翌日
「……あれ、ここは?」
沙夜が目を覚ますと、視界には白い天井だけが映り込んでいた。
その光景の異様さに思わず身体を動かそうとして、今の自分はベッドで横たわっている状況だと自覚する。
ソレを認識したと同時に、沙夜は優衣を助けたあとの事を思い出した。
「そういえば、力尽きて倒れたんだっけ」
どうりで身体が鉛が詰まったように重い訳だ、と腹に力を込めながら起き上がる。
キョロキョロと周囲に視界を巡らせて、ここが優衣が寝ていた医務室と同じなのだと理解した。
ただ、自分を除いて誰もいないという事には不満が残る。
「そもそもアレから、何時間すぎたのかしら? とりあえず一日は過ぎていることは確かだけれど」
確認するように窓を見れば、明るい日差しと雀の鳴き声がセットになって今が朝だと伝えている。
「……とりあえず、まずは状況確認かしら」
決して体調が良好とは言えないが、動く分には問題ない。
五体満足であることに感謝しながら、沙夜は部屋を出ることにした。
浮いたようにフラつく足で、ガラガラとドアをスライドさせる。
――その先で。
「あぁ、自分で起きたッスか。モーニングコールする予定が省けました」
酷く冷めた顔をした愛香が、腕を後ろに組みながら待ち構えていた。
予期せぬ人物に対し、沙夜は反射的に身体を硬直させる。
「いやいや、戦いは終わったので。もう警戒しなくて良いッスよ」
「……不機嫌そうな顔でそんなことを言われても納得しないわよ」
「寝込みを襲っていない時点で理解して欲しいッス。まぁ、コレを渡せば全て解決すると聞きました。自分もそう思っているので、あげます」
愛香は仕方なさそうに、隠すようにして持っていたモノを沙夜の前に晒す。
それは青空を閉じ込めたような石が繋がれた、三つの装飾品だった。
「これって、参加資格? まさか、全て手に入れたの?」
「そうッスよ。Aクラスからの預かり物ッス。優勝、おめでとうございます」
感情の籠もっていない拍手をした後、愛香はペンダントを沙夜の手に握らせると用は済んだとばかりに背中を向ける。
「じゃあ自分、これで失礼するッス。これでも忙しい身なので」
「……待って。なんで、戒斗くん達じゃなくて貴方が此処に来たの?」
沙夜が当然もつべき疑問に対し、愛香は面倒くさそうに足を止めた。
ただ振り向かず、顔を見せないまま静かに語る。
「……自分、対価の能力を使用しすぎた性で、割に合わない事をたくさん実行しなきゃ困るッスよ。ほら、クレジットカードってあるでしょ。先にカードで支払った分、あとで口座から天引きされるアレ。まぁ、これもその一環て訳です」
「は、何を言ってるの?」
「だから今の自分は支払いきれないくらい、能力の負債を背負ってるって事です。こんな伝言役でも元本が減るから、仕方なくしてるだけ。まったく、誰のせいでそうなったと思っているッスか」
「良く分からないけど、それは貴方の事情でしょう? 私には関係ないことだわ」
冷たく言い放つ沙夜に対し、愛香は後ろ姿のまま溜息を吐いた。
沙夜が言った言葉は、そっくりそのまま当人にも突き刺さるブーメランなのだ。
自分には関係ないことだと言って、そのまま去っても良い。
だが愛香はソレを指摘しないまま、あえて答えることにした。
なにしろ愛香が抱える能力の負債は、人の為に使ったモノだ。
だからこそ、人の為になる行動で返さなければならない。
愛香の持つ『対価』とはそういうモノだった。
「……戒斗くん達が来ないのは、来れないからッスよ。Aクラスの人間は例外なく負傷した訳ですし、むしろ貴方が一番の健康体ですよ?」
「そう。つまり私こそが、みんなのお見舞いをするべきって事ね?」
「……さぁ。それは会ってからのお楽しみってヤツじゃないッスか」
そう言って愛香はヒラヒラと右手を揺らすと、再び進行を開始した。
どうやら、これ以上の付き合いは拒否すると言う事らしい。
しかし沙夜としても未練は無かった。
元々、自分の足で三人を探す予定だったのだ。
「……さて。まずは誰に会いに行こうかしら」
ついでに優勝祝いの事を考えながら、沙夜は愛香とは反対方向へと歩き出す。
愛香に自分が最も怪我が少ないと言われても、沙夜は動揺すること無く明るい未来を信じて疑わない。
なにしろ、確信があるのだ。
「容態が回復したら『四人で、またパーティーを開きましょう』」
この言葉は必ず叶う。
ソレを知っているから、沙夜に不安は無いのだ。
◇
「はぁ、あの迷いの無さは羨ましい限りッス」
沙夜に気付かれないよう静かに振り返って、愛香は嘆息する。
何の躊躇も無く日の差す方へ向かう沙夜を見て、愛香は眩しそうに目を細めた。
……そして思い出すのは、数時間前のことだ。
とあることを実行しようか、愛香は何度も悩んで止めようと足掻いていた。
「……今更ながらアレは、割に合わないまさに貧乏くじでした。本気で釣り合いが取れなさすぎて、今後一生あんな真似はしないと心に決めたッスよ」
ソレと比較すると沙夜の幸せそうな顔と真っ直ぐさは、自分の器量との差を見せつけられたようで、勝手ながら悔しい思いに駆られてしまう。
「……まぁ、この先の展望があるのは自分の方ッスけど」
独り言に笑みを浮かべながら、愛香は将来について考える。
現在の彼女は、対価によって不幸の類いを背負っているのは間違いない。
だがそれは、あくまでも今に限った話。
先払いした成果は、きっと未来で報いてくれると知っている。
「……楽しみです。だって命の恩人って、最高の貸しッスからね」
愛香はにんまりと意地悪そうな顔を作ると、沙夜を真似るように踏み出した。
二人とも向かう方向、到着する場所は正反対ではある。
ただ、その目的だけは二人とも同じだった。
「……さて、と。自分も馬鹿二人の見舞いに行くッスよ」
――つまり、仲間の下である。