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敗北(前編)

 ――それは、十五分前のことである。

 戦車が砲撃したかのような轟音。

 それと同時に煙管のような白い霧が周囲に溢れ出て、地鳴りのような雑踏が地面を埋め尽くす。

 そうしてBクラスとCクラスの合同部隊、合計四十名は続々と校舎に侵入した。

 目指すは、一年Aクラスの教室がある三階。

 その為に彼らはまず、呼吸のしにくい煙まみれの一階から、すぐさま二階へと進軍を開始した。

 そこで、出会った。

 ……上へと通じる階段の踊り場、見下ろすように佇む、優衣という少女に。


「歓迎。ようこそ、侵略者達。この先へ行けないよう、精一杯に持て成すから覚悟して欲しい」


 ぼそりと零れた物騒な台詞は、その場に居た全員の耳に届いた。

 身体は小さいくせに、そこから放たれるプレッシャーが侵入者の心を縛る。

 ……序列、第四位の実力者。

 ただそこに女の子が居ると言うだけなのに、まるで巨大な岩石が通行止めしているかのように誰一人として階段を上れず、狭いエリアに立ち往生して様子を窺う。

 それは、数の多さによるデメリットが出た結果だ。

 多勢というのは責任能力の分散であり、新入生という立場は戦う覚悟さえ薄ませる。

 単純な話、誰かが貧乏くじを引くのを待っているのだ。

 ……しかし。

 その役割を買って出た人間が出るのに、そこまで時間は掛からなかった。


「大丈夫、相手の属性が『拘束』だっていう情報はあるんだから。右手に触れなければ効果は発動しない、つまり遠距離攻撃すれば勝ち目はあるって事ッ」


 そう言い切って周囲の戦意を引き上げたのは、Cクラス代表、逆埼刀司。

 名が体を表したかのような、男らしい勇ましさのある少女である。

 それに対し、優衣は目を細めて不機嫌そうに呟いた。


「質問。どうして、わたしの能力を知っているの?」

「そりゃ、あんたのところの担任教師が教えてくれたから」


 打てば響くような即答。

 なんの気後れもない態度に、質問した優衣でさえ意外そうな顔をする。


「……納得。あの担任なら有り得る話。味方と思った事はないけれど、あとで文句を言いたい気分。まぁ、その前に」


 そう言葉を句切った優衣は、スッと身体を横に逸らした。

 直後、優衣の居た位置に長さ二メートル以上ある槍が飛来して、その先にある窓ガラスを突き破っていった。

 階下からの攻撃はさらに続く。

 その相手は逆埼で、彼女は左手から生み出した剣を抜き取って、構える。

 武器の生成、それが逆埼 刀司の属性能力だ。


「……うざったい」


 優衣は不機嫌そうに眉をひそめると、右手を前に突き出した。

 ――まるで、何かを掴むように。

 たったそれだけの動作で、四十名の生徒は心臓を止めたように身体を硬直させる。

 しかし階段の高低差がある以上、優衣の手は空を掴むしかない。


「意味がないと、思った?」

「え?」


 唐突な言葉が理解できず、逆埼は当惑する。

 しかし優衣自身は相手の混乱など考慮しないまま、今度は左手を突き出した。


「質問に答えてくれた返礼。包み隠さず、わたしの本気を見せてあげる」


 息を潜めて怯えた目で自分を見る、同級生の面々。

 そんな彼らを、優衣はまるで歓迎するように両手を広げて抱き締める。

 ……その仕草は一見すると、自分自身を抱擁しているに過ぎない。

 ――だが。


「ガハッ」


 突如、逆埼は呼吸困難に陥って武器を落とす。

 まるで見えない誰かに全身を『抱き締められる』ような圧迫感に襲われる。

 そしてその感覚は、彼女のクラスメイトも平等に味わっている苦しみだ。


「……今まで言わなかったけれど。両手を使ったわたしの効果範囲は、視界で認識した対象者を無制限で拘束するの」


 格好はそのままで、優衣は目線を下げて階下の風景を見た。

 視線の先には、優衣にしか見えない紅色の糸がある。

 それは蜘蛛の巣のように張り巡らされており、身動きの取れない彼らは見えない糸によって縛り上げられていた。


「か、身体が石になったみたいに動かない、これが第四位の効果範囲ッ」

「馬鹿なっ。対象に触れもせず、見ただけで拘束が出来るなんて、勝ち目ないじゃないかッ」


 動揺と悲鳴と怒号が交差する。

 そんな混乱する仲間を宥めようと、逆埼は声を張り上げた。


「いや大丈夫だ。情報では拘束の効果は十分間ほど。耐え切れれば、勝機はあるッ」


 ……そう。

 見えない糸は物理的に破壊する事はできなくとも、時間経過で拘束は溶ける。

 ――ただし。


「残念。それは、耐え切れた場合の話だから」


 凍えるような冷たい優衣の声。

 反発を覚えて睨み付ける逆埼だが、すぐさま精神を折るような声が耳に届く。


「……た、たすけ、て」

「え?」


 驚いて意識を周囲に戻す逆埼。

