3-1.かもねかもね
いままでのあらすじ
クラスメイトの美少女白岡に呼び出され、突然二人きりで過ごすようになった川内。幼馴染のヒロミも東京から押しかけてきて三角関係に発展。川内の明日はどっちだ?
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6月末の第一回定期試験の5日のうち4日までを終えた。二学期制なので試験はこの時期になるのだ。帰宅しようと下駄箱を見ると、一通の手紙が入っていた。フィクション作品であれば、この手紙はいわゆるラヴレターである蓋然性が高いと判断されるものであるが、リアルでそういう話に遭遇したことがない。フィクションには、例えば校舎裏に呼び出してわたしたり、モテる男の下駄箱にあふれていたりといった20世紀からの伝統が存在するのであろうが、より低コストで通信が可能な現代においてそのような手段はあまり好まれないと考えられる(尤も、時代ではなく観測者に問題があるのではないかという指摘を受けた場合、私は反論するための論拠を全く持ち合わせていません)。
ところが、ここで記している手紙はハートマークの形をしたシールによって封がなされており、更には封を開けてみると、何やらファンシーなデザインの便箋に文章が記されている。泰然自若とした人間である私をもってしても、これには「もしやさうでは 」という期待を抱かざるを得なかった。そういうわけで、20世紀的お作法に従い、誰にも見られないように手紙を懐中に忍ばせ、男子トイレの個室に向かった。まあそうは言っても、期待なんてほんの一割くらいであったし、飽くまで念のため、石橋叩いて、といったところである。
実際のところどうであったか、読者自身の目で判断していただきたい。以下に手紙の全文を記す(なお原文は縦書きである。また、日付・学校名は伏字にした)。
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謹んで申し上げます
紫陽花の花が美しい今日この頃、突然のお手紙に驚かれた事と思います。初めまして、わたくしは、広島県に居住しております乙種特定能力保持者、安国寺綾と申します。
松山に私と同年代の甲種特定能力保持者の方がいらっしゃるというお話に基づき、折に触れて探りを入れるなどしてまいりましたが、いまだ見つけられずにおりました。この度、偶然に貴殿のホームページを拝見する機会がございまして、川内様がその探していた能力者の方であると知りました。はなはだしい非礼をどうお詫びしてよろしいのかわかりませんが、配下の者に貴殿がどういう人物であるのか探りを入れさせました。
貴殿の計画に微力ではございますが、是非とも協力いたしたく思います。つきましては、夏に広島をご旅行なさるとお伺いしましたが、その際に一度お会い出来ませんでしょうか。わたくしどもは、家伝の秘儀として分刻法というものを有しております。分刻法は、特定能力を一日の中で何回かに分けて使用する技術ですが、詳細は失われてしまっております。この再生のために、是非とも貴殿のご意見を賜りたく存じます。
もしご諒解いただけるようでしたら、当日の14時に広島市中区の中央公園の中国庭園の前にお越しください。秘密の漏洩を防ぐために、このような形でのご連絡になってしまい、申し訳ございません。この手紙の内容は誰にも口外しないでください。お知り合いの能力者であっても慎まれてください。
ご多忙の中、お手数をおかけいたしますが、ご快諾いただければ幸いに存じます。
かしこ
平成●●年●月●●日
●●●●●高等学校一年
安国寺綾
●●●高等学校二年
川内重信様
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女子高生の流行に関して巷間よく言われる言説に、スカートの長さに関するものがある。その説くところによれば、流行は数年あるいはもっと短いスパンで循環しているが、地理的な伝播には幾分タイムラグが存在しており、流行の発信地である東京と遠く離れた地方都市では異なる傾向を示しているというものだ。いま読んだ手紙から判断するに、実は文字にはそれよりもスパンの大きな、コンドラチェフの波が存在していて、瀬戸内海の向こう側には既に新たな潮流が到達しているのかもしれない。
このような考えを想起させるくらいには、安国寺綾なる人物の書く文字は一般的な女子っぽい丸文字(ジェンダー的に不適切な表現であることはわかっているが表現力不足によりこれよりマシな言い回しを知りません)とは正反対の、 (別に文字のデザインに優劣ありませんが) 達筆な文字であった。ブラウザで発信せざるを得ないことが惜しまれる。
……みたいな現実逃避もしたくなるでしょ。まず、文体。私、認識していないだけでなんかすごく偉い人だったんじゃないだろうか。もふもふ接待されるみたいな?だいたい「かしこ」って何だよ? かしこまりましたかしこ? 卑弥呼なの? お化けなの? 次に、内容。「貴殿がどういう人物であるのか探りを入れさせました」だと? ホラーなの? お化けなの? てか、この内容でその便箋?
こんな手紙、手纸 と一緒に流してなかったことにしてしまおうかと思ったが、そういうわけにもいかない(*1)
とりあえず、そっ閉じ 。糞して寝よ。
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〈註〉
*1 そういうわけにもいかない: トイレには備え付けの紙以外流さないでください。
小説というのはまことに生き物でございます。ある時には自由気ままに際限なく伸びていくかと思えば、またある時には僅かばかり動いてそこで動きを止めてしまう。今日は後者でありました。こんな時に無理やりたたき起こしても碌な文章は生まれません。というわけで、短いですがこれで終わります。また四日後にお会いしましょう。
……お詫びと言っては何ですが、最近創作論を書いておりますので、よろしければそちらもぜひ。
『これからの「小説」の話をしよう:なろうを生き延びるための哲学』
http://ncode.syosetu.com/n9461dy/
フィクションというのは保険です。本稿のエッセンスが詰まっています。




