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初陣Ⅲ

ガシャアという音を立てて廊下に散らばったのは、1センチほどの長さがある針だ。


「クソがッ」


 ……という演技をしながら、心の中で笑う。

 正直、戒斗がココまで強いとは的場も想定していなかったが、だからといって万策が尽きたわけではない。

 勝利を確信する的場は、『奥の手』を繰作する。

 ――廊下に散らばった針の数は百本以上。

 的場の能力でその全てを操作することは出来ないが、十数本もあれば充分だった。

 陽動である大量の針に気を取られた戒斗の死角から、的場の操作を受けた針は弾道のように進撃した。

 狙うのは、顔面。

 どんな強敵でも眼球を刺せば致命傷だろう、という的場の策略だった。

 そして、ずぶりと戒斗の眼球を突き破る。

 筈、だった。


「あっ?」


 的場は不可解そうに声を上げる。

 視覚を奪う筈の小さな槍は、両目を覆う戒斗の右手により阻まれていた。

 ぽたり、と戒斗の手の甲から血が垂れる。

 しかし直進する針の推進力は、肉の壁を貫通するほどの威力を有していなかった。

 ……廊下に、休み時間の終了を知らせるチャイムが響き渡る。

 この、あまりにも空しい終了の合図と結果に、的場の焦燥は最高潮に達した。


「つ、次こそはッ」 


 という的場の悪足掻きは成立しない。

 廊下に広がる針が、的場の視界から根こそぎ消えていたのだ。


「――――」


 今度こそ言葉を失う的場。

 そんな彼の耳に、呆れた様子の走也が声をかける。

「やれやれ、ゴミを散らかすのは感心しないな。つい身体が動いちまう」

 という言葉と共に、その影が掃除機のように散らばった針を次々と吸い取る。

 その様子を、的場は雨に濡れる子犬よりも悲愴な顔で見続けた。

 見続けるしか、なかった。


「ふむ」


 ……すぐさま追撃を繰り出さないのは、武器の打ち止めを示している。

 危険は去った。

 戒斗は冷凍庫よりも凍った思考でそう結論を出し、今の戦いにおける感想を述べる。


「少しだけ、的場くんのことを侮っていました。ナイフや包丁にしなかった辺り、才能を感じます。えぇ、かつて居た職場を思い出してしまう程に、緊張感がありました」

「うっ」


 ……戒斗の台詞を聞きながら、的場は恐怖を覚えて後退った。

 攻撃が成功しなかったこと自体は、それほど気にならない。

 だが防衛に成功した戒斗を見て、的場の正気は耐えられない。

 短いとは言え、十本以上の針だ。

 ソレが全て手に食い込んでいるにも関わらず、戒斗は嬉しそうに笑っている。

 まるで教え子の出来を褒める教師のように、喜んでいるのだ。

 他意はない純粋な気持ちで、戒斗は敵対している相手の強さを歓迎していた。

 ……そんな隣人を様子見している走也は、複雑そうな顔で呟く。


「この結果は歓迎すべきなんだろうがな。気持ちとしては嬉しくねぇ。やっぱり同級生同士の喧嘩なんて、碌なもんじゃねぇな」

「……幻滅しましたか? 俺自身、『ハザード・チルドレン』を保護したいと口では言いながら、戦うこと自体に抵抗感がないのは気持ち悪いとは思っているんですけど」


 自虐的な笑みを浮かべる戒斗。

 ソレを見て、走也は一瞬だけ表情を硬くすると気まずそうに頭を掻いた。


「そうだな。何とも危なっかしいから、最後まで面倒を見るしかないって感じだ。とりあえず、お前を保健室に連れて行きたいところだね」


 溜息混じりに呟く走也を見て、戒斗は不思議そうに首を傾げた。

 平和主義者という割りに、走也も暴力への嫌悪感を露わにしない。

 むしろ子供の喧嘩に呆れる保護者のような態度は、こういう場面に慣れている余裕さえ感じる。

 ……しかし気にはなるが、わざわざ疑問を口にする気は無かった。

 今はそれより、だ。


「的場くん。今回の件は無かった事にするので、このまま帰って貰えませんか?」

「……あ?」

「ここまでは恨みっこ無しです。いつでも攻撃は受け付けますので、日を改めてきてください。どうやら俺は、今から保健室行きのようですし」

「…………」


 ポカン、と的場は惚けた顔を晒す。

 だがそれは的場に限った話ではなく、平和主義を掲げる走也でさえ驚愕の眼差しで戒斗を見ていた。


「良いのかよ、戒斗。俺が言えた義理じゃないが、怪我を負わせた責任くらいは取らせるべきなんじゃないか?」

「走也は大袈裟ですね。これくらい、怪我とは言いません。なにより、そんな責任を取らせてしまったら、今から再戦されかねませんし。無論、最終的な意思決定は的場くんにあります。……どうでしょう、決して悪い交渉ではないと思うのですが」


