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初陣Ⅰ

 ――入学してから三日目の朝。

 戒斗が走也と廊下を歩いていると、前方に一人の男子生徒が立ち塞がっていた。


「やぁ、始めまして吼城 戒斗。僕はBクラス所属の的場(まとば) 章仁(あきひと)。属性は『繰作』だ。よろしくね」


 的場と名乗る少年は膝を折り、右手を胸に添え恭しくお辞儀する。

 若干ナルシストな態度に、戒斗は真面目に頭を下げて走也は眉をひそめた。

 というか、別のクラスメイトに声をかけられるのは初めての出来事だった。


「……こんな所で、単独の待ち伏せですか」


「まぁ、待っていたのは否定はしないさ。何しろBやCと違って、優秀なAクラスだけは専用の校舎だものなぁ。可能な限り無駄足は踏みたくないし、確実に出会えるタイミングは狙うしかないだろう?」

「……それはご苦労様です。ところで、初めましての挨拶は必要ですか?」

「いや、君達の紹介は結構だ。この三日間、Aクラスのメンバーのことは調査して知っているからね。むしろ、ここまで面会が遅れたことを謝罪したいくらいさ」


 立ち上がると両手を広げて、目を瞑った顔を上に逸らす的場。

 どうやら深呼吸をしているようで、大きく空気を吸ってハァ、と息を吐く。

 ――その瞬間、ビュンという風を切る音が、戒斗の耳元まで飛来した。 

 的場の背後から、戒斗と走也に向かって何かが飛び出してきたのだ。

 二人とも反射的に、パシッとソレを受け取る。

 と、ヒヤッと冷たい感触が二人に伝わってきた。


「……ペットボトル?」


 そう。

 二人の手に収まったのは、冷えた果汁ジュースだった。


「言っただろう、僕の能力は繰作。こうやって物体を自在に操る。ソレは挨拶と謝罪を兼ねた品物だ。好きに飲むと良い」

「……どうも、ありがとうございます」


 戒斗は走也と顔を見合わせながら、一応の礼を済ませた。

 あまり嬉しくない雰囲気を漂わせていた筈だが、的場は気にせず胸を張る。


「いやね。僕としても、まともな物を用意したかったさ。けどココは標高千五百メートルの山頂。最寄りのコンビニに車で一時間はかかるという、文明的にも物理的にも人里から孤立した施設だ。気の利いた物なんて探せる筈も無いだろう?」

「……まぁ、ソレは確かに」


 的場の言う通り、この学園では電気と水道こそ通っているが携帯電話の電波は立たず、ネットも開通されず、車の往来さえ三日に一度、学校に物資の運搬トラックが来るぐらいの未開発地区に位置している。

 学園側も気を遣い、生徒達には専用の学生寮が用意され、通常生活に不備がない考慮がなされている。

 しかし代償として校外に出る事は原則禁じられ、相応の理由が無ければ外出許可も降りない閉ざされた環境だ。


「おかげで文明の利器も、ただの時計がわりだ。だからこそ、こうやって君達と接触せざるを得ない訳だが」


 的場は上着ポケットに入ったスマホを見せながら、にやけた顔を隠さない。

 それを見て、険しい顔を作った走也が戒斗を庇うように前に出た。


「……それで俺たちに何の用があるって言うんだ? まさか授業が始まるまであと五分しかないのに、ここで仕掛ける気か?」

「いや、ちょっとした確認さ。その答え次第では、君達の学園生活が一変するけど」

「ほぅ。それは聞き捨てならないな?」

「だから君達次第だって。……てな訳で、吼城。了承してくれるかい?」

「もちろん否定する理由はありません。それにまぁ、答えることが飲み物代と言う事にして頂ければ、ジュースの代金を消費せずに済みますし」

「奢りに代金も何もないけど。まぁ良い、じゃあ早速だ。……選抜部隊という名誉職に居た君が能力犯罪者になった理由が、犯罪者の子供を制裁していた同僚を傷付けたから、らしいけどさ」


 ズキリ、と。

 いまだ消えぬ過去が、戒斗の胸に突き刺さる。

 他人から聞かされる過去の汚点は、古傷を抉られるような鋭さがあった。


「いや風紀院や同僚からすれば、辛い話だよね。子供とは言え能力犯罪者なんだから取り締まるのは当然だ。ともに戦っていた仲間から裏切られた上に怪我までさせられたら、僕なら泣くね。そりゃ、風紀院も君を犯罪者扱いするさ」


