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日ノ世のてんぐ  作者: yuri.
第一章
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根ノ世

 宝珠がうなずき、説明を始める。


 ふたりが町の調査を始めたのは二日前の夜。

 町を巡回する際に二体ばかりの夢客を発見した。

 その日は町から夢客の姿を消し去ることが目的だったので、即座に斬り捨て、根ノ世へ還した。


 深夜から明け方、日中にかけては夢客を見かけず、町の聞き取り調査に乗り出した。町に変な噂は流れていないか、夢客を見た者はいないか。


 すると、ある噂話を耳にした。


 曰く、日没と同時に死者の国の扉が開く。

 死者の国からやってくる彼らは、手ごろな女の子を見つけては自分の国へ連れ帰ってしまう。

 被害者は若い男女。既にある学校では次々と生徒が姿を消しているのだという。


 噂の真偽を確かめるためにその学校へ向かったふたりは、数人の生徒が学校を欠席していることを知る。最初のひとりが休み始めたのは一週間以上前だということも突き止めた。


 そして昨日の夕暮れ時、またしても夢客を発見する。

 この日は全部で四体ほどを確認した。

 この段階で、夢客を強制的に送還していてもきりがないという結論に達する。


 前日の反省を踏まえた二日目。

 夢客の現れた歪みの中に使いを放とうとしたが、最初の一回は失敗に終わる。

 二回目でなんとか、矢筈が使役する使いを歪みの中にもぐりこませることに成功。

 しかしその使いはすぐに消滅してしまった。


 場所は根ノ世。

 その先の夢客の送り手にまでは、たどり着くことができなかった。


 根ノ世への入り口は隻雲にある。

 そして根ノ世は、隻雲東部から幡紀西部と重なるようにして異次元に存在しているといわれている。


 夢客は根ノ世の住人であるから、根ノ世に戻る事には何の問題もない。

 問題は、根ノ世内部に、使いを消滅させることができるほどの力を操る何者かが存在しているかもしれないということだった。


 かなりの術者でなければ、死者の国で力を用いることなどできない。


「隻雲が心配です」


 宝珠の言葉に、誠吾坊は深くうなずいた。


「使いを飛ばしてあるが、まだ戻って来ない。おれの周りの連中は、おれを待たせるのが得意な奴ばかりだな」


 誠吾坊が使いとして送ったのは伽羅木(きゃらぼく)の精だった。

 今回矢筈が使役したのは、道端に生えていた草の精だった。

 術をもって精霊を使役しているのだ。


 誠吾坊がいるこの山から、風岩坊の棲む島まで、それほど離れてはいない。

 誠吾坊であれば小一時間でたどり着ける。

 使いでも数時間あれば着くはずだ。


 では何故戻って来ないのか。

 風岩坊に何かがあったのか。

 あるいは島を離れているのか。


 山にいる誠吾坊には、それ以上のことはわからなかった。


「様子を見て参りましょうか」

「いや、おれが……」

「誠吾坊様」


 宝珠の冷たい視線に、誠吾坊は怯む。

 先日の宝珠との会話を思い出した。


「あ、いや……。しかしだな、このままでは埒が明かない。もし風岩坊になにかが起こったのであれば、おまえたちでは歯が立たないかもしれないだろう」

「心配してくださってありがとうございます。しかし無用です」

「無用と言われても……。おい、矢筈はどう思う?」


 木の根のあいだにはまるように座り込んでゲームを開始していた矢筈は、ちらりと視線を上げるとすぐに画面に視線を落としてしまう。


「宝珠に行かせりゃいいじゃねぇか」

「おまえ、そんなにあっさりと……」

「誠吾坊、オレは別にさっきのおまえの態度を根に持ってるわけじゃねぇんだぜ」


 さっきの、とは信用問題の話のことだと思われた。


「根に持っているんだな」


 言い訳じみた言い方が、その内容を思い切り否定している。


「だからそんなんじゃねぇよ」

「では理由はなんだ?」

「だからさぁ……」


 矢筈が忙しなく動かしていた手を止める。しかし言葉は続かない。


「誠吾坊様には山にいてもらわねば困ります」


 そんな矢筈を見かねたのか、宝珠が助太刀する。


「ああ、そうそう。困るんだよ。ほいほいうろつかれちゃあ」

「矢筈、とってつけたように言われても、説得力に欠けている」

「あー、ほら、なんだ。オレたちがこうして平和に過ごしていられんのはおまえのおかげなんだからさ。ひょっこり出かけてって、そのまま帰って来ねぇなんてことになったら困んだよ」


 矢筈が、宝珠の言葉に付け足すように続ける。


「そういうことです。矢筈、たまには役に立ちますね」

「たまには? またおまえは偉そうに! だいたいなあ、おまえはいつもいつも……」


 宝珠の台詞に矢筈が喰いかかった。


「わかった。わかったから落ち着け」


 誠吾坊がふたりのあいだに入って、諍いを止めようとする。


「わかっていただけましたか」

「そりゃあよかった」


 ふたりが突然態度を一転させた。

 矢筈がにやりと笑っている。

 宝珠は相変わらずの無表情だが、心の中ではほくそ笑んでいるのがありありとわかる。


「へ?」

「悪ぃな、誠吾坊」

「それでは、行って参ります。矢筈、しっかりと誠吾坊様を見張っていてくださいね」


 宝珠は誠吾坊が問い詰める間もなく、風が巻き起こる。


「ちょっ、おい……」 


 宝珠の姿が風に呑まれる。

 誠吾坊が投げかけた声は宝珠に届かない。

 顔を上げると、月を背に黒い影が飛び去る様子が見えた。


 誠吾坊は宝珠を呼び止めるために伸ばした手を仕方なく下げ、矢筈を見やる。


「矢筈、おれを嵌めたな?」

「人聞きの悪いこと言うなよ」

「でも事実だ」

「まあまあ、いいじゃねぇか。しばらくゆっくりしてようぜ。……これは長丁場になる」


 矢筈がさらりと告げた。誠吾坊が目を見開く。


「やはり長くかかりそうか」

「かかるな。簡単にゃ終わらねぇよ。それどころか、中國全土を巻き込んだ騒ぎになるかもしれねぇ」

「何故そう思う? おまえはなにを知っている?」

「たいしたことは知らねぇよ。ただの勘だ」


 矢筈がすっと目を逸らす。


「矢筈」

「さあて、おれは疲れたしちょっくら休んで来らぁ。じゃあな。なにかあったら起こせよ」

「矢筈、待て……」

「待てねぇよ。おまえも休んどけ」


 立ち上がりながらそう言うと、矢筈は軽く地面を蹴った。

 次の瞬間には空高く跳び上がっている。

 木の枝から枝へと跳び移り、やがて木々の向こうに消え去った。


「なんであいつらはちっともおれの言う事をきかないんだ……」


 ひとり残された誠吾坊は、深いため息を吐いた。

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