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一対一

――それは、わりと呆気ない幕引きであった。


「は、はぁ、はぁぁ、は。はぁ、はっ」


 戒斗は砂漠で水を求めるよりも貪欲に、激しく酸素を喰らい続ける。

 その身体は半死半生。

 一見すると無傷の状態であるが、顔色は死人のように青白い。


「身体の傷が癒えても、血液が足りなくなったッスね。寿命で補えるのは、致命傷だけなので。不山君の攻撃を何度も受ければ、こうなるのは目に見えていたですよ」


 そう語る愛香は雷を鞭のように伸ばすと、縄の如く戒斗の身体を縛り上げた。

 途端、高熱のエネルギーが服を焦がしながら戒斗の全身を麻痺させる。


「がッ」

「……雷撃の耐性も無くなっている。戒斗くん、とうとう属性能力の枯渇ッスね」


 いかに最強とて、その力を湯水の如く利用できるわけではない。

 むしろ、最強であるが故に他の属性能力よりも消費が激しい。

 ましてや全力で挑めば、その力を維持するのは五分が限界だった。

 ……だがそれは、あくまでも敗北理由の一つでしかない。

 戒斗が窮地に立たされた最大の要因。ソレを、不山が不満そうに語る。


「物足りなかったぞ、吼城。あれほど全力だと言いつつ、三人分ほど足りない。何故、『拘束』や『移動』、『言葉』の能力を利用しない? その三つを凌駕していたのなら、貴様の結果は変わっていたかも判らんぞ」