 ざまぁみろだね、と口にする的場はじつに爽やかな笑顔だった。

 完全な挑発行為だが、それでも戒斗は黙って目を伏せて耐える。

 ……言い訳など許されるはずもないのだ。

 過去の出来事を反省する為に、戒斗はここに居るのだから。

 ――ただ、ソレを気に食わない顔で見る人間が居た。


「的場、だっけ。お前は同級生の過去を暴露する為に来たのか?」

「おっと、そんな怖い顔しないでくれよ。これでも同情してるんだ」

「同情?」

「あぁ。ようは追い詰められた犯罪者に仏心を出したんだろう? 行き過ぎた善意の結果、自分が犯罪者となった。そんな話を聞いたときは、吼城に哀れみさえ感じたほどだ」


 だけど、と的場は悪びれもなく肩をすくめる。

 ……ソレを見て、戒斗は既視感に襲われた。

 泣いて許しを請う『ハザード・チルドレン』に、容赦なく追撃した同僚の姿を思い出す。

 アレは自分に一切の非はない、と思い込んでいる盲信者の態度だ。


「僕は君がこの学園に入学した目的が、どうしても気に入らない」


 断言する的場の表情には、ハッキリと憎悪が刻まれていた。

 まるで戒斗が加害者で、自分が被害にあったと言わんばかりの怒りだ。


「残り十一日、僕達の敵として過ごし見事耐えきった場合、特例処置として君は能力犯罪者としての登録を抹消され、この学園の滞在を許可されると聞いた。つまり、君が無事卒業できれば再び風紀院に所属できる訳だが、それは本当かい?」

「…………」

「なぁ。答えてくれよ。犯罪者のくせに、また犯罪者を取り締まる側になる為だけに、序列一位という地位を得て、僕達の上に立っているのかい?」


 問い掛ける的場は、もはや敵意を隠そうともしていない。

 一触即発。

 おそらく戒斗が頷くだけで、的場は完全に牙を向けてくる。

 ……だがソレを自覚してなお、戒斗は躊躇しなかった。

 彼らの敵に回る覚悟は、とうに決めたのだ。


「はい、本当です。俺は能力犯罪者としてではなく、再び風紀院としての扱いを受ける為に、貴方達の敵役を引き受けました」

「ふぅん。ソレは何故?」

「能力犯罪者と呼ばれる者の中には、治安を乱すほどではない能力を持つ子供達が居るのを知っていますか?」

「あぁ。君も庇った、俗に言う『ハザード・チルドレン』だろ? 能力を疎まれて、親に捨てられた子供。けれど僕達のように風紀を守ることではなく、犯罪を重ねることで生活するクズ。……で、それが?」

「恥ずかしい話ですが俺自身、政府に保護された捨て子です。だからこそ、似たような境遇の彼らを放置できない。一度は失敗しましたが今度こそ、俺は彼らを助けたい。その為には風紀院の地位が、どうしても必要なんです」

「……はぁ? なにそれ。また同じ過ちを繰り返したいのかよ?」

「いいえ。今度は合法的に『ハザード・チルドレン』を救える組織を俺は作り出したいんです」

「なに?」

「保護や更正を第一に掲げる部署の設立というのはどうでしょうか? 犯罪組織から強制的に働かされている能力者の子供達は、意外と多い。そんな子供達の罪が、ただ死ぬ事でしか償えないというのは、余りにも悲しいとは思いませんか?」

