3 好きと云わない
「だいちゃん、待って!」
学校の近くの公園に差し掛かったところで、小夏の声がした。来るもの拒まず去るもの追わずな大智は、彼女ができても私を一番に考えて欲しかったという意味不明な捨て台詞を残され別れるのが大半だった。
誰と付き合ってるときも、二股とかしたことないし彼女一筋だったっつーの。
初めて失恋なるものを経験したせいか何となく気まずく、顔を合わせる気になれなくて、初めて宥めてくれる小夏を無視してしまった。
「待ってよ!…もう、だいちゃんがくるみちゃんのこと好きなのは知ってるけどさあ…大ちゃんはくるみ以外全然見ようともしないよね。」
今回ばかりはいつもと状況が違うのだと思うと、少し頭にきた。
「当たり前だろ、他の奴のことなんも思ってねーんだから。好意を寄せられても、あんなん鬱陶しいだけだ。」
我ながら、酷い言い草で八つ当たりをしたと思う。小夏は何を言っても自分から離れていかないっていう妙な自信があったのだ。
「だいちゃん、サイテーだね。」
辛辣な言葉をかけられてもっともなことをしているのは自分の方なのに、どうしてかそれを小夏に言われるとむかっ腹が立った。
「仕方ねーだろ、あっちが勝手に寄って来んだから。」
少し傷ついたような表情をしたが、しかしいつものようにやれやれといった様子の小夏である。
「ほんとクズ。その子たちの気持ち、考えたことあるの?」
いつもは黙って話を聞いてくれるのに、今日はやけに反抗的だ。
「何だよいきなり。…はあ、お前だって今日何があったか知ってんだろ?傷心のとこに追い打ちかけないでくれる?」
いつものように空気を読んで欲しいとそれとなく伝えると、
「…やっぱりだいちゃん、何もわかってない。」
今日はあえて、読まなかったのだとわかった。
「何がだよ…?」
一瞬こちらを縋るような目つきで見てきたが、呆れた顔をして全て悟ったとでも言いたげに吐き棄てた。
「…もういいよ。」
それはどんな時でも情けない自分を受け入れてくれたいままでの小夏とは思えないくらい淡々としていて、でも苦しそうで、切なくて。
「おい待て小夏…ッ!!」
初めて置いていかれる危機感を覚えて、気づけば去っていく小夏の腕を掴んでいた。
びっくりした。そんな自分に。そして、小さい頃から一緒に育った幼馴染みが、いつの間にか自分よりずっと細くて弱いことに。
いつもすまして凛としている小夏の肩は、小さく震えていて。
「…何でお前が、泣いてんの…?」
「___馬鹿ぁ、こっち見るなー!!」
気が強くて頼りになって、いかにも優等生といった容貌の小夏が、こんな風にしおらしく泣いているのを見るのは初めてだった。
「もしかして…そんなにお前、俺に同情してくれてんの?」
はあ、とため息を吐く小夏。
呆れている?それとも…小夏は優しいから、この無言は肯定ととっていいのだろうか。
「…確かにショックだったけど、たぶんこれは俺が失恋経験少ないからってだけだ!だから心配すんな。」
慰め方なんてろくに知らない俺ができることなんて、小夏の頭を撫でてやることくらいだった。
「___ッ!だいちゃんのアホ!!」
「いでっ!なんだよ!?」
急に手を振り払って、罵声が飛んだ。驚きすぎて気づくのが遅れたが、右頬にじんとした痛みを感じる。
…小夏に初めて、ビンタされた。
「そんなわけないじゃん!むしろフラれて嬉しかったし、ざまぁとか思ったし、あわよくば弱ってるとこにつけ込んでやろうと思って、あそこで待ってたんだから…!」
言い切ってから、息を整えようと深呼吸をする小夏。
「期待しちゃダメなら、優しくなんてしないでよ…。」
そこでやっと、やけに突っかかってくる小夏に抱いていた違和感の正体がわかった。するとどういうわけか、引っ叩かれた直後なのに、その痛みすら愛おしくて。同時に頬が緩むのを感じた。
「なんかそれ…小夏が俺のこと、その…幼馴染みじゃなくて男として、好きみたいに聞こえんだけど。」
自然と上がる口角。
待て待て俺、自意識過剰ならけっこーハズいし、んなわけないでしょって言われたらかなり痛い子だぞ俺…!
「そうだけど悪い?」
何を今更を小夏の方はもう開き直っている。
「…え?」
もしかして、これまで俺が相当鈍かっただけ…?
「自分でも思うよ?私なんでこんなバカのこと好きなんだろって。でもしょうがないじゃん!!だいちゃんはいつまでたっても気付いてくれないし、諦めて他の人と付き合おうとしたこともあったけど、やっぱりずっと、だいちゃんのことが好きなんだもん…!」
言い始めた小夏は止まらない。言葉は止まることを知らず、小夏のひたすらにまっすぐな想いは痛切だった。
「私もう何年もだいちゃんにしかチョコレートあげてないし、毎回好きだって言ってるのに流されるし…!」
…そういえばそうだった。小夏の告白めいたチョコレートの渡し方は、大智にとって段々バレンタインの通例行事のようになっていて、ありがとう以外の返事のいらないそれは、いつしか一年で最も憂鬱なその日をやり過ごすたった一つの楽しみのようなものになっていた。
初めてされた年は驚いたが、意図を掴めずどうしたものかと思案していたら、ドッキリでしたと笑って見せた。次の日にはいつも通りの小夏になっていて、それに思いの外安堵している自分がいて…。小夏は空気を読むのが上手いから、きっとそれを感じ取ってしまっていた。あのとき気づくべきだったんだ。
幼馴染みだから、予行練習でもしているんだろう、それかこの時期になると溜息の数が増える自分を楽しませようと気遣ってやってくれているのだと、盛大に勘違いしていたわけだ。
「…そんなの知らなかった。」
関係性を求めない、無償の好意が心地よかった。しかも他の誰でもなく、小夏からの。
…どうして気付かなかったんだろう。小夏は俺にとって、これまでの俺がしてきたような浅い付き合いでの『恋人』の枠に埋まってほしくない大事な人だったんだ。
考えてみれば、今までいつだって、どんな彼女よりこの目の前の泣き崩れた幼馴染みの方が俺の中では重要だった。
だからそんな、いつ終わりが来るとも知れない不安定な関係に落ち着きたくなくて。お前ら付き合えよって何度言われても、いつまでもサヨナラのない幼馴染みでいたくて。
…灯台下暗しとは、まさにこのこと。
「バカ大智!くるみちゃんにまで同情されたわ!…もー、こんなに鈍感なのにそれでも好きなんだよ!バカ!!」
ああ、ほんとに。俺はバカだよ。
その頃には、顔を真っ赤にして怒る幼馴染みがどうしようもなく可愛くて、さっきまでの仮初めの失恋の痛みなんてどうでも良くなってしまっていた。




