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正義側の主張

 入学式の動揺を隠せないまま、それでも生徒達は各教室に移動させられた。

 中部全域から集められた彼らに知り合いはなく、クラスメイトの名前さえ把握できないまま適当に席へと着かされる。

 戸惑いとざわめきが残された室内で、担任教師が教壇に上がり口を開いた。


「――さて。いきなりだが君達が操る属性とは何なのかという、じつに初歩中の初歩である講義を始めようか」


 そう言って白衣を身に纏った男性教師は黒板に【属性】という単語を書き記す。

 教師が後ろ姿を見せている間、生徒達は不満を隠そうとはしない。

常識すぎる、小学生じゃないんだよ、と誰かが愚痴った。

 クルリ、と振り返る白衣の教師。

 ぎょっと、する生徒達を前にして彼は、不自然な笑顔を振りまいた。


「基礎を疎かにする者が、強くなれるはずもない。慢心は君達の弱点になるぞ?」


 それは、獰猛な獣が笑みを浮かべる怖さがあった。

 ……少なくとも、大人しく聞こうと生徒達が考える程度の効果だ。


「では改めての説明だ。そも属性とは、人類が共通して持つ特殊能力の俗称だ。生まれながらにして炎を操るものもいれば、透視能力を身に付けるもの居る。つまり千差万別な能力であり、人々は例外なく何らかの属性を備えている訳だが」


 教師は言葉を区切ると、白衣のポケットに手を突っ込んだ。

 何事だ、と生徒達は眉をひそめる。

 そんな中、白衣の教師はポケットの中からミニサイズのペットボトルを取りだすと、その蓋を取った。


「ボクの属性は水が不可欠なんだ」


 タプン、と揺れる水を口に含むのではなく、地面に向けて傾ける。

 ――だが、水は床まで零れ落ちない。

 白衣の教師の胸元くらいの位置で、冷えて固まっていく。

 瞬く間にペットボトルは空になり、その水は野球の球ほどの氷となって宙に浮く。

 ――氷結属性。

 クラス全員が同じ単語を脳裏に浮かべている間、白衣の教師は氷の球を取ると人差し指でシュルルルル、と回転させる戯けをみせた。 


「……氷って良いよね。熱に弱い点さえ無ければ、最強の一角だとボクは思うんだ」


 フフフ、と根暗な笑いを零しながら、白衣の教師は氷の球を指で摘む。

 クイッと引っ張ると、粘土のように氷が細長い剣のような形に変貌した。


「ま、世間では氷使いは雑魚なんだろうけどさ」


 白衣の教師は自虐的に呟き、氷の尖った先をトン、と床に刺した。

 途端、ビキビキという音と共にコンクリートの床が氷のコーティングに覆われる。


「そんな雑魚であっても、ボクの効果範囲は周囲数メートルに及ぶ浸蝕だ。ボクの氷に触れた対象は、凍土に犯される程度の威力はあるのさ」 


 まるで夢でも見ているかのような、幻想的な現象。

 しかし生徒達は歓声を上げるのではなく、ゴクリと息を呑みながら緊張した。

 彼らは、これが紛れもなく現実であると知っている。

 なにより、目の前の相手が相当の実力者であると気付いたのだ。


「ボクのような氷結属性の能力者は、世界に百万は居ると推察されているがね。ほとんどの人間は精々、氷を触っても余り冷たさを感じないという、日常生活に溶け込む能力しか発揮できないんだよね」


