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逆転勝負

 ――本校舎裏側に位置する、整備されていない雑木林。

 オレンジ色の空から、黒蜜を垂らしたような影が地面に溢れている中、そこだけ夕陽の絨毯が敷かれたように視界の広い空間があった。

 ……そこで不山は、地蔵のように目を瞑って直立不動のまま沈黙していた。

 だが、ソレも終わる。


「来たか」


 気配を感じて目を開ける不山の視線の先には、コチラを真っ直ぐ見据える戒斗と複雑そうな顔をした的場と愛香の姿があった。


「……ようやく見つけましたよ」


 戒斗は極寒の冬山で、避難小屋を見つけたような掠れた声で静かに歓喜する。

 その安堵した様子はそのまま倒れそうな程に、弱くて儚いモノだった。

 …………否。

 実際、その優しい笑みは雪崩のように流れ落ちた。


「――じゃあ、死んでください」


 ロボットのような無表情での宣言。

 足元に起爆剤を仕込んでいたかのような跳躍力で、戒斗は不山との距離を詰めた。

 戒斗の握り拳は、すでに不山の胸元にまで迫っている。

 二秒とも満たないその速さは、隣に居た愛香と的場に、止めるどころか驚く暇さえ与えなかった。

 ゆえに弓矢のような戒斗の一撃は、不山の心臓付近へ容易く当たる。

 ――だが、それだけだった。

 確かに攻撃は当たった。

 しかし不山は城壁のような堅牢さで、動じぬまま戒斗の拳を受け止めたのだ。


「ちょ、何いきなり仕掛けてるッスかッ」


 我に返った愛香が抗議するが、戒斗と不山は両者共に聞く耳を持たない。

 攻撃した戒斗は呆然と、胸元で受け止める不山は彫刻のように止まっていた。


「……最強が聞いて呆れる。この程度の威力で、強者のように振る舞っていたのか」


 逆光による黒い顔から表情は見えないが、怒気だけは明確に理解できる。

 戦闘狂である不山にとって、争いにならない雑魚の相手ほど苦痛なものは無い。

 そう言う意味において、不山にとって戒斗は眼中にないほどの存在だった。


「貴様には、これで充分だ」


 不山の右腕が宙に上がり、鉈を振るうように敵に目掛けて落下する。

 戒斗の一撃が弓矢であるならば、それは砲弾だ。


「くッ」


 肉と骨がぶつかる音で、大気が揺れた。

 戒斗は咄嗟に身体を捻り、腕を盾にして直撃を防いだが、威力を殺しきれずに左方へと吹っ飛ばされる。

 ソレは、致命的な隙に他ならない。

 追撃されれば、間違いなく戒斗の敗北は決まる。

 ……しかし。


「最強とは、随分と空しいモノだな。比較対象が居なければ強さの基準も出来ない、依存体質者の称号だ」


 そう呟いて、不山は体勢を立て直そうとする戒斗を静かに見つめる。

 獲物を仕留めるチャンスを、不山は路傍の石のようにアッサリと捨てた。


「おい、なんで今の状況でトドメを刺さなかった」


 苦々しい顔をした的場が、ズカズカと不機嫌な足音を立てて不山に抗議する。

 それを騒音だと言わんばかりに迷惑そうな顔で迎えながら、不山は語った。


「……勝とうと思えば、いつでも勝てる。その証拠に俺は一切、能力を使っていない」

「は?」 

「嘘。じゃあ戒斗くんの攻撃を、能力を使わないで生身で受けたッスかッ」


 不山の答えに、的場だけではなく愛香さえ叫び声を上げてしまう。

 属性能力者が能力を使用しないで戦闘をするなど、自殺行為に等しい。

 いかに身体を鍛えている不山であっても、能力を発揮しなければ的場にさえ傷一つ付けることなく敗北するだろう。

 だが、そんな常識こそを不山は嘲笑った。


「むしろ属性能力を使用していたら、俺の心臓は破裂していただろう。対能力者専門とはよく言ったものだ。しかし種を明かせば、何と言うことはない。吼城の『最強』という属性は、相手が能力を発動した時のみ、効果を発揮するのだ」

「「なっ」」


 驚愕する愛香と的場の声が重なる。

それは呼吸をするように能力を使う属性使いにとっての、盲点だった。


「……冗談は止せって言いたいところだが。実践してそれを証明されたら、否定しようがないか」

「そうッスね。けれど何より、取り柄が筋肉だけだと思っていた不山くんが、そんな可能性を視野に入れていた方が凄いッス。それとも、戒斗くんの過去を知る碓氷先生にでも聞いていたです?」

「……誰に聞かずとも、戦いは俺の専門分野だ。経験と知識だけなら、吼城の経歴にさえ負ける気は無い。そもそも俺は入学した当初から、吼城が生徒全員を敵に回すメリットを考えていた。一見、刑罰のように思える条件だが実のところ、吼城が有利になる点もあるのではないかと疑念を抱き続けていた。その過程で得た仮説が、こうやって証明されている訳だ」


