妖精姫なんだもん、しょうがないじゃん。
「隣国」から2年後のエルグラーナ国です。
ねぇ、あたしさ。「妖精姫」って呼ばれてるの。
いや、これマジよ。
あたしの見た目で、どうかなー、無いよなーって顔を人間はする訳だけど。でもしょうがないじゃん。
うちの父さんはドワーフの王様で、母さんはハイエルフのお姫様だったわけ。所謂、尊き血よね。
妖精族の中でも大地と火の精霊に愛されるドワーフ族と、水や風の精霊に愛されるエルフの中でも珍しいハイエルフの血を引くあたしは、先祖帰りってのもあって、ずんぐりむっくり尖った耳でやや幼い容姿。その上、大地と火と水と風と…詰まる所、全ての精霊にチヤホヤされちゃう。だから、妖精姫。わかる?
でもさ、考えちゃうわけよ。今、暇だし。
あたし、びっくりするくらい暇なんだよ。何時もなら朝から工房に顔出して、研ぎの手伝いくらいするんだけど…。そりゃ、まぁ普通の姫らしくはないんだろうけど。あたし、ドワーフの姫だもん。
兄ちゃん達はいいよねー。長男だから、次男だからって、ずーーーっと国に居られるんだもん。あたしは今、エルグラーナって人間の国に、お見合いがてら来てる訳だけど。ここさ、超居心地悪いの。あたしもずっとジャルマニに居て、平凡で良いから愛し愛されちゃうような家庭を作って、夫婦で毎日槌を握っていつか伝説級の一本造るのが夢だったのに!
ここの侍女のお姉さん逹は、あたしより全然大人っぽくて美人なんだけど。良くしてくれてるのよ?でもね、いっつもコレじゃない的な…何て言ったら伝わるかなぁ。何だかよく分からないんだけど、あたしを見てチョットだけガッカリするの。
それはさ、王妃様とかこの国の偉い人も皆同じで、何をガッカリされてるかは知らないけど、その態度は如何かなーってあたしは思ってるわけ。
まぁ、そんな中でお見合い相手の王太子様はどうか、って話なんだけど。コイツがさぁ、何か心ここに在らずって感じでボーっとしちゃってて、溜息ばっかりついてんの。キラキラした金髪の、見た目だけなら極上なんだけど。コッチから話しかけても「うん」と「ううん」の返事しか無いんだよね。ほんと、つまんない男よねぇ。
無いわー、流石に無いわー。
まぁ、事情はさ、なんとなく聴いてるの。あたしの周りの精霊たちは、みんなすごくお喋りだし。コッチに来てからも色んな噂話を届けてくれる。
あたしの前の、お嫁さん候補のコ。
すっごい可愛いコだったんだって。蘇芳っていう、彫物細工と彫金が上手な国だよねー。うちにも彫金職人なら居るんだけど、蘇芳の細工物はウットリしちゃう程華やかで、あたしも大好きなんだよねぇ。良いなぁ、あたしも行ってみたいなぁ…。
あぁ…、それでさ、王太子様はそのお姫様に一目惚れしちゃったらしいんだけど、あっさりフラれて、お姫様は蘇芳の人と結婚しちゃったんだって。
フェルでコ・ボヘて??