 そう尋ねられた的場は、思わず言葉が詰まった。

 右手に針を食い込ませて血を流したまま、何事もなかったように平然と敵対者に交渉してくる人間など、もはや異文化交渉しにきた宇宙人と同義だ。

 つまり、話が通じない。


「お前、イカれてるのか?」

「む。こんな目に遭わせた当事者に言われると、傷付きますね」


 ほんの少し不機嫌そうに眉をひそめる戒斗。

 だが、それだけだ。


「ですが、ほら。そろそろ、チャイムが鳴ってしまいますから」


 そう言って針の食い込んだ右手を痛がる事もなく、攻撃してこないまま大人しく的場の反応を伺っているだけ。

 ――むしろ、攻撃した側の的場が困惑する状況だった。

 ……そんな時、校内に授業開始のチャイムが流れる。

 と同時に。


「まぁ、こういう時は相手の好意に甘えるべきッスよ、的場っち」


 的場の背後から、明るい声がスッと差し込む。

 それとともに、凍るような冷たい空気が周囲に溢れ始めた。

 春だというのに、君臨する時期を間違えた冬が舞い戻ったような寒気。

 身に覚えのある怖気にブルリ、と肩を振るわせながら的場が呻いた。


「……くそ。何しに来た、扇川。お前が来たって事は、どうせ不山も居るんだろう?」


 思い出したようにズキズキと痛み始める腹を押さえて、的場は苛ついた声のまま後ろを振り向く。

 その先には、一組の男子生徒と女子生徒がいた。

 身に覚えのない二人を前にして、戒斗は一度切った戦闘態勢に再び意識を灯す。


「……貴方たちは?」

「あ、ども。紹介が遅れました。自分は扇川 愛香ッス」


 ――ふふん、と口元の釣り上がった勝ち気な表情。意志の強そうな、大きな目。

 肩まで揃えた髪でポニーテールを編んだ少女は、警戒する戒斗の視線を受けながら堂々と近付く。


「立場的にはそこでビビッて固まってる人と同じ、Bクラスの副委員長ッスね。それと自分たちは戦う気なんて無いので、安心して欲しいです」


 ビビッてねーし、という的場の抗議が聞こえる最中、愛香と名乗った少女は右手の人差し指をクルクルと回しながら説明を続ける。


「んで、自分の隣の人は不山 轟。名前も性格も堅苦しい我らがクラス委員長ッス」

「…………」


 愛香の紹介を受けても、不山と呼ばれた男は沈黙を貫いて佇むだけだった。

 ……そんな様子を見ながら、戒斗は不山に『警戒』を抱いた。

 制服越しからでも判る分厚い肉体だけでも脅威だが、それ以上に不山から発せられる静かな殺意が、まるで猟犬に噛み付かれているかのような痛みを戒斗に与える。

 吠えないだけで、戒斗に対する敵意は的場を遙かに超えていた。

 万が一にでも襲われたら、猛獣よりも深くて鋭い牙が身体に食い込むに違いない。

 ……そんな事を真剣に考える戒斗を尻目に、愛香は親近感を感じさせる笑顔を振りまいて事情を説明する。


「まぁ自分と不山くんは、Bクラスのまとめ役って覚えてくれれば良いので。クラスを代表して、その負けたバ……カを引き取りに来たって感じッスね」

「なるほど。ここまでの経緯も把握しているようで何よりです。ところで、この状況を仕掛けたのは貴方達でしょうか?」

「うい?」

「このタイミングで来る辺り、様子見していたのは明かですから」


 もしそうならば、戦況は一対一から三対一へと切り替わる。

 鞘に戻した刀を再び抜剣したような心境になる戒斗に、愛香は慌てて両手をパタパタと振りながら釈明した。


「いやぁ誤解ッス。この状態は自分たちも予想外なので。勝つならまだしも案の定、負けてるし。でも、こんな負け犬でも仲間だし。だから見逃してくれた事は感謝してます」


 ペコリ、と戒斗に頭を下げる愛香。

 ソレを見て最初に反応したのは、不機嫌な態度を全開に出す走也だった。


「……感謝、ね。それよりも的場を仲間だって言うなら、こんな時間帯に勝手な真似をした事を叱ってやれよな。おかげで、戒斗の手に穴が空いちまった」

「それはお断りします」

「は?」