 ――そう。

 学年序列の最高峰である三つの属性能力を、戒斗は一切使うこと無く戦い続けた。

 もし一つでも使用していたのなら、結果は逆転していたに違いない。

 ……とはいえ。それはあくまで使用できていたら、の話だが。


「まぁ、おおよその見当は付く。その最強、お前が敵と認識した相手でなければ、効果は適用されない。違うか?」


 不山の問い掛けに戒斗は答えられない。

 しかし、奇跡的な察しの良さを発揮した的場によって、正解は紡がれた。


「は? もしかしてコイツは相手をキチンと敵だと認識しないと、まともに戦えないって事かよ?」

「……おそらくな。害の無いと判断した者や仲間意識を持った相手に、吼城の効果範囲は適用されない。そう考えれば、学園側が敵対しろと言っていた理由が見えてくる」

「うわ、酷い話。先生方はいったい、どっちの味方だったッスかねぇ」

「別にどっちでも良いだろ、この際。傑作なのは、ここにきて吼城の仲間意識が足を引っ張っているって事だ。随分と気の利いた皮肉だよな?」


 機嫌良さそうに的場はパチンと指を鳴らす。

 身動きの取れない戒斗の周囲に、円陣を組むような炎が出現した。


「リベンジってヤツだ、トドメは僕がやる。良いよな、不山?」

「好きにしろ。元々、こんな雑魚と戦う気などオレには無かった。学園側も決着さえ付けば誰が倒そうが構わんだろう」

「なら、遠慮無く」


 その言葉の直後、戒斗を囲っていた炎のサークルが内側へと収縮した。

 二メートルを超える炎の壁が、吸い寄せられるように戒斗へと押し迫る。

 本来であれば何の脅威も無い攻撃も、属性能力が尽きた今では絶命必至だ。

 しかし抵抗しようにも、満身創痍の身体は岩石のように動かない。


「…………」


 三秒後に訪れる熱波の来襲を、戒斗は黙って見つめる。

 と同時に戒斗は死の間際、走馬燈を体感していた。

 思い出すのは、自分が犯罪者となった夜のこと。

 ……それは後悔では無く、過去の郷愁から。

 あの時と同様、今夜は満月。

 ビルではなく本物の林の中で、少年ではなく戒斗が息絶えるのだ。

 ……ただ一つ、少年とは違い戒斗には救いが来ない。

 とはいえソレも仕方ない。

 何故なら最強は、孤独だからだ。

 今まで誰にも助けて貰えなかった少年にとって、それは真実なのだ。

 だが、しかし。


「――待たせたな、戒斗」


 戒斗にとっての真実は、その一言によって塗り替えられた。

 声の主は遙か彼方、上空。

 まるで月の中から転がるように、一点の暗黒が地上へと落下する。

 ソレを見て、的場は痙攣するように声を震わせて叫んだ。


「またか、また邪魔する気か、伊達えッ」


 怒りで我を忘れた的場は、戒斗に向けていた炎を上へと放つ。

 しかし炎はあっさり闇の中へと飲まれたきり。

 卵のような影は、何事も無かったかのようにストン、と戒斗の前に着陸した。

 ――それは、何重もの帯を巻いたかのような代物だった。

 接地すると同時、包装されたリボンよりも軽く影はシュルシュルと解けていく。

 ……現れたのは。


「止めるなよ。今度こそ、加勢するって決めていたんだ」


 松葉杖で何とか足を支え、顔は生々しい傷が残っている状態の走也だった。


「……走也」 


 ――見た目だけなら、戒斗よりも悲惨。

 だというのに駆けつけてきた仲間に、戒斗の言葉は詰まる。

 その原因が喜びなのか悲しみなのかは、当の本人にも理解できていなかった。

 ただ一つ、明確なのは。


「ありがとう。助かりました」


 荒い息継ぎの中、できるだけ丁寧にそう呟く戒斗に、もう走馬燈は見えない。

 ……今日、この瞬間。

 ただの一度も救われなかった少年は、生まれて初めて助けられたのだ。

 ――一方、そんな光景を見せつけられて憤慨する者が居た。


「はん。助かった? ふざけるなよ、状況を考えてから物を言えよ、吼城ッ」


 的場は噛み付くような激しい物言いで、今度こそ炎を戒斗にぶつけた。

 しかし、今となっては何もかも遅すぎる。


「安心しろ、お前の相手は俺がしてやる」


 走也から伸びた影が炎を飲み込む。

 もはや何度も繰り返された展開だが今回に限れば、それどころではない。

 夜の山という場所において、走也が扱える影は空間そのものと言って良い。

 四方八方、ありとあらゆる方向の瞬間移動さえ可能とする。

 ――たとえば、蝋燭の火を吹き消したように。

 的場の視界から、走也の姿が消失した。


「な、に? 消えただと?」


戸惑う的場は周囲を見渡すが、そこに居るのは愛香と不山、戒斗だけだ。

 この結果だけを考えれば、逃走されたという他ない。

 だが。


「たわけ、目的の相手は貴様の後ろだ」

「え?」


 不機嫌そうな不山の声に、的場は背中を振り向く。

 ――瞬間。


「……悪いな、手加減できくて」


 自分の行為を謝罪する走也は、影から出現させた角材で思い切り、的場の頭部を打ち付けた。


「――――」


 霧吹きのような血が空中に舞う。

 意識を失った的場は勢いの無くなったコマのように、グラリと回転しながら走也に体重を預ける形で倒れ込んだ。

 そこに、鎌よりも鋭い風が舞い込む。


「ぐっ」


 槍に突き刺されたような痛みに、走也は歯を食いしばる。

 無色の弾丸と言っても良いソレは、走也と肩を貫くと威力を損なわないまま森の中へと消えた。


「的場っちから離れてください。次は仕留めるので」


 愛香はダーツを投げるような軽口で、血に染まる走也へ第二撃を放つ。

 影を使って避けるように的場から離れつつ、走也は愛香に悪態を吐いた。


「一応、そんなヤツでも味方だろう。無防備な状態で急所に当たったらどうするッ」

「平気ッスよ。もはや味方じゃなくて、生きてる荷物なので」


 そう言いつつ、愛香は死んだように眠る的場の両肩を掴むとズルズル引き摺りながら不山の近くまで寄せる。

 結果として走也と戒斗、不山と愛香達の距離は遠のいた。


「……ふぅ。あの状況から、二対二に持ち込まれるなんて誤算にも程があるッスよ」

「なんだ、お前の能力で的場を回復しないのか?」

「間抜けにも程があるヤツを復活させても『対価』に合わないッス。むしろ、損ッ」


 思い通りに行かないストレスを地面を蹴ることで解消しながら、愛香はクルクルと『風針と雷針』を回す。

 出現したのは、たった三つの雷球。

 戒斗を追い詰める代わりに、愛香も再び属性能力が尽き始めているのだ。


「この通り、もう無駄撃ちできないッスよ」

「『対価』で回復すれば良いだろう?」

「だから釣り合わないッス。的場っちには、このまま寝て貰う方が得策というものだし、三つあれば戒斗くんは倒せるので」

「ふん。損得を語るなら、的場の身体ごと貫いて伊達を狙えば良かっただろうに。もしくは、あのまま的場を見捨てて吼城を倒すべきだった」

「……そりゃ鬼畜ッスねぇ。まぁ、余所見してキョロキョロした隙を突かれて倒されたアホを助けるよりは、マシだったかも」


 自虐的に笑って的場を見る愛香。

 そんな同僚の心に宿る誤解を、不山は今後の対策という意味で愛香に告げた。


「お前の認識は危ういから訂正してやる。確かに、端から見れば滑稽だったがな。だが恐らく、的場には伊達が消えたように見えたのだろう」

「いやいや。高速移動だったッスけど、消えるなんて勘違いはしなかったですよ?」

「人には盲点という死角がある。その隙間へ入り込むように移動しながら、この暗闇という風景に紛れて、あたかも消失したかのように錯覚させた訳だ」

「は? そんな馬鹿な理屈、通るわけ無いッス」

「理屈など気にする事はない、あれはたった一度だけの荒技だ。一人分の視界は誤魔化せても、気配までは消せん。的場はともかく、オレには通じない」


 そう言ってズシン、と大きく一歩踏み出して不山は前進する。

 向かうは、倒した筈の獲物まで。


「だから伊達には手を出すなよ、扇川。あの男はオレの獲物だ。その代わり、吼城はくれてやる。その武器があれば、どうとでもなるだろう」


 その言動には、拒否など認めないという気迫が込められていた。

 心底、嬉しそうな顔で不山は笑う。


「碓氷との取り決めで仕方なく吼城と戦っていたが、やはりつまらん。お前のような自力のある者を倒すからこそ、戦いは楽しいのだ。さぁ、復讐すると言っていたな。かかってこい、リベンジしてみせろ」


