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日ノ世のてんぐ  作者: yuri.
第一章
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羽雅神社

 誠吾坊は山の麓にある小さな神社の境内にいた。


 宝珠が留守ということは、誠吾坊を見張る者がいないということだ。

 幸い、山のどこかに矢筈がいるはずだから、山が全くの空になるわけでもない。

 そこで誠吾坊はこっそり山を下りてきたのだ。


「こんな早朝になんの用だ?」


 境内に人影はふたつ。ひとつは誠吾坊。もうひとつはこの羽雅(はが)神社の娘、(りょう)

 涼は那子高校の二年生で、佐々木葵のクラスメートでもある。


 艶やかな黒髪が背中を覆い、大和撫子というには少々険のある目つきをしているものの、美少女であることに違いはない。

 既に制服のセーラー服を着ており、汚れひとつない靴を履いた涼は、腕を組み、不機嫌そうに誠吾坊を見やる。


「悪い、こんな時間でないと抜け出せなかった」

「おまえのところの天倶はしっかりしているからな」

「ああ、おかげで身動きがとれない」

「うろうろしてばかりで、少しも腰を落ち着けないおまえが悪い」


 涼は普通の人間だが、相手が誰でもずばずばと物を言う。

 誠吾坊と羽雅神社とは、涼が生まれる遥か昔からの付き合いだ。

 そのため、涼と顔を合わせる機会が多いのだが、それにしても、天倶に対してこうもはっきりと意見を述べる人間はめずらしい。


「ふたりにもそう言われている」

「わかっていてもこうして抜け出してくるのだから、どうしようもないな」

「今回は緊急事態なんだ。おまえの通う学校で行方不明者が出ているらしいが……」

「ただの欠席者だ」


 涼が、誠吾坊の言葉を即座に否定する。


「ああ、そうだな。今のところはそうかもしれん。で、そのことについて何か知っているか?」

「色々と噂は流れているが、詳細は知らんな」


「夢客が出没している。しかも、相当な数だ。もちろん見つけたら還すようにしてはいるが、どうも埒が明かない。数日前には彼女も襲われかけている」

「葵から話はきいた。おまえ、小太郎と名乗ったそうだな」


 誠吾坊は口を開けたまま固まり、遅れて言葉を発した。


「……おれの名といえば、それしかないだろう」

「かつてはな。……まあいい。で? 用はそれだけか?」

「いや。今まで以上に彼女に気を配ってやってほしい。それを頼みに来た。おれはこれから忙しくなる。そっちまで手が回らないかもしれない」


 これまでも、誠吾坊は涼に、葵のことで幾つか頼みごとをしていた。

 彼女を危険から守ること。彼女が困っていたら、助けになってやってほしいということ。


 涼が葵と同じ高校に進学したのは、彼女の意思だ。

 しかし葵と親しくなるそのきっかけに、誠吾坊からの頼みが全く無関係だったかといえば、そうとは言い切れない。


「ああ。まあ、可能な限りは気をつけておくが……わたしには人のデートを覗き見る趣味はないからな。ほどほどにやるさ」

「ほどほどでは困る」


 葵のことは、誠吾坊の中ではほどほど程度で済まされるような問題ではない。


「困ると言われてもどうしようもない。あのな、わたしはおまえの協力者ではあるつもりだが、下僕ではない。それを忘れるなよ」

「忘れてはいない。だからこうして足を運んで頼んでいるんだ。どうも、彼女と一緒にいるあの男は、いまいち頼りない」


「一般人なのだから仕方あるまい」

「だからこそ、おまえの力を貸してほしいんだ。それと……彼女に会う機会があったら、これを渡してくれ」


 誠吾坊が懐から腕輪念珠を取り出し、涼に差し出す。


「守りか」

「念のためだ。常に腕にはめているようにと伝えてくれ」

「おまえは葵、葵、葵、葵。久しぶりに姿を現したと思えば、葵のことばかりだ」

「そんなことはない……はずだ」


 いまいち自覚の足りない誠吾坊を前に、涼は大きなため息を吐いた。

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