「なにも別に死んだ訳じゃあるまいし、どうでも良いッスよね?」

「なっ、お前がやった訳じゃなくてもだな、少しくらい罪悪感は沸くだろう?」

「いいえ?」


 子猫のように首を傾げる愛香に、走也は面食らった。

 そんな動揺する走也を見て、愛香はますます不可解な物を見るように目を開く。


「戒斗さんは風紀を乱す能力犯罪者で、治安を守る風紀院の生徒が倒すべき敵。多少の怪我をさせても、何の咎もない筈ッスよ」

「――おいおい、てめぇ」


 愛香の発言を聞いた瞬間、走也は全身の血液がマグマのように沸騰した。

 心の底から、そう思っている事を理解できたからだ。


「……本当、どっちが悪人か判らねぇな。風紀院ってのは正義の味方じゃねえのかよ」


 怒りの余り、走也は己のポリシーを投げ捨てたくなった。

 しかし悪態を吐く走也を前にしても、愛香は特に気にせず会話を続ける。


「やだなー。勝者こそ正義。倒すべき悪には何をしても、おとがめ無し。それが風紀院ていうか、自分のポリシーッスけど」

「……とりあえず聞いてやる。じゃあ、おまえにとって倒すべき悪って何だよ」

「そりゃ倒したら利益をくれる敵の事でしょ。だってほら、ゲームでも経験値やアイテムをドロップしないモンスターなんて倒したくないッスよね?」

「……あぁ判った。お前とは話が合わん事が理解できた」

「奇遇ッスね、自分も今そう思ったところ。はっきり言って、義理チョコだって配りたくないタイプです」


 仏頂面の走也と冷ややかな愛香の間に、見えない火花が炸裂する。

 ……だが。


「扇川、いつまで戯れているつもりだ。不毛な真似は止して本題を進めろ」


 獣の唸り声にも似た不山の声が、地鳴りのように響く。

 その言葉には、間違いなく仲間に対する殺気が含まれていた。


「……ま、そうッスね。さっさと負け犬の回収しますか」


 愛香は不山の言葉にケロリと態度を変えて、いまだに腹を押さえ続けている的場にトテトテと向かった。


「待たせたッスね、的場っち。っていうか、いつまで猫みたいに丸まってるの?」

「うるさいな。吼城の奴、わざと僕のあばら骨に当たるような攻撃しやがったんだ。下手すれば折れるところだったんだぞ」

「ういうい。余計な手間かけさせやがって馬鹿と思いつつ、さっさと治療するッスよ」

「……おい。さっきから馬鹿とか負け犬って言ってるけど、それって僕の事じゃないよな?」

「小さいことは気にしない方が良いよ。まぁその疑惑について否定はしないッスけど」

「おまえーッ、仮にも僕は吼城に怪我を負わせた功労者だぞッ」

「ういうい、そッスね」


 抗議する的場を軽くあしらう愛香は腰を曲げると、上着ポケットから手の平サイズのプラスチックカードを取り出した。

 ……陽光によって白く光るその札には『回復』という黒字が刻まれている。


「んじゃホイ、回復ッス」


 愛香はソレを、ぺたりと的場の腹部へと当てた。

 ――瞬間。

 回復という文字が、雪解けのように的場の身体の中に消えていく。

 と同時に、苦悶に歪んでいた的場の顔がフッと軽くなった。


「どう、的場っち。痛みが引いたよね? だったら、泣いて自分に感謝するッスよ」

「あぁ屈辱的だが、確かにダメージは消えたよ。お前に助けられるなんて、もう二度とゴメンだけどな」


 忌々しそうに言いつつも、的場は屈む姿勢を止めてスクッと立ち上がった。

 その様子を見た戒斗は、やせ我慢や演技という可能性を抹消した。

 少なくとも、そんな生易しい攻撃をした覚えはない。


「……訳がわからん。いったい、どういう属性をしてやがる」


 走也の疑問は、横目で伺っていた戒斗にとっても同じだった。

 経験上、様々な属性能力に触れている戒斗であっても、今の現象にはまったく見当が付かない。

 かろうじて判るのは、愛香の属性は『回復』ではないという事だった。

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