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日ノ世のてんぐ  作者: yuri.
第一章
9/65

師弟

 鬱蒼と茂る木々の奥に、大きな窟があった。

 誠吾坊はその窟の中に腰をおろし、情報が届くのを待っていた。


 空には既に月が昇っている。


 待てど暮らせど届かない報せを待ちくたびれた誠吾坊は、無意識のうちに、指でかつかつと岩壁を叩いていた。

 あのふたりになにかがあれば、報せが届くはずだ。

 それがないということは、無事でいるが、有用な情報がまだ得られていないということだろう。


 窟の中には月光すら届かない。

 だが山暮らしの長い誠吾坊にとって、暗闇はなんの障害にもならない。


 窟の暗がりに身を置いて、誠吾坊は少女のことを思い出していた。

 少女の香り、柔らかさ、あの心地よい優しい声。


 誠吾坊はゆっくりと目を閉じた。

 小太郎、と名を呼ぶ彼女の声が耳に甦る。


 昔とは違う。


 茅乃はもっと小さかったし、もっと細くて骨ばっていた。それでも、彼女の声と茅乃の声が重なって、誠吾坊は懐かしさに胸が苦しくなった。

 ぎゅっと胸元を掴む。


「茅乃……」


 擦れた声が、心細そうに窟に響く。


 その時、窟の前で小さな竜巻が巻き起こった。

 誠吾坊は窟を出ると、目を眇める。矢筈と宝珠の姿がそこにあった。


「遅くなりました。申し訳ございません」


 宝珠が片膝をつき頭を垂れる。


「悪ぃな。遅くなってよ」


 矢筈は片手を挙げて軽く詫びる。


「どれだけ待たせるつもりなんだ」

「いやあ、おれだって早く帰ろうと思ってたんだぜ。でもそういう時に限って、なかなか夢客に会えねえんだよなぁ」

「矢筈がやる気を出したのは二日目に入ってからです」


 横から宝珠が疲れた様子で口を挟む。


「あ、おいこら。チクるんじゃねえよ」

「事実でしょう」

「事実でもなんでも、そこは同僚の立場をもう少し慮ってくれてもいいじゃねえか」

「でしたら、私が慮ろうと思えるようなことをしてください」

「ぐっ。まったくこの師弟は、よく似てやがるぜ」


 矢筈が悔しそうに口ごもる。


「ちょっと待て。おれが宝珠に似てるって、今そう言ったか?」


 ふたりの言い合いを眺めていた誠吾坊が、ふと気になって矢筈に問う。


「ああ言った。言ったとも。おまえらふたりはそっくりだ」

「そっくり……」

「誠吾坊様、なにかご不満でも?」


 複雑そうな顔をする誠吾坊を、宝珠がきらりと光る鋭い眼で見やる。


「いや、もちろん不満というわけではない。ないが……そうか、似てるのか」


 誠吾坊が俯きがちに黙り込んだ。


「まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、わかったことを話すぜ」

「ああ、そうだな。頼む」


 軽くショックを受けていた誠吾坊が、一瞬で我に返った。


「では私が」

「待て、説明くらいオレでもできらぁ」

「あなたは頻繁に姿を消していたじゃないですか。その間、調査を進めていたとは思えません」

「なにをぅ!? じゃあ、オレがふらふらしている間、おまえがちゃんと仕事をしてたって証明できるのかよ」


「それはほら、私は普段の行いが良いので大丈夫です。そうですよね、誠吾坊様」

「え? ああ、そうだな。それは確かに一理あるかもしれんな」


 突然同意を求められ、誠吾坊は特に疑問を挟む様子もなくうなずく。


「はいはいはい。わかったぜ、わかりましたよ。どうせオレは信用がないですよ」


 矢筈は腕を組んでどさりと地面に腰を下ろした。

 その不貞腐れた顔からは、本来の年齢にも、二十代前半という外見年齢にもそぐわない子供っぽさが窺える。


 誠吾坊はやれやれとため息を吐いた。


「いや、決してそういうわけではない。ほら、これを返してやるから」


 誠吾坊が携帯ゲーム機を取り出す。それを見た矢筈の目がきらりと輝いた。


「仕方ねぇなぁ。いいぜ、説明は宝珠に任せてやる」


 矢筈がにやりと笑う。

 その瞬間、誠吾坊はまたしても騙されたことを悟った。


 宝珠といい、矢筈といい、人を騙すのがとても上手いのはどういったわけだろう、と誠吾坊はがくりと肩を落とす。

 早々に誠吾坊からゲーム機を返してもらえた矢筈は満足したようだ。

 早速電源を入れている。

 宝珠はその様子を、呆れて見ている。


「さて、話してもらおうか」


 誠吾坊は静かになった矢筈に苦笑しつつ、宝珠に向き直った。

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