朝焼けと夢。
水平線の彼方から覗かせる朝日は、淡い、綺麗な海に光の橋を築いていた。夜明け前に出航した漁船も、朝日が昇ると共に、段々と帰ってくる。海の男を迎えるかのように白い鳥は空を旋回するが、黄金に染まる朝焼けは白い鳥を逆光で黒色に見せていた 。
旋回する鳥達の鳴き声が、涼しげな潮騒と共に風に乗る。風は優しく頬を撫でた。
海岸沿いの崖に打ち付ける波は荒く、優しげな風とは違う、厳しい一面もあったが、この表裏一体があってこその愛する海である。
そんな事を考えていたのは、崖上に小さく建てられた家のバルコニーから、海を眺めていた彼女だ。
彼女はいつも朝日が昇る前に目を覚ます。それはいつも、同じ時間に同じ悪夢を見てしまうからだ。
夜も深まり、静寂に包まれた街に黒い竜が現れ、街を破壊し、最後は父親が身を呈して庇い、殺されてしまう夢。けれど彼女は一度も父親に会った事がない。産まれ落ちた時から、すでに父親はいなかった。毎晩のように父親の夢を見る彼女は、いつからか父親の事を知りたくなり、母へ訪ねてみた事があった。けれど、母は言いたがらず、彼女はそれっきり尋ねるのをやめた。
未だに父親のことを知らないが、今の彼女にとって、父親など夢に出てくる登場人物でしかない。
彼女は動き出す、黄金の朝に一息ついて、バルコニーを離れた。
母と二人暮しの古い家に彼女は住んでいる。全てが木材の家で、木の匂いに溢れている。歩けば、ぎしぎしと床は軋む。聞きなれた心地の良い、床の軋む音を楽しみながら、自室へと向かった。
自室には大きな書斎机と、溢れんばかりの魔道書があり、部屋の狭さ故にベットは端へと追い込まれている。数々の実験を共にした憩いの場所だ。
書斎机の上には、念写魔法で具現化された、記憶の彫刻が置かれ、友達二人に挟まれた、明くる日の思い出が、形付けられている。彫刻は、銅で作られているため、無属性の魔法である。彫刻の底には、デヴィン・D・カーレンと刻まれており、それが彼女の名前だ。
記憶の彫刻は、念写魔法の中ではある。デヴィンは念写魔法が一番の得意だ。この世界には数多の魔法が存在し、今も尚、増え続けている。
デヴィンは書斎机に置かれた一枚の紙を掴み、拇で六芒星を描く。六芒星は金色に輝き始め、紙が中心へと丸まっていく。ある程度の硬さまで丸くなると、デヴィンは紙に囁くような、優しい声で魔法を唱える。
「汝の物よ。姿を変えて」
丸くなっていた紙は、一つの小さな粒へと姿を変える。その粒は金であったが、紙と同じ質量しかない為、非常に小さい。どれだけ魔法の力であっても、質量を変えることはできない。
デヴィンは硝子瓶の蓋を開け、小さな金を入れた。硝子瓶の中は煌びやかな宝石が半分程度、埋まっている。煌めく硝子瓶は少女が夢見た、美しいおとぎ話のようである。硝子瓶を見つめるデヴィンもまた、おとぎ話に憧れた少女のような表情をしていた。
静かな朝に部屋では秒針の刻まれる音しか聞こえてこない。朝の独特な涼しさは、優しさに身を委ねるような気分にさせる。
一回、背筋を伸ばし、大きく欠伸すると眠気に誘われた。デヴィンはベットに身を落とし、ふたたび、眠りについた。