初陣Ⅳ
――愛香の能力が判らない。
仮にも能力者専門の討伐隊で数年間の仕事をしていたのに、相手の能力が見当も付かない。
その不明瞭な部分を探ろうと、戒斗は焦りながら愛香を観察する。
「ん? 戒斗くんから熱い視線を感じる。自分の属性、気になるッスか?」
「……まぁ教えて貰えるなら、是非に知りたいところです。未知のまま敵に回すと、身の危険に繋がると直感が告げているので」
「ふふん、元選抜部隊にそう言われたら悪い気はしないな。じゃあ特別ッスよ?」
調子に乗って釣り上がる口元を隠そうともせず、愛香はクルクルと人差し指を回しながら語る。
「自分の属性能力は触れた生き物の『強化』。その個体が持つポテンシャルを最大限まで『強化』することも可能だけど、今回は的場っちの回復能力を強化したわけッス」
「……なるほど、勉強になります。強化の属性は知っていましたが、こういう用途もあるんですね」
「ういうい。戒斗くんは、うちの男子達と違って殊勝な態度ッスね。気分が良いので、戒斗くんにも同じく回復を施しちゃおうかな」
「え?」
「さっきも言ったけど、あんな仲間でも助けてくれた感謝ッスよ。ギブアンドテイクな理屈なんで、対価とか気にしなくて良いですよ」
あっけらかんと言い放つ愛香に、戒斗は目を開いて質問する。
「……貴方にとっての悪を助けても良いんですか?」
「やだな、感謝する気持ちに善悪とか関係ないッスよ。それに機会があれば、じゃんじゃん襲うから、今後よろしく」
そう言いながら、何の躊躇いもなくビシッとカードを構える愛香。
しかも裏切り行為だと言っても不思議ではないのに、的場も不山も告発しないまま見逃すようである。
「ああ、あの二人は気にしなくて良いので。数日間の付き合いだけど、自分がこうなったら止めても無駄だって知ってるッス。むしろ止めたら、あの二人を相手に戦うし」
「……本当、素直に喋るんですね。いっそ好感が持てます」
「あは。自分、欲望には正直で生きたい派なんで。そう言う意味では、別に戒斗くんの事が嫌いで襲うって訳じゃないから、そこは安心して良いッスよ?」
にんまりと笑う愛香の視線と絡んだ瞬間、嘘は無いと戒斗は直感した。
なんというか好悪以前に、自分が秤にかけられているという事を知覚できる。
おそらくメリットさえあれば、愛香はあっさりと戒斗の味方にさえなるだろう。
無論そんな未来は皆無だと理解しているが、戒斗は右手を愛香に預ける事にした。
「……今回に限り、貴方の善意に甘えます」
「ういうい、任せるッスよ。あぁ、けれどグッサリ肉に食い込む針とか取り出すの面倒だなぁ。回復の強化じゃ、ちょっとフォローできないし」
「……待て、それは俺が何とかする。針を抜くより移動させた方が早いからな」
そんな言葉と同時に、にゅるんと走也の影が動き、戒斗の右手に触れた。
「ッ」
ずきずきと痛みを生み出していた針が、スルッと走也の影の中に『移動』した事を戒斗は認識する。
途端、押し出されるようにトプ、と血液が流れ落ちた。
「ふぅむ。偽善者な伊達くんは影に触れた対象物を『移動』させるッスか。針が何処に移動したのか気になりますが、とりあえず四次元ポケット的な能力?」
「……分析する暇があったら、戒斗の治療をやれ」
「ういうい。では、すかさず回復ッスよ」
愛香は手に持っていたカードを、絆創膏を貼るように患部へ付ける。
するとカードから『回復』の文字が消え、戒斗の右手に暖かい熱が入り込んだ。
――その効果は覿面だった。
戒斗が瞬きをした僅かな間、全ての穴は陥没した道路を補修したかのようにキレイに塞がっていたのである。
「……全治に数ヶ月かかる傷がコレですか。出来ることなら、敵に回したくない属性効果ですね」