 これがいわゆる一般人と呼ばれる能力者達だね、と白衣の教師は呟く。

 ――そう。

 たしかにソレが、この世界における一般人の定義だ。

 周囲に影響を及ぼす才能を持つ者達こそを、属性能力者と呼ぶのだ。

 そして、ここは属性能力と呼ばれる者達の中でも、選定されたエリートしか入ることを許されない中部風紀学園である。

 能力の低い一般人より、能力の高い自分たちの方が偉い。

 この比較論こそが、彼らのプライドを担っていた。

 ――それを馬鹿にするように、白衣の教師は口元を歪める。


「しかし君達を眺めてみると、何とも醜いね。一般人とは違う、能力者としての誇りを持っているという顔ぶれだ。……だが、ねッ」


 ――グッシャ、と氷の剣が握りつぶされた。

 途端、それはガラスよりも脆く粉々に砕け散り、白い霧となって教室に広まる。

 と同時に、教室にあった春の陽気は、まるで真冬のような冷気へと変貌を遂げた。

 無色だった生徒達の呼吸が、途端に白い息へと変わる。


「ハッキリ言って、彼に比べれば君達は一般人と大差ない低能力者だ。多少の個性があっても、吼城 戒斗の最強という地位は崩せない」


 反論はなかった。

 反論など出来なかった。

 心まで冷えてしまったかのように、生徒の表情は恐怖で固まり身体は震えている。

 教え子に危害を加える教師の精神がイカレているから、ではない。

 目の前の相手は間違いなく、最上級の能力者だと理解しているからだ。

 だから逆らえない。

 生徒達は能力の格差を重視するからこそ、弱肉強食の掟に忠実なのである。


「……何より、ここはBクラス。まぁ底辺のCクラスよりはマシだがね。しかし期待値トップの集団であり、吼城 戒斗が居るAクラスではない。そんな君達が果たして本当にエリートだと言えるのだろうか?」


 プライドを揺する言動に対して、生徒達の反論は未だない。

 急速な室内の冷却は、生徒達の思考さえ凍らせる。

 ゆえに、白衣の教師の独擅場は続く。


「だが安心したまえ。君達が二流であっても構わない。ボクが君達を魔王を倒す勇者のような、英雄にしてみせよう。クラスメイトは共に戦う仲間だ。そう、仲間だよ。個人では倒せない相手でも、仲間というシステムを利用すれば、最強でさえ討ち滅ぼすことが出来る。吼城を倒す唯一の方法は個人の才能じゃなくて、連携した集団戦なんだよ」


 マシンガンの如き素早さで出てくる言葉を、正確に理解できた生徒は少なかった。

 ただ、それでも誰かが言った「それは卑怯なんじゃないですか」という質問は多くの生徒達の共感を得た。

 だが、教え子から出た良心の呵責を碓氷は鼻で嗤う。


「いやだなぁ、ここは風紀院という組織を学ぶところだよ? 一般的な警察組織もそうだけど、一人の犯罪者相手でも個人で対処する訳が無い。そもそも学校というのはね、社会勉強するところなんだよ。それはつまり集団生活で、協力して助け合う社会を知ると言うことなのさ。一人で乗り越えられない困難も、みんなで力を合わせれば突破できるよ、きっとね。……まぁ、でも」


 それを集団リンチというのは内緒だよ、という言葉と共に白衣の教師は人差し指を口元に添えた。

 この光景を見た瞬間、良識のある生徒の心は折れ、野心のある生徒は微笑んだ。

 目の前の相手に説得など通じるはずもない、開き直った狂人に理性を求める方が間違いなのだ。

 だが初めから倫理観を捨てている生徒にとっては、この上ない味方でもある。

 目の前に居る白衣の教師は、その結果として戒斗という少年を殺しても、きっと許してくれるに違いない。


「では、改めて自己紹介といこうか。ボクの名前は碓氷(うすい) 涼夏(りょうか)。君達を育てる教師であると同時に、君達を導く賢者のような者さ。さぁ、これから一緒に最強を倒そう。なに、相手は犯罪者だから遠慮する必要は無い。犯罪者は悪、それを倒す手段は全て正義の名の下に正当化されるんだからね」


 ――ニコリ、と笑うその表情は悪人面だ。

 それを理解しながらも、生徒達は担任教師の言葉を受け入れるしかなかった。

 もとより最強を倒せというのが学園からの要望ならば、碓氷に言われずとも彼らは自ずとそうしていただろう。

 ……だからコレは、覚悟を決めるのが早まっただけの話。


「よし、みんな仲良く沈黙だね。それはつまり、肯定と言う事だよ」


 寒さと絶望で、または歓喜と高揚で身体を震わせる生徒達の態度を見て、碓氷は満足そうに頷く。


「さぁ。まずは作戦会議といこうか」


……こうして。

 ヒーローを打倒しようとする黒幕の講義が、幕を開けた。


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