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親睦会(後編)

 会話が途切れる室内でグツグツ、とおでん鍋の沸騰が空しく響く。

 それを破るように口を開いたのは、屋台の親父のように手慣れた手つきで昆布を皿に入れる走也だった。


「……そういえば、まだ聞いてかったな。お前が、俺達の敵になった理由ってヤツを。あぁ、同僚を攻撃したからだって話じゃない。なんで同僚を攻撃したのかを聞いている」


 穏やかだが、戒斗にとっては鋭い質問だ。

 戒斗は貝のように口を固く閉ざそうとするが、中止した。

 犯罪者である自分と仲良く接してくれる彼らに、少しでも報いたいと思ったのだ。

 ゆえに泥沼をシャベルで掘るような気持ちで、戒斗は事情を語る。


「……俺が任務中に同僚を攻撃した理由。それは彼が、無抵抗だった能力犯罪者に対して烈な暴力を振るい続けていたからです。相手は死にそうだったのに。口で言っても止めなかったので、やむなく攻撃してしまった」

「おいおい待て待て。まさか能力犯罪者を庇って、自分が能力犯罪者になっちまったのか?」

「はい。彼の制裁は風紀院として正しい行為だったのかも知れませんが、俺には酷く理不尽に感じてしまったんです。なにしろ、相手は十歳にも満たない『ハザード・チルドレン』でしたから」

「……うん? 『ハザード・チルドレン』って何かしら」


 怪訝な顔で尋ねる沙夜と同様に、優衣も馴染みがないのか首を傾げた。

 唯一、走也だけは眉を寄せながら溜息混じりに語る。


「……『ハザード・チルドレン』。親に捨てられ、社会に悪さして生活している孤児達の名称だな。大抵の連中は属性能力があっても一般人と大差ないし、実力の低さから犯罪組織の下っ端しか出来ない性で、世間でも取り沙汰されることはないから、知らんのも無理はないさ」

「……結論。つまりそれって、無力な子供って事?」

「えぇ。政府にとっても悪人にとっても、彼らに利用価値は少ない。だから風紀院も『ハザード・チルドレン』の処遇に対しては無関心でいることが多いんです。過去にも風紀院の職員が任務中に『ハザード・チルドレン』を致死させた事は多々ありますが、処罰された例はありませんしね」


 涼しい顔で世間話のように語る戒斗だが、その拳はギュッと強く握り込まれていた。

 それを目聡く見つけながら指摘せず、走也は溜息を吐いた。


「まぁ、暴力を振るわれている子供を助けたくなる気持ちは判るけどな。けれどそれは風紀院の同僚を攻撃するほどの、動機になるのかよ?」

「本来なら、なりませんね。ですが身体が勝手に動いていました。今になって思えば、きっとそれは他人事に思えなかったから、なんでしょうね」


 そう語る戒斗の表情に、後悔の色はない。

 犯罪者を助けた代償が自分の身に降りかかったというのに、むしろ救われているかのような顔をする戒斗を見て、優衣は首を捻った。


「何故? 能力犯罪者と風紀院の職員は水と油よりも乖離している。なのに、なんで他人事に思えなかったの?」

「先程も言いましたが、俺は親に捨てられ政府の施設で育てられた孤児です。ですが、一歩間違えば彼らと同様の存在だったでしょう。そういう考えから、出来るだけ『ハザード・チルドレン』には危害を加えたくなかったんです」

「……真面目だな。利益のない他人を助けるなんて、異常とも言えるが。まぁ、だからこそ敵って言う役割に拘りすぎてて、空回りしているのか」

「役目を全うするのは当然の事です。そして俺は能力犯罪者です。貴方達の敵であることには変わりないし、仮に戦わないとしても同じクラスに居れば、迷惑をかける事には違いないですよ?」

「……質問。迷惑って?」

「俺の戦いに巻き込まれたり、友好的な態度を取っていれば、他のクラスメイトと敵対するかも知れません」

「なんだ、そんなこと」


 心底どうでも良い、という風に溜息を吐く優衣。

 沙夜も同意見なのか、気軽な笑顔さえ見せて口を開く。


「うん。構わないんじゃないかな、別に。だいたい、戒斗くんが能力犯罪者じゃなくても他のクラスと敵対することはAクラスにとって、必然だもの」

「……それは」


 言い淀む戒斗だが、否定の言葉は無い。

 ゆえに優衣の言葉が、誰にも遮られることなく教室に響いた。


「――だって、ここは嫌われ者のAクラス。属性能力の効果範囲が高い上位四名しか入れない特例のせいで、嫉妬や憎悪の対象にされる人間の隔離場所」

「うん。私も入学前は、一般人の混じっていない学園なら仲良くなれる子が居るかと期待したけれど。ココに辿り着く間、ナイフに刺されるような視線に晒されて骨身に染みたわね。結局、私は同じ境遇の人としか判り合えないって」

「……残念だけど、それが正解。なにより似たもの同士を傷付けたくない、それをしてしまえば、本当の孤独になってしまう。だから仲良くするのは必然。寂しいのは嫌」

「ですが、俺と仲良くなることは身の危険が伴います」

「だったら互いに身を守り合えば良い。相互扶助ってヤツだ」

「……走也、くん」

「おいおい敬称略で頼むぜ。それで何が不満だ? そもそも実害が怖いなら、こんな武装組織に入らないぜ」

「うん、そうね。ソレを目指している以上は、いつでも戦いを受け入れるわ。それに貴方を倒す事が強制じゃない以上、私は戒斗くんと仲良くしたい。それで戦いに巻き込まれるなら、自業自得なのだから」

