歩も先に進んだ言葉だった。

 祐介は、その言葉に何と言ってよいか、少し困ったが、すぐに爽やかな笑顔をつくると、

「もし良ければ、ご一緒しませんか?」

 と尋ねた。

 胡麻博士は、急な展開に、居心地が悪そうに小さくなった。

 女性は、祐介の言葉にちょっと恥ずかしげにすると、

「でも、悪いですから……」

 と言った。

「こちらは歓迎しますよ」


 そんなことを言っているうちに、店員のおばさんが歩いてきて、

「あの、相席できるのなら、相席でお願いします」

 と少し不機嫌そうに言った。

「そうですか。それなら、相席をお願いできますか」

 女性は少しはにかみながら、祐介に尋ねる。

「ええ、どうぞ」

 女性はふっと笑うと、少し伏し目がちに座敷に上がった。


「ご旅行ですか?」

 祐介は、その女性にそんな無難な質問をした。

「ええ、そのようなものです……」

「おひとりで、ですか?」

「ええ、ひとりで。先ほど、鶴岡八幡宮にいらっしゃいましたね」

 羽黒祐介は、そう言われて、何だか自分のことを覚えてくれていたのを嬉しく思った。

「ええ」

「また会えるなんて、すごい偶然ですね」

 祐介はその言葉に頷いたが、妙な沈黙が生まれた。その沈黙を埋めるように祐介は、

「そういえば、まだ名前を伺っていませんでしたね」

「白石詩織です」

「僕は羽黒祐介と申します」

「羽黒さん、何をされている方なのですか?」

「探偵をしています」

 祐介は、探偵を名乗るのがこれほど嫌に感じたことは今までなかった。どうも、(うわ)ついた仕事に聞こえそうに思えた……。

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