師弟
鬱蒼と茂る木々の奥に、大きな窟があった。
誠吾坊はその窟の中に腰をおろし、情報が届くのを待っていた。
空には既に月が昇っている。
待てど暮らせど届かない報せを待ちくたびれた誠吾坊は、無意識のうちに、指でかつかつと岩壁を叩いていた。
あのふたりになにかがあれば、報せが届くはずだ。
それがないということは、無事でいるが、有用な情報がまだ得られていないということだろう。
窟の中には月光すら届かない。
だが山暮らしの長い誠吾坊にとって、暗闇はなんの障害にもならない。
窟の暗がりに身を置いて、誠吾坊は少女のことを思い出していた。
少女の香り、柔らかさ、あの心地よい優しい声。
誠吾坊はゆっくりと目を閉じた。
小太郎、と名を呼ぶ彼女の声が耳に甦る。
昔とは違う。
茅乃はもっと小さかったし、もっと細くて骨ばっていた。それでも、彼女の声と茅乃の声が重なって、誠吾坊は懐かしさに胸が苦しくなった。
ぎゅっと胸元を掴む。
「茅乃……」
擦れた声が、心細そうに窟に響く。
その時、窟の前で小さな竜巻が巻き起こった。
誠吾坊は窟を出ると、目を眇める。矢筈と宝珠の姿がそこにあった。
「遅くなりました。申し訳ございません」
宝珠が片膝をつき頭を垂れる。
「悪ぃな。遅くなってよ」
矢筈は片手を挙げて軽く詫びる。
「どれだけ待たせるつもりなんだ」
「いやあ、おれだって早く帰ろうと思ってたんだぜ。でもそういう時に限って、なかなか夢客に会えねえんだよなぁ」
「矢筈がやる気を出したのは二日目に入ってからです」
横から宝珠が疲れた様子で口を挟む。
「あ、おいこら。チクるんじゃねえよ」
「事実でしょう」
「事実でもなんでも、そこは同僚の立場をもう少し慮ってくれてもいいじゃねえか」
「でしたら、私が慮ろうと思えるようなことをしてください」
「ぐっ。まったくこの師弟は、よく似てやがるぜ」
矢筈が悔しそうに口ごもる。
「ちょっと待て。おれが宝珠に似てるって、今そう言ったか?」
ふたりの言い合いを眺めていた誠吾坊が、ふと気になって矢筈に問う。
「ああ言った。言ったとも。おまえらふたりはそっくりだ」
「そっくり……」
「誠吾坊様、なにかご不満でも?」
複雑そうな顔をする誠吾坊を、宝珠がきらりと光る鋭い眼で見やる。
「いや、もちろん不満というわけではない。ないが……そうか、似てるのか」
誠吾坊が俯きがちに黙り込んだ。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、わかったことを話すぜ」
「ああ、そうだな。頼む」
軽くショックを受けていた誠吾坊が、一瞬で我に返った。
「では私が」
「待て、説明くらいオレでもできらぁ」
「あなたは頻繁に姿を消していたじゃないですか。その間、調査を進めていたとは思えません」
「なにをぅ!? じゃあ、オレがふらふらしている間、おまえがちゃんと仕事をしてたって証明できるのかよ」
「それはほら、私は普段の行いが良いので大丈夫です。そうですよね、誠吾坊様」
「え? ああ、そうだな。それは確かに一理あるかもしれんな」
突然同意を求められ、誠吾坊は特に疑問を挟む様子もなくうなずく。
「はいはいはい。わかったぜ、わかりましたよ。どうせオレは信用がないですよ」
矢筈は腕を組んでどさりと地面に腰を下ろした。
その不貞腐れた顔からは、本来の年齢にも、二十代前半という外見年齢にもそぐわない子供っぽさが窺える。
誠吾坊はやれやれとため息を吐いた。
「いや、決してそういうわけではない。ほら、これを返してやるから」
誠吾坊が携帯ゲーム機を取り出す。それを見た矢筈の目がきらりと輝いた。
「仕方ねぇなぁ。いいぜ、説明は宝珠に任せてやる」
矢筈がにやりと笑う。
その瞬間、誠吾坊はまたしても騙されたことを悟った。
宝珠といい、矢筈といい、人を騙すのがとても上手いのはどういったわけだろう、と誠吾坊はがくりと肩を落とす。
早々に誠吾坊からゲーム機を返してもらえた矢筈は満足したようだ。
早速電源を入れている。
宝珠はその様子を、呆れて見ている。
「さて、話してもらおうか」
誠吾坊は静かになった矢筈に苦笑しつつ、宝珠に向き直った。