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10 江の島

 江ノ電から降りて、ふたりは建物の間の細い道を歩いてゆく。

 視界が開けて、眼前に迫るは湘南の海。そして、ここは湘南、藤沢。目指すのは江の島。

 青い海に浮かんだ江の島までもう少しのところである。長い橋が続いていて、その先にこんもりと盛り上がった緑色の島、江の島が見える。そこには、胡麻博士が食べたがっている生しらす丼が待っている。

 腹が減っては戦が出来ぬと言うが、戦をする予定は今のところない。しかし、胡麻博士は深刻なほど空腹だった。何か食わねば死んでしまう。そんな悲痛な表情を浮かべて、静かになっていた。

「羽黒君。私たちはついにたどり着いたのだ。生しらす丼に……」

「冬になると漁獲量が減りますから、食べられるとも限りませんよ」

「君、そういう不吉なことは口にしてはいけないのだ。言霊と言うか、なんというか……。軽はずみに縁起の悪いことを言ってはいかん」

「すみません」

 生しらす丼が食べられないということは、胡麻博士にとっては相当、縁起の悪いことらしい。


 祐介と胡麻博士は、そのまま、橋を渡って、ふらふらと江の島まで歩いてゆく。

 青い海が燦々(さんさん)と輝き、空には(とんび)(せわ)しなく舞っている。

 ローマ風の建物と、中華風で仏教的な建物が見えてきた時には、なんだか、祐介は不思議な心地がした。

 いくつか並んだ建物の間に、青銅色の鳥居が建っていて、その先が、江の島弁天と俗に呼ばれる江島神社の参道らしかった。

 なかなか賑やかで面白みのある参道である。狭い坂道に、両側は土産物屋や料理屋が並ぶ。その通りを人がひしめいている。

「なんだか、混んでいますな」

 胡麻博士は震えた声で言った。確かにその通りである。

 胡麻博士は、寺社というものは静かで、清らかでなければならないと思っているのだろう。

 しかし、祐介は、寺社は人の賑わいがあって、俗っぽくないとつまらないものと思っている。不信心だからこの点は仕方ない。


「やはり、賑やかな神社はお嫌いですか?」

「なんですって? いやいや、羽黒君。そんなことではないのですよ。混んでいるというのは、料理屋が混んでいるということです。わたしたちは、生しらす丼を食べに来たのではないですか」

「はあ」

 祐介は、その言葉に困惑した。この人は民俗学者じゃないのか。

 ふたりは江の島を登っていった。石段を登って、神社もお参りし、江の島弁天も拝んだ。裸弁天だった。それから、さらに坂道やら階段を登ること、何分かしているうちに、江の島の中でも実に見晴らしの良いところに出た。

 そこに品のよい料理屋があって、座敷もあるらしかった。窓からは海も見えるとあって、ふたりはそこで食事をすることにした。


 店内は、予想外に賑わっていたが、上手い具合に四人席の座敷が取れた。祐介と胡麻博士は、窓から江の島の緑と、その先に青い海が広がっているのを眺めながら、店員に生しらす丼を注文することにした。考えた末、生しらすだけでなく、アジの刺身も盛られているものを選んだ。

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