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敵になった理由

  ――一方、戒斗の居るAクラスでも沈黙が発生していた。

 原因は教室の中に居る生徒が、たった四人という少なさにある。

 ……男女比率は、戒斗を含めれば二対二の割合。

 戒斗を中心に、ソレを囲むような逆三角形に配置されている。

 必然、三人の視線は戒斗に集中した。

 ……嫌悪や敵意がない、興味本位の感情。

 三者三様の視線だが、戒斗を観察しているという部分は共通だった。

 ――きっと、このまま誰も喋らずに一時間は過ごせるに違いない。

 そうならずに済んだのは、彼らの担任教師が岩戸のように重い口を開いたからだ。


「探りを入れるより、互いの名前と素性を話す方が効率が良いぞ」


 そう呟いたのは、黒板の横に立てた折りたたみ椅子に踏ん反り返って座る男だ。

 ガタイの良い身体に鋭い目付き、小麦色の肌をしたその風体は教師と言うよりは、武闘家のような重厚さがあった。

 ……彼こそは今日の入学式で壇上に居た浅黒い肌の教師、その人である。

 何事かと生徒達が見守る最中、彼は泰然と椅子から立ち上がった。


「では最初に私から名乗ろう。君達の担任教師と、学年主任を務める。名字は傘垣、下の名前は気にするな」


 用は済んだな、とばかりに傘垣は再び椅子に座ると、ジロリと戒斗に目を向けた。

 敵意と言うよりは、仕事をさぼった部下を叱る上司のような感情である。


「まずは吼城、お前から自己紹介してやれ」

「え?」


 ビクッと身体を揺らして、それでも戒斗はゆっくりと立ち上がる。

 ここにきて最大級の注目を受けているが、自己紹介さえ済ませればマシになるという打算があった。


「あの吼条、戒斗です。敵対宣言は先程したばかりですし、とりあえず同じクラスメイトとして、よろしくお願いします」


 ――積極的に悪役にならないのは、躊躇ってしまったからだ。

 襲われる覚悟はしているものの、戒斗も積極的に嫌われたくはない。

 ……しかしそんな心配は、ある意味で杞憂に終わった。

 ――というか、これから起きる展開は全て戒斗にとって予想外だった。


「うん、やっぱり気に入った。私のコレクションに加えたいな」

「は?」


 突拍子もない言葉に、戒斗の目が点になる。

 ……当の本人は注目を浴びた事にフッと笑い、相変わらず肘を机に乗せたまま続きを呟いた。


「紹介が遅れたわね。私は言堂 沙夜。属性は『言葉』、学年における効果範囲の序列は二位。よろしくね」


 ふわり、と。

 沙夜と名乗った少女の髪が、春の風で川のように揺れる。

 着衣こそ学園における女子の制服、黒のブレザーにチェックのスカートというデフォルトではあるが、その容姿は明らかに平均を遙かに超えた美少女だった。

 大和撫子というか、きっと着物が似合うに違いないと思わせる風格がある。

 その情景が美しいので見惚れてしまったが、それでも戒斗は己の疑問を口にした。


「ところで、さっきコレクションとか言ってましたけど?」

「あぁ、うん。鍵の掛かったガラスケースは好きかしら? 具体的に言うと、そこで住むことは出来る?」

「え?」

「うん、驚くのは仕方ないかも知れない。けれど、私は人よりも道具を愛でるくらい性格が歪んじゃってるから」

「……道具?」

「うん、属性道具」


 頷きながら、沙夜は机にぶらさげていた鞄の中から一本の短剣を取りだした。

 ……鞘に収められているものの、刃渡りは明らかに十五センチ以上ある。

 立派な銃刀法違反であった。


「一見すれば唯の凶器。けれどコレは道具の使用者は自分の属性以外に、別の属性効果でも発揮できるの。決して安い買い物ではないけれど、友達が手に入らなかった私にとっては、とても大切な宝物なのよ」

「な、なるほど。ところで、そのコレクションと俺に、いったい何の関係が?」

「単純明快。君が欲しい。最強という属性。それだけでもレアなのに、同級生達を敵に回すほどの実力と度胸もある。そんなの、もう気に入ってしまうには充分でしょう?」


 そんな彼女からは人間として見られている、と言うよりは美術品として鑑賞されているというような視線を感じた。

 戒斗も敵としてみられる覚悟をしていたが、鑑定されるような目で見られる事には戸惑うしかない。


「……随分と変わった感性の持ち主ですね」

「それは私も自覚している。けど、そういう君も変わり者だよね。うん、これは気が合うと言う事じゃない? それに自慢じゃないけど、私には友達がいない。君がコレクションに加わってくれたら、初めての友達が出来ると言う事でもあるんだけど」

