傾向
「まあ、落ち着けよ。ここで焦ったって仕方がない。それに、幾つか気づいたこともある」
「気づいたこと? それはなんだ?」
「出現箇所が、どうも西に偏っているような気がするんだ。益瑞にひとっ走りさせたところ、中部以東では夢客をほとんど見かけなかったらしい。西部……もっと限定するなら、この山よりも西に集中しているような気がする。一度、風岩坊に連絡をとった方がいいかもしれない」
風岩坊とは、幡紀の西に接する国、隻雲を代表する天倶だ。
「わかった。早速連絡をとってみよう。色々と迷惑をかけてすまないな」
「なに言ってるんだ。この程度少しも迷惑じゃないさ。おまえに会うきっかけになって、よかったと思っているくらいだ。それに、おまえが相変わらず茅乃にご執心なのもわかったしな」
椚坊がにやにやと笑う。
「仁平までそんなことを言うのか? おれはただ彼女の幸せを願っているだけだ。おまえと同じ様に」
「そりゃあ、俺だって茅乃の幸せを祈ってるさ。でもな、頻繁に様子を見に行ったりはしない。おまえみたいに、毎日のように様子を見に行って、心配して、危険が迫った時には即座にかけつけて守ってやる。そういうのは、執心していると言ってもいいと、俺は思うけどな」
「おれは……ただ、不安なんだ。不安でじっとしていられない、それだけだ」
「その気持ちはわからないでもないけどな。それだけ想ってもらえたら、茅乃も幸せだろう」
「こんなことくらいで、彼女が幸せになれるわけはないだろう。いい加減なことを言うな」
誠吾坊は不貞腐れた顔をして、椚坊から視線を逸らせた。
すると、椚坊の手がひょいと誠吾坊に向かって伸ばされる。その手が誠吾坊の頭をぐりぐりと撫でた。
「やめろよ」
そう言いながらも、誠吾坊は動かず、されるがままになっている。椚坊もその手を止めることはなかった。
「おまえが真面目で頑張り屋で、色々なことを真剣に考える奴だってことはよく知ってるけどさ、たまには息抜きも必要だろ? だから、おまえにとって茅乃の様子を見に行く事が息抜きになるんだったら、それもいいと思ってる。そのおかげで、今回危ないところを助けることができたんだったら、万々歳だ。おまえが茅乃のことを想っていればこそ、茅乃は助かったんだ。それはおまえにとっても、茅乃にとっても、幸いだったと俺は思うけどな」
「仁平……」
「そうだろ?」
「そう……だろうか」
「ああ。間違いない」
「そうか」
誠吾坊がうなずくのを見て、椚坊は腰を上げた。
「じゃあ、俺はそろそろ行く。近いうちにまた来るから、それまでにしっかりと情報を集めておいてくれ。なにかあったら呼べよ。すぐに来てやるからな」
「頼む」
「任せろ。じゃあな。行くぞ益瑞」
「はい。では誠吾坊様、失礼致します」
「益瑞も、色々とありがとう」
「いえ。大したことはしていませんから。では」
誠吾坊が礼を告げると、益瑞はやや顔を俯けてぼそりと言った。
照れているのだ。
その様子を微笑ましく眺めていると、突然風が巻き起こり、枯れ葉を舞い上げた。
舞い上がった枯れ葉が落ちる頃には、ふたりの姿はきれいに掻き消えていた。