無傷となった自分の手をさする戒斗を見て、愛香は胸を張りながら答えた。
「よし、貸し借りゼロッスね。これで心置きなく戒斗くんをボコれそう。あ、的場っちにはあとで治療費を請求するので」
「……おい。仮にも僕とお前は仲間だよな。仲間であっても負債は発生するのかよ」
「仲間といえ、基本は利害関係で成り立っているので。そもそも的場っちが起こした騒動と考えれば、これはもはや戒斗くんの分を合わせて二人分の請求ッス」
「ふざけるなよクソ、コレも全て吼城のせいだ。おい、覚えてろよ。次こそ退学に追い込んでやるからなッ」
地団駄を踏む後場だが、場の空気は読んでいるのか追撃はしてこない。
それを見て馬鹿にしながら笑う愛香は、スカートに付いた埃を払って立ち上がった。
「……さて。今回の幕引きには丁度良いから、このまま尻尾を巻いて帰るッスよ」
「扇川。その一言は余計なんだよ、僕が帰りづらいだろうがッ」
「ういうい。んじゃ、戒斗くん。とっくに授業も始まっていることですし、自分らはコレで失礼するッス」
騒がしくも帰り支度は整ったと告げる愛香は、文句の絶えない的場を連れて来た道を引き返し始めた。
……最後尾に、ゆっくりとした速さで不山が続いていく。
餌場を争うカラスのように主張し合う的場と愛香を黙って追う姿が『まるで番犬だな』という感想を戒斗に抱かせた。
と、その直後。
心を読んだかのようなタイミングで、不山が退屈そうに溜息を吐いた。
「……失望したぞ、吼城」
無感情な声が、地鳴りのように重く廊下に響く。
不山から生まれたプレッシャーで周囲が無音になり、空気は停止した。
……後ろ姿のまま崩れないので、不山の表情は窺えない。
しかし戒斗には、それが獲物を狩り損なった肉食獣の嘆きのように聞こえた。
「不山くん、でしたっけ。一体何が失望したんですか?」
その言葉に、再び帰路へと向かっていた不山の足は止まる。
ただ相変わらず振り返らない不動を維持したまま、背中越しに喋り始めた。
「……人類最強が聞いて呆れた。的場くらい倒して見せろ。だが所詮は『最強』か。比較対象がなければ、強さを確立できん脆弱な属性だ。期待する方が馬鹿を見る」
おい、僕くらいって何だよッという的場の抗議は誰も拾わない。
もはや話の中心は、戒斗と不山の間に移っていた。
「……その口ぶり、随分と『最強』という属性に詳しいようですね」
「一点に特化した能力で、応用の利かない粗末な属性だという事しか知らん。しかし仮にも国内最高峰の能力者達で構成される選抜部隊に居たお前なら、と期待したのだが」
ちっ、と舌打ちをする不山は、用事が済んだとばかりに歩き始める。
……代わるように口を開いたのは、呆れた様子で級友を見る愛香だった。
「あー、この人の属性は『戦闘』なので。もう脳みそまで汗臭い筋肉で構成されちゃったバーサーカーって感じなので、強さで人を判断するですよ。そう言う意味では、自分たちも困ってるッス」
申し訳なさそうに頭を下げると、今度こそ愛香達は退散する。
後に残された戒斗と走也は、お互いの顔を見合わせて口を開いた。
「……あれがBクラスか。嵐みたいな連中だったな。三人でも騒がしいのに、クラス全体のことを考えると部屋に引き籠もりたくなる」
ガシガシ、と頭を掻きながら愚痴を漏らす走也。
対して戒斗は、病人を慰める看護師よりも優しそうな顔で走也を励ます。
「大丈夫。そうなっても相手にするのは俺だけです。邪魔さえしなければ、彼らも走也を襲うマネはしないでしょう」
「だから、同級生が退学するのを黙って見てろと? 冗談を言うな。それだったら的場を殴っていた方がマシだった」
「――――」