「…………」


 嫌です、と即座に返せないのは戒斗の真面目さ故だった。

 つい相手の気持ちを考慮してしまい、自分の都合だけで意見を言って良いものか迷ってしまう。

 優柔不断と言えなくもないが、なんであれ断るという気持ちは戒斗自身も意外に思うほど低いものだった。

 ――もしかしたら。

 しかし、その可能性はガタッという椅子から立ち上がった音によって霧散した。


「……ちょっと待った、その会話に異議あり。故にわたしは介入する」


 静かだが、鈴のような透き通った声が戒斗の耳をくすぐる。

 それは左から。

 振り向けば、立ち上がったウサギをイメージさせる可愛らしい姿が確認できた。

 ショートカットされた雪色の髪に、眠そうな丸い瞳は西洋ドールのような可憐さだ。

 そしてギュッと丸めた両手を机にチョコン、と乗せて二人に顔を近づけている。


「うん。何かしら、小さな同級生さん。とても不満そうな顔をしているけれど」

「当たり前。ボッチ歴なら、わたしも負けていない」

「え、そこの部分に抗議を?」

「……当然。自慢じゃ無いけど、筋金入りの友達いない人生だから。おかげで実家に居た頃は、動物と一方通行の会話をするのが日課になってた」

「そう、ですか」


 いまいち理解できない説明に戸惑う戒斗。

 しかし抗議を受けた沙夜は不敵に笑い、腕を組む。


「ふぅん。まさかのライバルの登場? うん、面白いわね。貴方の名前を教えて?」

「わたしの名前は破陣 優衣。属性は『拘束』。序列は四。……絶賛、友達募集中」

「破陣、優衣か。うん、良い響きだけど名字で呼ぶか、名前で呼ぶか悩ましいな」

「貴方がわたしの好敵手だというなら優衣で良い。わたしも下の名前で呼ぶから」

「なら優衣。一応、聞いておくけれど貴方も彼に興味を寄せたのかしら?」

「無論。せっかく見つけた、似た境遇の同士。敵だと紹介されて以来、仲良くなりたいと狙っていた」


 チラリ、と戒斗を見る優衣は小動物を慈しむような視線を向けていた。

 そんな優衣の表情を戒斗と一緒に眺めていた沙夜は直後、嬉しそうに破顔する。


「なるほど。方向性は違うけど、似た感性を持っていると言う事ね。うん、優衣とは気が合いそうだわ」

「同感。あとで連絡先の交換を提案する」

「えっ」


 さっきまでライバルとか言っていたのに、あっというまに女の友情が成立した事に戒斗は混乱した。

 正直に言えば、めまぐるしい状況の変化に追いつけない。

 だが、そんな戒斗に追い打ちをかけるように、後ろの席から笑い声と共に親しげに肩をトントンと叩かれた。


「いやー。黙って聞いてれば随分と羨ましい状況だな、モテ男」


 確認しようと首を動かす瞬間、ガシッと肩を掴まれる戒斗。

 戒斗は他人の体重と体温を感じながら、ホールドしてきた相手の顔を見た。

 ――目と鼻ほどの距離で、茶髪の少年と見つめ合う。

 向けられた感情は、親しみ。

 まるで昔からの幼馴染みであるかのような気安さが、そこにはあった。


「自己紹介の最後は俺だな。俺の名前は伊達 走也。属性は『移動』。序列は三位だ。気軽に走也と呼んでくれ」


 白い歯が見える笑顔はなんというか、スポーツが似合いそうな爽やかさだ。

 そんな走也に、戒斗はオドオドと様子を窺いながら声に出す。


「そ、走也くん?」

「態度が固いねぇ、こういうシーンは呼び捨てに決まってるだろ。お互いに唯一の男のクラスメイトなんだから、仲良くしようぜ?」

「あ、だったら私も下の名前で戒斗くんと呼びたいな。私のことは沙夜でよろしくね」

「わたしも優衣で良いし、戒斗と呼びたい、だから呼んでみる。よろしく、戒斗」

「…………」


 三人から親しそうに囲まれて、戒斗は思わず息が詰まった。

 嫌悪されることは覚悟していたが、こんな風に歓迎されるとは考えていなかった。

 期待していなかったからこそ、戸惑いながらも拒絶が出来ない嬉しい誤算だ。

 とはいえ。


「……あの、俺は貴方達の敵として紹介されたはずですが?」


