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日ノ世のてんぐ  作者: yuri.
第一章
5/65

仲間

 山では、長い黒髪を後頭部でひとつに結わえた細身の青年が、誠吾坊を待ち構えていた。


「遅くなって悪かった、宝珠」


 誠吾坊は翼をたたむ間も惜しんで、開口一番に謝る。

 宝珠を相手に舌戦で勝てる見込みは全くない。

 誠吾坊にできることは、素直に謝ることだけだった。

 宝珠がどんな気持ちで待っていたのかは、誠吾坊にもよくわかっている。


 色々と言いたいことがあったのだろう。

 宝珠は口を数度ぱくぱくと開け閉めした後、なにかを諦めたかのようにひとつ息を吐いた。


「おかえりなさいませ。随分とゆっくりなお帰りですね。呼びに行かせた矢筈からは一向に音沙汰がなく、誠吾坊様のお姿はいつまで経っても見えない。私がどれほど気を揉んだかは、誠吾坊様ほどの方であれば既におわかりだと思いますので、これ以上は敢えて申しませんが……」


 誠吾坊はその言葉をきいて、ほっと胸を撫で下ろした。

 今回の説教は長くはならなさそうだ。


「本当に悪かったと思っている。宝珠にはいつも心配ばかりかけてすまない」


 誠吾坊は今までの色々なことを思い出しつつ、宝珠に対して頭を下げた。


「誠吾坊様、頭を上げてください。私はただ、御自分の立場をもう少しわきまえていただきたいと、そう思っているだけなのです」


 そう言って俯く宝珠の横顔は、はっとするほど美しかった。

 人形のように整った顔の、憂いを含んだ眼差しに、誠吾坊は動揺する。

 仲間を悲しませたいとは、誠吾坊ももちろん思っていない。


「いや、おれもそれはわかっているんだ。だが、色々と気になることがあって……。しかしそれが言い訳にならないこともわかっている。宝珠、すまない。以後、できるだけ山を下りるのは控えるから、そんな顔をするな」


 宝珠がついと視線を上げた。

 切れ長の瞳がきらりと鋭く光ったのを見て、誠吾坊はしまった、と後悔する。


「山を下りるのは控えると、そうおっしゃいましたね?」

「宝珠……」

「おしゃいましたね?」

「いやあの……できるだけ、だぞ。できるだけ、だからな」


 その鋭い眼光に気おされるように、誠吾坊は数歩後退った。

 宝珠は先ほどまでの憂えた様子が嘘のように、微笑さえ浮かべて誠吾坊に詰め寄ってくる。


「よもや約束を違えることはありませんね? 宝珠はしかと聞き届けました。ええ、聞き届けましたとも。これで御山も安泰でしょう。胸のつかえも下りるというものです」


 滔々と続ける宝珠を目の前に、誠吾坊は自分の不注意を呪いたくなった。

 すべては、誠吾坊が山から下りるのを辞めさせようという宝珠の作戦だったに違いない。


「宝珠……おれの話をきちんと聞いているか?」

「聞いています。で、どうなさいました? 矢筈と一緒ではないということは、町でなにかありましたか?」

「そう、そうなんだ。宝珠、わかっているのなら、何故早くそちらを訊いてくれないんだ」

「なにがあったのかは存知ませんが、誠吾坊様に反省していただくことも大事ですから」

 

 しれっと告げる宝珠を前に、誠吾坊は深く息を吐き出した。

 そもそも、宝珠を怒らせた自分が悪いのだと諦める。


「町に夢客が現れたので、矢筈を残してきた。矢筈には、すぐに宝珠も向かわせると伝えてあるから、これから矢筈と合流して、一緒に調査をしてくれないか」

「わかりました。人間は嫌いですが、夢客が現れたとあっては止むを得ませんね。直ちに向かいます」


 宝珠が返事をするのと同時に、風が巻き起こった。

 枯れ葉が舞う。

 誠吾坊は腕を顔の前に翳した。

 風がおさまる頃には、宝珠の姿はその場から掻き消えていた。

 わかっていたことなので、驚きはしない。


 誠吾坊は振り返り、山の裾野を見下ろした。

 山の上からでは、些細な異変に気づくことは難しい。

 矢筈と宝珠はあれでも優秀な天倶なので、あのふたりに任せておけばまず大丈夫とは思うものの、町のこと、とりわけあの少女のことが気になるのだった。


 かつては茅乃という名だった――そして今は葵という名の、少女のことが。

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