「なんだよ。その夏に雪が降った方がまだ理解できる、みたいな顔は」
「だって、平和主義なのに?」
「そんなポリシーは捨てた。次は問答無用で、俺は一緒に戦うことを選ぶ」
「へ?」
「身体が無事でもな、心が乱されちゃ敵わん。まぁ安心しろというのも何だが、それが正々堂々とした勝負なら俺も手は出さないさ。たとえそれで戒斗が負けても、だ」
だから俺の主張を認めろ、と走也は戒斗を睨みながら訴える。
……と同時に、走也の影が主人の意思を示すようにファイティングポーズを構えて激しく蠢いていた。
「さぁ、どうする? まぁ、断られても俺は勝手にそうするけどな」
「……それは俺に拒否権がない、狡い言い方です。はぁ、仕方ないですね」
たった三日の付き合いであるが、戒斗は走也が気むずかしい老人のような頑固さがあることを察していた。
「けれど、もし自分の身に危険が及んだ場合は、速やかに俺を攻撃してください。そうすれば、被害は最小限になるでしょうし」
「逃げろって言わない辺り、お前も筋金入りだな。まぁ頭の隅には入れておくさ」
勝ち取った成果に満足した走也は、充足感のある笑みを浮かべる。
しかしそんな感情の波が落ち着いた後、ふと思い出したように戒斗の右手をじっと見始めた。
「……なんでしょう。傷の心配でもしてくれているんですか?」
「まぁな、本当にアレで大丈夫なのかと思ってよ。バットや弓矢、炎の中さえ平気だったのに、釘は通すって言う変な身体してるから尚更だ」
「まったく平気です。損傷した部分が回復したと言うよりは、まるで患部を無傷だった頃の身体と差し替えられたような違和感さえ感じます。そう言う意味では、扇川さんの能力は的場くんの能力よりも遥かに危険です」
そう言いつつ戒斗は、走也の視線から隠すように右手を腰に回す。
だがそんなことしなくても、走也の興味は既に別のことに移っていた。
「そんなに凄いのか、あの利己主義女。なんか的場を下っ端扱いしてたけどよ」
「……誤解しないで欲しいですけど、的場くんの能力も脅威的なんですよ」
「ほぅ?」
「たとえば彼の一つ属性である『繰作』。おそらくアレは推進力を伴った物体の『繰作』でしょう。ただし方向は直進だけ、そして自分の体重以上の物は操れない、といった所ですが、そこに『火炎』を組み合わせれば、爆破テロを起こすゲリラよりも厄介な相手になります。金属を使用しない火炎弾を打ち込み放題ですから」
「……おいおい。あの出来事だけで、そこまで属性の詳細が判るものなのか?」
「選抜部隊に居たときの、経験に基づいた推測です。能力者相手の制圧は情報分析が戦局を左右するので、これは職業病みたいなものですね」
自虐的に笑う戒斗。
実際の所、戒斗にとって選抜部隊に居た過去は甘く浸れるようなものではない。
まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる戒斗を見ながら、走也は呆れるように溜息を吐いた。
「……まったく、さらりと言ってのけやがる。そういうのは職業病じゃなくてだな。それは充分、大した才能だろうが」
「だとしたら、肝心なときに役立たない才能です。自分の身体に受けておきながら、俺には扇川さんの属性能力がサッパリ判らない」
「は? あいつは自分の属性能力を『強化』だって言ってただろう?」
「いいえ」
戒斗はキッパリと断言した。
自分の属性を強化と言った愛香の発言に対する否定は、推測ではなく確信だ。
「強化で、あの怪我が綺麗に消えるはずはない。回復能力を強化しても傷跡は出来る筈なんです。つまり、あれは嘘です」
「……嘘?」
「はい。ハッキリ言って、扇川さんの言葉の八割は作り話だと思います」