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最強が勝つとは限らない

「――そもそも今後のクラスと自分の為に、不山くんにはケジメを付けて欲しいから来たわけですし。戒斗くんと殺し合いされては困るッスよ」

「……では俺が彼を殺さないと言ったら、邪魔をしないんですか?」

「いえいえ。戒斗くんの強さのネタも割れましたし、この状況なら戒斗くんを倒せそうなので、学園での自分の評価を上げる為に全力を出すッス」


 愛香は指先でクルクルと『風針と雷針』を回しながら、散歩のような気軽さで不山と的場の側へと合流する。


「……おい。なんで挟撃する形を崩すんだよ。倒すチャンスを捨てる気か」

「馬鹿ッスねぇ、的場っち。そりゃ不山くんを護衛する為ですよ。戒斗くんを倒したい気持ちはあっても優先度はコッチが上なので。戒斗くんが見逃してくれるなら、このまま帰っても良いくらいですし?」


 そんな割り切った考え方をしている愛香だが、その属性能力は霧のように不透明だ。

 一応の見当は付けているものの、未だ確信を得られないのは厄介だった。

 ……だが、それは残りの二人にも同じ事が言えた。

 土壇場で才能が成長し続ける的場に、能力を完全に発揮していないまま底が見えない不山。

 もはや『最強』というネタが割れた以上、この状況は単独で挑むには困難だと本能が告げている。

 ……せめて挑むなら、一今だけは見逃して仲間という戦力を整えてからでも遅くはないのではないか、という思考が何度も脳裏を掠める。

 しかし戒斗は、ソレを否定すると同時に腕から滴る出血を振り払った。


「もちろん逃がしません。最悪、三人とも生きて帰れると思わないでください」


 いくら直感が逃げろと警告したところで、覚悟はとっくに決まっていた。

 全ての決着は自分で付けるつもりで、戒斗はココに立っているのだ。 


「ふん。さっきから随分と過激じゃないか。あれだけハザード・チルドレンを助けたいとか言ってた癖に、不山は殺したいのか。とんだ偽善者め」

「ういうい。自分としても、優等生的な態度だった戒斗くんが殺すとか言うのに違和感あるッスねぇ」

「……今更ですね。俺は首都の防衛を任されていた選抜部隊の出身です。倒した能力犯罪者など、両手では数え切れませんし、敵対する人間を処分するのに何の抵抗もない」


 そう言って戒斗は有言実行を示すように、敵への侵攻を加速させた。

 稲妻のような速さを得た足が、まずは愛香へと飛ぶ。


「へ?」


 戒斗の拳が目前に来たという光景に、愛香の目が点となる。

 まさか自分に、という驚きではない。

 もう属性能力は発揮していない筈なのに、目にも留まらぬ速さで迫った戒斗の不可解さに声を上げたのだ。

 ゆえに、愛香は敗北する。

 一瞬だけあった存命のチャンスは既に消え、戒斗は反撃する暇など与えない。

 たった一文字の遺言を残し、トマトが弾けるように愛香の頭は吹き飛ぶ。

 ――という未来は、愛香が単独で戦っていればの話。


「させるかよッ」


 炎の蛇が、戒斗と愛香の僅かな隙間を縫うように顕現する。

 走也との戦闘で疲弊し、本来の勢いからすればミミズと馬鹿にしたくなるような細い熱だが、それは明確な境界線だった。

 ……仲間を救った生死の分かれ目、それが出来ただけ上等だと的場は笑う。


「的が外れたな、吼城ッ」


 的場は心底嬉しそうに叫びながら、鞭のように撓らせた炎を戒斗にぶつける。

 それを戒斗は煩わしそうに片手で撥ね除けた。

 ――戒斗の持つ『最強』の効果は、相手の属性能力を上回るという形で発揮する。

 その結果は、炎に触れたところで火傷さえしない。

 しかし的場は構うこと無く、録画された動画が何度も再生されるように、同じ事を繰り返し続けた。


「……目障りですね」