「好みの問題、ということ。どうせ見知らぬ人ばかり。否応なく関わるというなら、いつでも身近な人と仲良くしたい。ソレを邪魔する相手なら、戦う方が良い」

「ま、事情がどうあれ、戒斗は能力犯罪者だ。だから学園のほとんどが敵に回るなら、それも仕方ない。けど少しくらい、お前と敵対しない奴が居ても良いんじゃねぇか?」


 その気取らず、自由奔放すぎる発言の数々に戒斗は面食らう。

 蓄積していた気持ちが我慢できなかったのか、思わず上擦った声が出てしまう。


「……そんな。どうして、そこまで」


 浮かんだ疑問が最後まで伝えられない。

 喜びで息が詰まりそうになるのは、初めての経験だった。


「……狙われている今の俺には、三人の気持ちに報いることも、見返りを与えることも出来ないんですよ」

「――戒斗、そこは勘違いするなよ」

「え?」

「お前の為だけじゃない。俺はこのクラスメイト達が気に入った。だから俺は、自分の気持ちを行動で示しているだけだ。残りの二人も同じだろうが損得で動く気があるなら、とっくに戒斗の敵をしてる。お前はどうだ、俺達と居てつまらないか?」

「……いえ。嬉しくて、楽しいです。こんなにいい人達に恵まれるとは、思いませんでしたから」

「なら良いじゃねぇか、明日も同じように楽しもうぜ。それに俺は、お前を敵だなんて言うより、友達だと思いたいんだ」

「……友達、ですか」

「あぁ、そうだ。この状況で仲良くしようとする俺達を、利用しようとしない。媚びたり持ち上げたりしないで、心配してくれる。その気遣いはな、信用できるんだよ」

「……………………」

「ん、なんで怪奇現象に出会ったみたいな驚き顔してるんだよ?」

「いえ。協力者や同僚という言葉には馴染みがありますが、友達という概念は言葉でしか理解できていないものでして」


 戸惑う戒斗の語る言葉に、走也も目を点にする。

 しかし、すぐさま目の前の相手の過去を思い出して眉を歪め始めた。


「……そういや風紀院の選抜隊に居た性で、学生生活も初めてとか言ってたな。どうも戒斗はコッチの要求に聞き慣れているって言うか、妙に従順っぽいけどよ。もしかして上からの命令ばかり聞いてたから、友達って関係にも実感が持てないのか?」

「そういう因果関係は判りませんが、選抜部隊において友達という存在が居なかったのは確かです」

「そうかよ、じつに難儀な話だが乗りかかった船だ。なら俺が最初の友達になって、友情とは何なのか教えようじゃないか」

「知りませんでした。友達とは、学習して身に付ける関係性だったんですね」

「あぁ、覚悟しろよ。いっそ、俺のことを親友だって言わせてやるぜ」


 何の躊躇いもなく言い放つ走也は、ヒョイッと昆布を取って食事を再開した。

 それを見て、ここまでの様子を黙って過ごした沙夜と優衣は溜息を吐く。


「失態。またちょっと、美味しいところを取られた」

「けれどまぁ、そういう事よね。敵対しろって言うくせに、戒斗くんの態度は優等生のソレだもの。嫌悪より親しみが沸くのは自然なことなのよ」

「……それは否定できない。態度が悪そうだったら、話しかけられなかった」

「なるほど、勉強になります。つまり俺は不良を演じれば良かったんですね?」


 冗談ではなく、真剣に頷く戒斗。

 それを見た優衣は、呆れた顔で溜息混じりに呟く。


「残念ながら、もう遅い」

「うん。戒斗くんが嫌がっても、こっちが気に入ってしまったのだから仕方ないわ」

「……まったく、頑固な人達です。だったらせめて、俺が襲われても邪魔しないでくださいね。襲われたりなんかしたら、本当に危険なんですから」

「それは大丈夫。一人ならともかく、私達は四人居るわ。学年上位四名が、ね」

「正直な話。他のクラスメイト全員が挑んできても、負ける気がしない」

「だな。まぁ一番良いのは、誰とも争わないことなんだけどな」

「…………」


 戦うことを前提に語り合う級友を見て、ついに戒斗の心は撃沈した。

 戒斗が迷惑をかけたくないという気持ち以上に、どうやら三人は戒斗の問題に巻き込んで欲しいと望んでいるらしい。

 今日初めて出会ったばかりなのに、こんなにも和気藹々とできるのは彼らが戦闘というモノの辛さを知らないからだ。

 ――だったら、せめて。


「俺が原因で起こる争いくらい、俺の力で守らせてください。じゃなきゃ、申し訳なさ過ぎて死んでいまいそうになる」


 吐き出した言葉は情けないくらいに弱々しいが、その気持ちは本物だ。

 たとえ自分の身に何があろうとも、三人だけは何があっても傷付けさせないと。


「……それと、ありがとうございます。貴方達が同じクラスメイトで、良かったかも知れません」


 照れ隠し混じりに本音を漏らしながら、そして望む。

せめて、この三人とだけは平和な学校生活を送りたい、と。

 無論、それは有り得ない話であるのだが。

続きは明日更新予定です

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