 巨象のように足跡を大地に残しながら、不山はゆっくりと戒斗へと近付いた。

 件の相手は、すでに構えを作り直して様子を窺っている。

 先程とは違い、安易に攻め込んでこないのは、警戒心以上に実行へと移せない要因があるからだろう。

 そんな敵の動向を以て、不山は己の仮説を笑みを浮かべながら確信するに至った。


「最強という能力は固定ではなく変動するのだ。相手の能力値が高ければ高いほど、ソレを上回る能力を得る。ソレが吼城の最強という力だ」

「――――」


 戒斗は鋭い視線で不山を貫くも、無言を突き通した。

 沈黙が肯定と取られるのは百も承知、しかし虚言を吐いたところで不山は惑わされないことを理解している。

 ……それでも戒斗は、握り拳を岩石のように固くして敵を見据えた。


「愚かな。諦めの悪い者の最後は、何時だって悲惨だ。あの伊達や、破陣のように」


 その言葉は、まさに引き金だった。

 行動の結末がどうであろうと、食らい付かずには要られないくらいに。


「そうか。ならば死ね」


 不山は能力を使用しないまま、彗星のような拳を以てカウンターを狙う。

 ……否。

 両者の身体能力差は歴然で、迎合し合えば一方的な虐殺に陥るのは明白だった。

 つまり、その一撃はカウンターではなく、トドメ。

 ……なるほど、ならば死の宣告は相応しい。

 相手の言葉に笑いながら納得し、戒斗はソレに対抗した。


「お前が死ね」


 交差する拳。されど対等ではなく、致命傷を負うのは一人だけ。

 ――骨が砕け、肉が破裂する。

 その出来事を以て、一撃の比べ合いは決着が付いた。


「がッ」


 まるで悪夢を見たように目を見開き、拳に押し出されて血を吐いたのは、不山。

 それを当たり前の出来事のように平然と眺め、物足りぬとばかりに追撃を為そうとするのは戒斗だった。

 ――しかし、そこに横やりが入る。


「めっちゃ予想が外れてるじゃないッスかッ」


 テストの採点ミスを指摘するような叫びと共に、戒斗へ雷撃を飛ばす。

 それを蜘蛛の巣を払うように片手で弾き飛ばすが、その隙を突いて今度は的場が不山の肩を抱いて後方へと移動した。


「……何の真似ですか?」


 静かな声は、死神の鎌のように鋭く愛香の心に突き刺さる。

 実際の所、返答次第でスッパリと自分の人生と別れることになるだろう。

 そんな嫌な予感を理性で押し込めながら、愛香は人付きの良い笑顔で必死に弁明し始めた。


「いやぁ、これはアレッスよ。条件反射みたいなものでして。仲間を助ける為に無意識が働いたわけです、はい」


 そう言いつつも、隠し持っていた武器は放さない。

 だがお咎めはなかった。

 戒斗にしてみれば、愛香の優先順位はそこまで高くないのだ。


「余り能力も回復してないようですし、今は見逃します。ですが、もう邪魔をしないでください。俺としても、敵を増やしたくないので」


 二度目はないと言外に示して、戒斗は足を進める。

 ソレを聞いて、不山は負傷しているにも係わらず声に出して笑い始めた。


「……はっ。よく言うものだ。貴様、効果範囲を広げたな。的場と扇川の能力を基準にして、自分の強さを変動させたのだろう。なるほど、二人が大して能力を回復していないからこそ、俺はこの程度の傷で済んだのか」

「………………」


 戒斗は黙して語らず、不山へ近付く。

 そんな無言が気に食わないのか、大声を意識した台詞が周囲に響いた。


「やれやれ、敵対関係なんて今更だね。それにボクがどっちの味方をするか何て、決まってるだろう?」

「その意思は尊重しますが、貴方は最初から味方でも敵でもない。どちらにとっても唯の戦力外です」


 それを聞いていた愛香にとってみても、戒斗の言葉は残酷だが真実だった。

 周囲に操作できるモノは無いし、燃料だってない。

 戒斗にしてみれば、的場の挑発など犬の遠吠えよりも無害だろう。

 ――だというのに当の本人は、『仲間を守る』というシチュエーションに熱した蛸のような顔色でテンションを上げていた。


「馬鹿にするなよ、吼城。僕はな、天才なんだよっ」


 本来であれば意味不明な言動をする馬鹿に、救いはない。

 しかし幸か不幸か的場という男は事、才能という部分に限れば本人の言葉通りの天武の才があった。

 ……つまるところ。

 夕闇に飲まれていた森林に、影を暴食する炎の蛇が突如として姿を現したのだ。


「は。ははは、よし、さすがは僕。燃料無しでも発火できるなんて、信じられないじゃないかッ」


 物は試しの精神でやってみたものの、その成功は自分でも予想できなかったらしい。

 プレゼントを貰った子供のようにはしゃぎながらも、的場は柵を張るように炎を戒斗に向ける。

 きっと的場からすれば、形勢逆転という文字でも浮かんでいるのだろう。

 しかし、そんな脅威を見せられたところで戒斗は眉一つ動かさなかった。


「二対一になっただけです。この程度の戦力は想定の範囲内ですよ」


 ――そう。

 むしろ相手の能力に合わせて強さが変動する戒斗からすれば、敵が塩を送ってくるどころか火に油を注いでくれたようなモノだった。

 ましてや戒斗は既に、的場の炎を喰らって無事でいた経験さえある。

 負ける要素など何処にもなかった。

 ……強いて言うなら。


「いやまぁ、三対一ッスけどね」


 そんな軽口と共に、吹き矢のような疾風が戒斗を襲う。

 不意を突かれた形だが、戒斗に油断はなかった。

 ――ただ、万全ではなかっただけ。

 不山に負傷させられた腕で防ごうとした瞬間、耐久性が落ちていたのかナイフで切り付けられたように血液が弾け飛ぶ。


「うん、やっぱり無敵じゃないッスよね。なら、勝ち目はあるかな?」

「……やはり裏切りましたか。面倒な要素が加わったモノです」

「嫌だな、初めから味方になった事は無いですし。戒斗くんも自分を仲間だなんて思ってないッスよね?」


 揺れる天秤のように変わる事態を観察していた愛香は、とうとう賽を投げた。

 ……ソレは同時に、戦況がさらに複雑化して加速する事を意味していた。

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