はぁ?なんか難しい名前だね。ちょっと噛んじゃったし…。
まぁ、蘇芳のお姫様はめでたしめでたしだけど、コッチは全然立ち直れてないみたいよ?ほんと、最悪。だから、うちなんかと縁談なんて話になったんだと思うけど、正直、無いよねぇー。
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この日もオーエンは働いていた。未だ馬車は引いた事がないが、多分、今なら馬車馬にも勝てる気がする。
蘇芳国との縁談を、此方の都合で破談にしてから2年…。色々あって未だ独り身の王太子の為に、新たな縁談が持ち上がっている。お相手は妖精姫と名高い、ジャルマニ国のフランツィスカ姫だ。
顔合せの為に半月ほどご滞在頂いているが、どうも王太子の反応が芳しくない…。
あの馬鹿、国際問題だっつーのに、まだ分かんねー事言ってやがんのか。失恋だか何だか、テメェの自業自得の癖に。いつ迄も引きずって婚約さえ決まんねぇから、こちとら残業に次ぐ残業よ?もう、ほぼほぼ決まった縁談なのだから、良い加減ちゃんと向き合っちゃ頂けませんかねぇ。
腹の中では愚痴が渦巻いているのだが、口にしない程度の分別はある。不敬罪だし。
「フツーに可愛いコなのになぁ」
このところ、昼過ぎにフランツィスカ姫のご機嫌伺いをするのが日課に成りつつある。
しがない文官には荷が重いのだが、公爵家の四男坊という身分のせいか、ちょっと親戚の王様に命じられて断り切れなかったのだ。
「ハートリー子爵!良かったぁ、退屈していたの」
「フランツィスカ姫、えー、本日もバラのように麗しいご様子ですね。ご機嫌いかがでしょうか」
分かっちゃいるのだが、酷い挨拶にフランツィスカ姫がクスクス笑う。
「今日はバラなの?プフッ。ハートリー子爵、とうとう挨拶のネタ切れかしら?」
そうなのだ。文官として身を立てた自分は、社交なんて年に数度の親戚の集まりくらいな訳で。使い回しの定型文を3つ、4つ使った後は、何とか聞き齧った挨拶を捻り出すものの、さすがに毎日は辛い。
「もう、お止しになったら?堅苦しいの、私だって苦手だし」
お優しい申し出だが、もうこれは男の意地だ。
「まさか!バラの君は、我が真心をお疑いになると仰るのですか」
大袈裟な仕草と哀しげな表情で天を仰げば、口元に手を当ててコロコロと笑う。
栗色の髪に、色は白いがソバカスが薄っすらと浮いた肌。そこに伝承に伝わる妖精のような、浮世離れした美しさはない。それでも森のような緑色の瞳は、楽しいときや好奇心でキラキラと輝く。
ほら見ろ、やっぱり可愛いじゃねぇか。
フランツィスカ姫との時間を捻出する為に、もう幾日も家に帰っていない。侍従が毎日往復して着替えなどを揃えてくれているようだが、オーエン自身はずっと城内に缶詰め状態なのだ。
なのに、腹の中で燻ってた不満も愚痴も、今だけは嘘みたいに消えている。ほんと現金なものだと、心の内で苦笑する。
毎日会うのは、辛い。
未来の王太子妃、いずれは王妃と頭では認識していても、ついうっかり、惹かれてしまうのだ。大丈夫、ちゃんと線引きは出来ている。
「姫君は、武具にも造詣が深く在らせられるとか」
戯けた仕草で腰を折り、深く礼を取る。クスクス笑う声だけで、森のような瞳が輝いているだろうと知れた。
「本日は特別に、王家に伝わる宝物庫へ入る許可を頂いて参りました。ご案内致します、どうぞお手を」
恭しくエスコートの手を差し出せば、満面の笑みとともにそっと小さな手が載せられた。
この手を握りしめてしまっては、駄目だろうか。
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楽しかったー!!!
ハートリー子爵が案内してくれた宝物庫は、ほんと宝の山って感じで、質は勿論のこと、見た事のない武器や防具もいっぱいで。あたしが興味を持った刀剣なんかは、曰くも含めて詳しく解説もしてくれた。
なんでそんなに詳しいの?って聞いたら、
「勿論、姫君の為に勉強致したのですよ」
なんてニッコリ笑って言うから、あたし何か凄い嬉しくなっちゃって。
はぁ、楽しかったなぁ。
あたし、思い切って聞いてみたんだ!
「子爵は、槌を握ってみた事ってありますか?」
緊張して、ポロっと素みたいな話し方が出ちゃって、何だか益々恥ずかしくなっちゃって。そりゃあまぁ、答えは分かってるよ。お城にお勤めしてるような人は普通、鍛治仕事なんてした事あるわけないんだもん。
ハートリー子爵は、ちょっと吃驚した様な顔をしたけど、それでもちゃーんと答えてくれた。
「姫君は握った事があるのですね?そうか、貴方が楽しいと思える事ならば、私も握ってみましょうか」
だって!ねぇ、素敵でしょ?
あたし、決めた!
王様と王太子様に会って、ちゃんと正直にお話しようと思うの。
コレっぽっちもあたしに興味のない王太子様とは、結婚出来ません。あたしは、オーエン・ハートリー子爵のお嫁さんになりたいですって!
ハートリー子爵には、後でちゃーんと御免なさいするけど、うちの家族は絶対説得してみせるし、それ以外は反対されたって絶っっ対に引かないんだから!
だって、しょうがないじゃん!あたしは気まぐれで我儘な妖精姫だもん。