 沸き上がる気持ちを押し殺しながら、戒斗はおそるおそる三人を見る。

 ――そこにあったのは、戒斗が困惑するほどの友好的な顔だった。


「そんなことを言われても困る。俺は平和主義者でね。ポリシーは皆で仲良く、だ」

「うん。せっかく友達ができると思ってきたのに喧嘩しろって言われても、そんなの喜んで受け入れる気にはなれないわ」

「わたしにも、厄介者扱いされていた過去がある。せっかく見つけた同士に、そんな境遇を味合わせようという趣味は無い」


 三者三様の答えではあるが、言っている意味は一緒だった。

 ――戒斗とまったく敵対する気が無い。

 その事実に、今度こそ戒斗は苦しそうにグシャッと顔を歪めた。

 戒斗は、人から優しくされる事に慣れていない。

 そして真面目な性格が、素直に状況を受け入れようとしないのだ。


「……気持ちは嬉しいです。けど困ります。俺は、敵としての役割を受けないと」

「そうかよ。だったら、お前から俺達を攻撃して来いよ」

「なっ、俺は飢えた獣じゃありません。敵意を向けていない相手に、攻撃なんて出来るわけがないッ」

「なるほど。それじゃお前、自分には出来ない事を押し付けるタイプか?」

「――それは」


 戒斗は言い返せないまま唇を噛む。

 戒斗からすれば敵対して貰わなければ困るが、友好を示す相手を蔑ろにしてまで敵を作る趣味はない。

 そんな状況から助けを求めるように、戒斗は担任教師に目を向ける。

 しかし。


「よし、どうやら初日における作法は終わったようだな。……他に質問はあるか?」


 孤立無援。

 無情とも言えるシンプルな終了合図に、戒斗は反射的に手を上げた。


「待ってください、貴方が俺を倒すことを推奨していた張本人じゃないですか。この状況に何か言うことはないんですかッ」

「たしかに推奨したが、強制では無いとも言ったはずだ。実際にお前を倒すかは各生徒の自由意思だ。ましてや生徒同士の親睦など、俺の教育指導の範囲外だ。望むなら、勝手に仲良くしていれば良い」


 担任教師の突き放した言動に、あからさまに戒斗は狼狽していく。

 その様子は、とても六十名以上の生徒全員を敵に回せる人物とは思えない。

 戒斗は途方に暮れた顔で、がくりと肩を落とした。


「……そんな。何の為に俺がココに入学したと思っているんですか」

「あ、うん。それは気になるな。何の為に私達の敵として入学したのか」

「え?」

「たとえば、戒斗くんが私達の敵になるメリットとかね」

「……深読みされても困ります。コレは刑罰みたいなものですから」

「既に実戦経験のある人が、わざわざ入学する必要の無い学園に来て、同級生にリンチに合うかも知れないことが刑罰? それを素直に飲み込めて言う方が無理があるわね」


 沙夜の言葉に、優衣がコクコクと相槌を打つ。


「裏事情があるのは明白。それを告白して欲しい。なんなら、それはわたしとの友好の言葉でも良いし、むしろ推奨したい」

「まぁ、そうだわな。何も知らないまま、敵に成れって言うのが無理な話なんだよ。犯罪者だから無条件で倒せって言うのは、納得できる理由がないと困る。なにより敵に回って欲しいっていう要望はお前の都合であって、俺達じゃない事を理解してくれよな」

「…………」


 正論だった。

 沙夜の言葉を借りるなら、戒斗を敵に回すメリットが彼女たちには無い。

否定する理由が見つからず困惑する戒斗に、走也が再び肩を叩く。


「まぁ、言いにくいことなのは判った。だから、その前に親睦会でもやるか」

「は?」

「仲良くなる事で、言いにくい告白も喋れるってもんだ。なに、俺に任せろ」

「……は?」


 戒斗は後に知る事であるが、それは強制イベントという言葉が相応しかった。

 そこから先は、まるで計画されていたかのようにスムーズに進んだ。

 ――そう。

 戒斗の意思など、まったく考慮されずに親睦会が開催されたのである。

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