 苛立たしそうに呟いて、しかし戒斗は前進できずにいる。

 太陽の落ちかけた森の中では、小さな炎は最大級の光源だ。

 暗闇の中、ライトを向けられるよりも眩しい輝きは戒斗の目を遮る。


「予定では、貴方は最後だったんですが」


 しかして戒斗は計画が狂うことよりも、的場の排除を優先した。

 当たり前のように炎を打ち消し、的場の懐に踏み込む。

 ――その刹那。

 戒斗の死角から棍棒の如き豪腕が、獲物の身体を掴もうと飛び出した。


「――――」


 戒斗は呼吸さえ放棄して、回避運動に全力を注ぐ。


「ほう、逃げるか」


 感心と侮蔑が混じった不山の声が、不愉快な雑音として戒斗の耳に入る。

 ……当然、不山の存在は想定していた。

 属性攻撃であろうと、ただの力業であろうと耐える自信はあった。

 だというのに、思わず後退したくなるほどの不安が過ぎったのだ。

 きっと、不山だけならば避ける必要は無かったのに。


「ういうい。やっぱり簡単にはやられてくれないッスね、戒斗くん。けれどまぁ、これで自分たちは有利になったので」


 その声の方向を睨み付ければ、愛香が『風針と雷針』を握りしめ、空いた手で不山の肩に触れていた。

 ……その光景は、戒斗にしてみれば悪夢のようなものだった。

 不山の傷が消えて、愛香の周囲に雷球が三つ出現する。

 それがどういう理屈かは知らないが、両者が損なわれた状態から回復しているのは明らかだった。


「なるほど。貴方は不山の護衛の為に、挟撃を捨てたんじゃない。その属性能力を発揮する為、不山に近付く必要があったんですね」

「……それが豊富な経験からくる推測ってやつッスか? 怖いなぁ。まぁ、誤魔化せないなら認める方が早いかな? はい、そうですって」


クスリと悪戯めいた笑いを添えて、愛香は生み出した雷撃を戒斗に放った。

 避けるまでもなく、戒斗の身体に触れるだけで静電気よりも無害に四散する。


「隙ありッ」


 そんなものは無かったが、勝機を得たと勘違いする的場は再び炎をぶつける。

 カメラのフラッシュのような閃光であっても、戒斗は熱を感じない。

 だが一瞬だけ奪われた視力は、不山の接近を許してしまう。


「二度目の失敗はない」


 その言葉通り、懐に飛び込んできた不山の拳は避けられず、弓矢よりも鋭く戒斗の胸に当たった。


「ぐっ」


 ミシリ、と。

 ベニヤ板が軋むような音が、戒斗の肋骨付近で鳴る。

 属性能力が発揮されていない、純粋な衝撃は戒斗の身体をいとも簡単に吹っ飛ばす。


「思ったよりは頑丈だ。能力に頼らず、身体を鍛えていたか」


 攻撃をヒットさせた事に何の感傷も抱かず、不山は冷静に相手の戦力を分析する。

 そう、分析だ。

 大した相手ではないと断じているが、それでも一度は血を吐いた。

 その不手際を今後の教訓とする為、不山はあえて戒斗を計っている。


「なんて屈辱でしょうか。生まれて初めて、こんな形で手加減されるなんて」


 肉体と精神から同時に来るダメージに耐えながら、戒斗は身体を起こす。

 ……さすがに膝を突く羽目になったが、それでも背中から地面に倒れなかったのは生来からある運動神経の良さだろう。

 ――だがそんなもの、己の失態を挽回するには塵ほどの価値も無い。


「……情けない。この程度の障害を排除できずして、なにが『最強』か」


 沸き上がる己に対しての憤怒を糧に、戒斗は眼前の敵からの攻撃に備える。

 ソレを見て、心底退屈だという顔で不山は溜息を吐いた。


「やはり、つまらん男だ。能力の話ではない、腐った性根が気に食わん」

「なに?」

「手加減というなら貴様も同様だ、吼城。殺すだの倒すだの言っているが何故、自分がそうなる側だと自覚しない? この状況を脅威とも感じず、当たり前のように勝利できると錯覚している分際で、よくも正義面が出来たものだ」