 両手を広げて、歓迎するような体勢で走也の前に立つ不山。

 目の前の相手が包帯だらけの怪我人で、勝負は一瞬で決着が付くと判っていながらの臨戦状態だった。

 ……そんな不山に対し、走也は静かに首を横に振る。


「加勢っていっても、さっきの一度きりなんだよ。残念ながら、お前の相手はしないって決めてるんだ」

「なんだと?」


 信じられないという驚愕で、不山は目を見開く。

 『復讐』という言葉を使い、憎悪を向けていた走也が、まるで憑き物が落ちたように穏やかに語る。


「言堂から聞いたんだよ。戒斗がお前を『敵として倒す』と言っていたってな。なら、俺はソレを信じるさ」


 走也がチラリと横目で見る先は、ボロボロな状態の戒斗だ。

 とても頼りになるとは言えない姿だというのに、走也は信頼と自信に満ちた顔で戒斗を眺めている。

 ソレが我慢ならなかったのだろう。

 不山は憤怒の顔で、走也の襟首を締め上げた。


「馬鹿が。もはや敗北し、満身創痍の相手が勝利できるはずも無い。だったら、せめて伊達が加勢して二対一にしろ。それならば勝機は出来るだろう」

「いいや、一対一の真剣勝負だ。それが正々堂々とした勝負なら、手は出さないさ」


 かつて投げやりに出された言葉が、今度こそ戒斗の心に突き刺さる。

 守ると決めていた相手に守られ、信用が足りなかった相手から信頼される。


「……ありがたい」


 その気持ちだけを糧に、戒斗は再び戦うことを決めた。

 風が吹けば倒れそうな姿勢は、既に無い。


「……また扇川の『対価』でも使ったのか?」


そんな疑問を口にした不山であったが、すぐさま自らの答えを否定する。

 戒斗の顔色は青白いまま変わらない。

 つまり目の前の相手は、単純に死力を尽くして立ち向かってきているだけなのだ。

 両者の距離は短い。

 だからこそ、勝敗など一秒もかからない。

 しかし。


「扇川、今すぐ雷撃で吼城を仕留めろ」


 不山にとっては、戒斗はどこまでも戦う価値の無い相手なのだ。

 その冷たく突き放された言葉に、愛香も同意する。


「友情パワーで復活とか、一撃で粉砕ッスよ」


 残していた余力を総動員させて、雷球の数を三つから五つに引き上げる。

 そもそも戒斗は、さきほどまで虫の息だったのだ。

 雷撃を防げたとしても一撃が精々で、残りの攻撃など防げないという確信もある。

 それでも愛香は、慢心などしない。


「さらに自分の一ヶ月分の寿命、『対価』で支払うッス」


 ――そして産まれた雷球の数は、優に二百を超えた。

 もはや局地的な昼間と化した林の中、満を持して愛香は戒斗の無防備な背中へと攻撃を放つ。

 その、三秒前。 


「――残念。ソレは阻止する」


 平坦で静かな声が、愛香の行動を止めた。

 否、まるで縛り上げられたかのように愛香の身体は硬直したのだ。


「……『拘束』ッ」


 相手の正体に気付いた愛香は周囲に視線を張り巡らせるが、目的の人物の姿は何処にも無い。

 ……今となっては振り向けない、背中を除いて。


「沙夜の『言葉』で、戦線復帰できた。当の本人は、完全に能力が尽きて寝てるから置いてきたけれど」


 ガサリ、という茂みを分ける音と共に、愛香の後方から優衣が顔を出す。

 無論、健康体という訳では無い。

 薄着の病人服を来た身体は至る所で白い包帯が巻かれ、両腕は血が滲んでいる。

 本来であれば、まだベッドで安静にすべき容態だ。

 それでも優衣の目は、この場に居る他の誰よりも力強い。


「……制限時間は五分間。それまでに不山を倒して」


 走也同様、一対一の決着を望む言葉。

 その声援を受けながら、主人公は再び不山の前に辿り着いた。


「愚かな。本気で一対一だと? 貴様の強さで、オレと対等な戦いが出来ると?」


走也の首元から手を放し、不山は目の前の『敵』に身体を向ける。

 両者の間は、三十センチにも満たない。

拳が交われば、たったそれだけで全てが終わるほどの距離。

 そこで戒斗は人生に悔いの無いとばかりの満足そうな顔で、笑う。


「当たり前です。俺は、最強ですから」

「ぬかせ、雑魚が」


 風を切る音と共に。

 両者の拳は、互いの身体にぶつかり合った。

そろそろ終わりです

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