王子も人の子いろいろあるのよ
小分けで投稿します
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俺の腕の中で愛しい女が泣く。
『しあわせだね。好きなひとと繋がれるってこんなにしあわせだなんて知らなかったよ』
数多の男に抱かれようと、一つの愛も知らなかった可哀想で愛しい女がにへらと力の抜ける笑みを浮かべる。その頬には絶えず雫がつたっている。
『ねえ、ぎゅってして』
可愛い甘えを受け俺は潰してしまわぬよう掻き抱き、女の顔にキスの雨を降らす。
『動くぞ』
ゆっくり頭を撫でながら問うとこくりと頷く。それを合図に俺はゆっくりと腰をひく。
いつの間にか俺の頬にもとめどなく雫が流れていた。
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はい。というわけで俺は悪役令嬢へとなったわけだが。まずは学園の仕組みを説明した方がいいよな。
学園の名前は「薔薇園学園」。まー、画数が多い。まぁ御察しの通りお嬢様学園。このご時世貧富の差ぱーぺき。あっ、今の子ぱーぺきって知ってる?完璧ってこと。庶民は見下され肩身の狭い思いをし、金持ちはふんぞり返って肩で風を切って歩く世界。こんなん教育に悪いよなぁ。でもそうゆう方針なんだ。仕方ない。そんで、その生徒が金持ちか貧乏かってのは制服でわかっちゃうわけ。あっ流石に金持ちと貧乏でデザインとか色が変わるわけじゃねぇぜ?そこまであからさまじゃない。ポイントはジャケットだ。このお嬢様学園。まー金持ち専用私立とだけあって制服が飛び上がるほどたっかいわけ。それはもう全部揃えようとしたら破産するぐらい。だから学園ではジャケットは脱ぎ着可になってる。つまり、庶民は制服の中でも最も値の張るジャケットを買わなくてもいいということだ。
しかしこれは格差にもつながる。買う余裕のある子はピッカピカのジャケットをきっちりボタンを閉めて誇らしげに着る。ジャケットがないということは学校におけるヒエラルキーが最初っから最下位であることを意味する。なので借金をしてでも買う子も多いのだが、そうゆう子は大概途中で金が足りなくなって退学する。
そして今。俺は学園の中をジャケット『無し』で歩いている。
いやーまさかね!「夢の金持ちライフだー!」なんて言って遊び呆けてたら金の使いすぎで破産するなんて思わないよね!金持ちは金持ちでもブルジョワジーではなかったってわけだ!あれだな、調子乗ってゲームやりたい放題したいっつって金ないのにゲーム会社買収したのが悪かったかな。でもーパパがー愛里紗のためにー買ってくれるってー。
あっ申し遅れました。俺、50代おっさん改めまして、ピチピチ10代元御令嬢、高園寺愛里紗と申します。これもまた画数が多い。
あっ俺の家の話ね。買収したのよ。そうそう。そしたら破産。一家離散。笑っちゃうよねー。まーこれはこれでいいかなんて言って遠い縁戚のおばさんの家から公立高校通おうと思ってたら流石にそこまでストーリーからはずれんのはヤバイと思われたのか謎の力が働いて、今こうやって薔薇園学園の生徒でいるってわけ。まさかあの天使もストーリー始まる前に『悪役令嬢』から『令嬢』だけ落っこちるなんて予想してなかっただろう。『悪役平民』?ただのやっかみだなこれ。
ジャケ無し庶民の俺は廊下の端っこを歩く。暇な御貴族様は絡んでくるとしつっけーんだ。やることねーから。
キャァァアアアア
と突如耳をつんざく黄色い声が聞こえる。
「涼介様よぉぉおおお」
「こっちむいてぇぇええ//」
中原涼介。俺のいかつい名前に対しフツーな名前だが言っちまえばこいつは学年ヒエラルキーナンバーワン。トップ中のトップ。たなびく金髪。深い青の瞳。形のいい唇に称えられた薄い笑み。学年一の秀才。眉目秀麗才色兼備将来有望。性格は優しく紳士的。まさに現代の王子様。
……ケッ。俺ぁイケメンってもんが大っ嫌いなんだ。嫉妬でもなんとでも言え。嫌いなもんは嫌いだ。
「邪魔よあんた!!」
そういって突き飛ばされ、俺はあっけなく吹き飛ばされる。あんだこのケツでか星人が!!
だが俺は怒らない。なぜなら俺こそまさに紳士だからだ。この怒りはあのイケメンに向けることにしよう。女の子に罪はねぇ。お尻柔らかかったし。
俺の上にフと影がかかる。見上げるとそこには例の王子様が。うっわキラッキラしてんだけど。腹立つな。
「大丈夫かい?」
そう言いながら笑みを浮かべ手を差し伸べてくる。なるほど。トップの位置にいながら人によって態度を変えないあたりも人気の原因らしい。
「はぁ、どうも」
荒波を立てたくない俺は気の無い返事をしておとなしくその手をとる。王子は優しく手を引き俺を立たせる。周囲から「いいなぁ」「素敵…」「庶民風情がデレデレしちゃって」「何涼介様に触ってんのよ。穢れるわ」「媚売っちゃって」という羨望と嫉妬の声が上がる。
「怪我は?」
「あ、はい。大丈夫っす」
「そう、良かった」
そう返事をすると今度は「涼介様にそっけない態度を!」「信じられない!」「何様よ…」という声が上がる。どうしろっちゅーねん。
しかし王子はいつものことなのかそんなこと気にも止めず「じゃあね」と爽やかに手を振って去っていく。
すると王子の懐から何かが落ちた。
ドサッ
「あ?」
周囲の女の子は王子のファンサービスに夢中で一切気づいていない。王子が落としたらしきものを拾い上げてみるとそれは俺もお世話になったことのある余りに見覚えのあるものだった。
「これは……さすがにここじゃわたせねぇなぁ」
告白したと思われるのは大変不本意だが人気のないところに呼び出すしかあるまい。俺が持ってて誤解されんのもやだし、中々イイヤツだ。失くすのも惜しいレベルで。わかるよ、おじさん。いいよなこれ。
周囲の女の子にはわからぬようそっとソレを背後に隠した。