 不愉快そうに語る不山は、まるで戦車のような威圧感を伴って戒斗に接近する。

 鈍重そうな身体からは想像も付かないほど、その機動力は速かった。


「仲間を傷付けられたから、俺を倒すのは正当な行為だと嘯くつもりか? 笑わせる、自己中心的な偽善に過ぎん理屈を俺に押し付けるな」


 まさに鉄拳と言うべき鋼の威力が、砲弾の如き勢いで戒斗を襲う。

 戒斗に逃げる、と言う選択肢は無い。

 避けた瞬間、援護するように的場と愛香が邪魔してくることは明白だった。

 何より。


「先程とは違う、今度は属性効果付きだ」


 その言葉は戒斗にとって、勝利確定の合図のようなモノだった。

 相手の属性能力を上回る効果を発揮する戒斗の特性上、負けるはずもない。


「――不山。その傲慢さが、貴方の敗北理由だ」


 先程と同じ迎合。

 回避不可能の攻撃に、戒斗は合わせ鏡のように拳をぶつける。

 その瞬間。

 戒斗の右腕は、鉄壁に激突したかのように変形しながら壊れた。


「……馬鹿な」


 激痛を訴える身体状態を忘れたように、戒斗は呆然と呟く。

 両者の属性能力は、確かに発揮されていた。

 なのに不山は無傷で、戒斗の腕だけが交通事故に合ったようなミンチになっている。

 その原因を、不山は不出来な子供を叱るように説明する。


「……傲慢なのは貴様だ、吼城。俺を倒す事ばかり優先して、俺の能力をキチンと理解していなかっただろう。精々、身体能力が戦闘に特化している程度にしか考えていなかった筈だ」


 図星だった。

 だが、それ自体は傲慢と言える話ではない。


「戯言だ。特殊な能力があるというなら、走也達との戦闘で使用している筈です」


 そう。

走也と優衣にあれほどの手傷を負わせた攻撃が、手加減の筈はない。

 Aクラス同士が全力を出した戦いならば、自ずと属性能力を出し切っている。


「もしそれが特出した能力であったなら、二人は俺に助言したに決まってる」


 ……しかし。

 そんな戒斗の前提は、他ならぬ不山によって否定された。


「何と言うことはない。あの二人は決して悪い相手ではなかったがな。俺の能力を完全に披露する程ではなかった」

「――――」


 戒斗の呼吸が止まる。

仲間の戦闘能力は、決して弱くない。

 走也に至っては、選抜部隊で活躍しても不思議ではない強さだ。

 ハッキリ言って戒斗でさえ、二人を敵に回せば無事では済まないと自覚していた。

 そんな相手を打倒しておきながら、不山は余力を残していたと口にする。


「嘘だ」


 否定する声は吹き抜ける風よりも脆弱だ。

 自分の発した言葉より、震える身体の方が戒斗の心を雄弁に語る。


「ようやく、か。自分が負けるという想像は出来てきたようだな」


 戒斗の表情を見て、不山は飢えた獣が食料を見つけたような歓喜を以て歓迎する。

 狩人を気取っていた獲物が、やっと自分の立場を自覚した事を満足そうに笑う。


「最強という属性能力に頼って出来た自信が、崩れた気分はどうだ?」


 応えは無い。

 ただ、戒斗の足は無意識に後退していた。

 ソレを見て、不山は狙いを定めた肉食獣のように戒斗へ駆けた。


「オレの属性能力は『戦闘』だが、その範囲は『戦闘における肉体の強化と戦闘相手に致命傷を与えること』だ。その効果の程、その身に刻むと良い」


 握り拳が、まるで猛獣の牙のような鋭さを含んで獲物の顔面へと向かう。

 それを、戒斗は無防備な状態で受けた。

 ――結果。バシャリ、と。

 アスファルトに水を撒いたような音を立てながら、血の花が咲いた。

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