「…………」


 積極的に語りかける戒斗の話を、的場はまるでロボットのように無表情な顔で聞いていた。

 そして三秒ほど逡巡して目を瞑り、ポツリと呟く。


「……気持ち悪い。やっぱり君は、僕の倒すべき敵だ」


 ――刹那、的場の背後から轟音と突風が吹く。

 それとともに、圧迫感を伴った質量が姿を現した。


「ッ」


 戒斗は息を呑む。

 それは直径がサッカーボールほどある鉄球だった。

 重量が四十キロを超える塊が高速で当たれば、間違いなく骨を砕く。

 それが合計五つ。

 一つは戒斗達からは大きく外れて校舎の壁に当たり、白く塗られたコンクリートに亀裂を生み出だした。

 ――だが残りは、戒斗に吸い寄せられるように迫り来る。

 狭い廊下では避ける余裕も無く、戒斗は咄嗟に迎え撃つ為の構えを取った。

 無論、生身の身体で対抗できる筈がない。

 コンクリートに亀裂を入れる威力が四つも衝突してくれば、戒斗の身体は挽肉と化すに違いなかった。

 ……なのに戒斗は、その細い両手で鉄球を打ち落とせると言わんばかりに微動だにしない。

 ……否。

 事実、鉄球程度の代物なら戒斗には落ち落とせる。

 しかしソレは、戒斗に触れること無く忽然と消え去った。


「え?」


 と驚愕した的場の声が廊下に響く。

 きょとんとした彼の脳裏には、先程の状況が再生されていた。

 ……自分が操る鉄球が戒斗の目前に迫った瞬間、黒い影のような物体が鉄球を飲み込んだのだ。

 ――いや、違う。

 実際にアレは、伸びた影そのものだった。

 その事実を突き止めた的場は、怒りで身体を振るわせ戒斗の隣を睨む。


「……伊達、走也。君の『移動』の能力は影を使うのか。だが、そんな事はどうでも良い。何で、僕の邪魔をした?」

「そりゃ簡単な話だ。友達が傷付けられるのを黙って見過ごすのは、俺のポリシーじゃない」

「友達、ね。僕らが様子見していた理由の一つが、君達の仲の良さだったわけだけど。まさか助ける程とは思わなかったよ」

「俺から言わせれば、不意打ちで鉄球をぶつける奴の方が驚きなんだが。何より戒斗の話を聞いて何とも思わないのか、お前」

「あぁ、思ったよ。じつに吐き気がする奴だってね」 


 心底そう感じているのか、的場はまるでゴキブリを見たかのような嫌悪を顔に出した。 


「偽善に富んだ自己満足な話だった。『ハザード・チルドレン』を救う暇があるなら、さっさと僕に倒されて貰いたいんだよね」

「……それで倒された戒斗がどうなるか、判って言っているのか?」

「知ってるよ。僕らの敵として入学できる代わりに、僕らに倒された場合は退学になるってやつだろ?」


 ――そう。

 それが吼条 戒斗に課せられた入学条件。

 二週間という期間、無事に過ごせば犯罪者という汚名は返上され、学園の卒業資格を得られる。だが倒された場合は犯罪者のまま退学処分を受けるのだ。

 当然と言えば当然だが、この手の賞罰とは表裏一体である。

 戒斗は自分の希望を得る為に、自分の将来を売ったのだ。

 ……無論、死というバッドエンドになる可能性を含めて。

 ソレを理解しているが故に走也は憤り、的場は口元を釣り上げる。


「エリートだった犯罪者の人生を、僕が幕を下ろす。悪くないよね、こういうシチュエーション。風紀院の職員になる前の練習としても、最適じゃないか」

「性格悪いな、お前。別に戒斗を倒さなくても、デメリットなんて何もないだろうが」

「デメリット? 馬鹿馬鹿、すでに発生してるじゃないか。たとえば、なんでこの学園に僕達の先輩が居ないか知ってるかい?」

「……二週間ほど特別訓練で出払っていると聞いたが」

「君も白々しいね、そういう建前に決まってるじゃないか。僕達と吼城の争いに巻き込まれない為の配慮って奴さ。吼城が入学しただけでコレだぞ。最悪、三年間も居座れば僕ら同級生の学園生活も必ず犠牲を強いられる。つまりこれって事前の防止策って奴なわけ」

「……悲しい話だ。悪さした子供に慈悲を見せたら悪人で、問答無用で排除しようとする奴が正義なのか。それとも、俺の価値観がズレてるのかね」

「おいおい勘違いするなよ。僕だって、吼城の境遇には良心が痛まないわけじゃない。だけど、吼城を倒す事で得られるメリットが大き過ぎた」

「……メリット?」


 走也は、難解な方程式を見るような目で的場を見る。

 それに対し、的場は駄目な生徒を指導する教師のように語った。


「あぁ。僕の学年順位は七位だが、吼城が退学することでこれが繰り上がる。そして何より選抜部隊を務めた相手を倒したという、名誉。この二つを手にすれば、もう素晴らしい将来へと繋がる事は決まってる。なら自分の良心が揺さぶられても、仕方ない事じゃないか」


 そう答える的場に後ろめたさはない。

 的場にしてみれば、どういう事情があった所で、犯罪者たる戒斗を排除する事に躊躇う理由はないのだ。

 ……だが。


「っていうか、さっきから煩わしいよ、伊達。吼城の仲間ヅラしてるなら、お前も処分するけど?」


 という言葉は、非常に不味かった。

 さきほどまで無反応に近かった戒斗が、ジリジリと表情を険しくするほどに。

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