 ……仲間達は、まるで餌を求める金魚のように、空気を求めて必死に喘いでいた。


「なんだ、どうしたッ」

「……い、息が、でき、なくっ」


 頑張って状況を伝えようとしても、その声は続かない。

 顔色は青白く、目尻には涙を浮かべ、その生徒は指先一つ動かせないまま気絶した。


「――拘束。それは行動の自由を奪うこと。わたしの場合、相手の属性能力が低いなら呼吸の権利さえ剥奪する事ができる」

「…………」


 級友の苦悶の表情を見つめたまま、逆埼は呆けたように動かない。

 それを眉一つ変えないまま眺めつつ、優衣は語る。


「可哀想だけど、弱い子から窒息していくことになる。それでも貴方達は拘束が切れるまで耐えられる?」


 ――この惨状と光景に。

 呟かれたその言葉に、逆埼の神経はマグマのような怒りを覚えた。


「卑怯だぞ、この外道めッ」

「一対四十という状況で言う言葉じゃないと思うけど。まぁ無理なら、わたしは降伏することを勧める」

「は?」

「そんなに不思議? 何の為に貴方を喋らせていると思っているの」

「……手加減したって? 負けを認めたら、拘束を解くのか?」

「勿論。わたしのクラスの男子は、お人好しで平和主義だから。あまり人を虐めると、わたしが怒られる。だから、できれば貴方達の積極的な降伏を望む」

「…………」


 その言葉に、嘘はないだろう。

 そうするメリットが優衣にはない。


「一分は待つ。仲間を取るか、勝敗を取るか。その選択は貴方次第」

「わかった、負けを認める」


 逆埼の決断は早かった。

 その迅速ぶりに優衣は感心しながら、逆埼だけ拘束を解除する。


「か、はぁ、はぁ、はぁ」


 突然の自由に身体のバランスを崩しそうになるが、逆埼は呼吸で緊張を解して自分の首元を撫でた。

 ……喋る余裕はあったが、拘束の影響は逆埼の喉にも掛かっていたのだ。

 抵抗を諦めずにいたら、そのまま気絶させられていただろう。


「質問。負けることに抵抗はなかったの?」

「……短くても、一緒に過ごした連中の安全を優先して何が悪い」

「素敵な答え。貴方とは仲良くなれそう」

「嫌だね、絶対に相性が悪いッ」


 逆埼は優衣を睨み付けながら首に下げたペンダントを取ると、上へと放り投げた。

 クルクルと宙を舞う降伏の証。

 だが、それを受け取ったのは優衣ではなく。


「――なに、諦めるのはまだ早い。目の前の敵を潰せば、それで済む話だ」


 何時の間にか、優衣の背後に接近していた不山であった。

 紛れもない、不意打ち、

 その致命的な危機に背筋を凍らせながら、優衣は後方を振り返らず階段を飛び降りて不山と距離を取る。  


「……驚愕。どうやって、三階から。ううん、それよりなんで、動けるの」

「単純な話だ。お前の拘束が発動した後、此処に来た。お前は拘束対象は無制限と言っていたが、それは属性能力の発動前の話だろう。こうやって拘束している間は、対象者を追加できない。……違うか?」

「……違う。たしかに発動した瞬間が一番、効果が強いけれど。属性能力の発動中は対象者が増えても、認識した時点で拘束状態にできる」

「そうか、まぁ構わん。重要なのは、俺がお前を倒せるという事実のみだからな」


 手にしたガラスを上着ポケットに入れながら、不山は狂気に染まった顔で笑う。

 優衣は脂汗を流しながら、このまま戦うか、勝利を諦めるか思い悩む。

 対峙する不山から放たれる威圧と圧迫が、優衣の心を苦しめる。

 目の前で不山に睨まれるくらいなら、猛スピードで向かってくるダンプカーの前方に立つ方が、まだマシだ。


「……非常識。乙女の肌は無闇に触ってはいけないって知らないの?」

「くだらん、考慮に値しない。俺の属性能力は『戦闘』だと扇川に聞いていただろう。俺が優先すべきは、戦いへの勝利だ。必要ならば、女でも容赦しない」


 一歩、不山は迷い無く足を前に出す。

 その瞬間、口元を悔しそうに歪めながら優衣は決断した。


「拘束、解除」


 その言葉と同時、身動きの取れなかった生徒達は一斉に地面へ崩れ落ちた。

 しかしそれは、優衣の戦闘放棄を意味しているのではない。


「これで、全力が出せる」


 鈴のように凛と響く決意の意思は、躊躇わずに階段を上らせた。

 狙うは、右腕。

 だが優衣の小さな手は、不山の身体に触れることなく。


「無駄な抵抗だ」


 あっさりと、しかし万力のような圧力で優衣の右手が掴まれた。

 ロープより太い不山の五本指が、『拘束』の能力者を逆に捉えるという皮肉。

 その失態に、優衣は心の中で自分を叱る。


「……くっ」

「判断が遅かったな。俺を認識した時点で、そうするべきだった」

「放せ、変態。筋肉だるまは趣味じゃない」


 左手は自由だが、右手と同じように防がれるのは明白だった。

 ならば、とばかりに優衣は不山の足元を思いっ切り蹴り上げる。


「泣け」


 当てた先は臑、これを喰らえば豪傑の弁慶さえ敗れたという急所だ。

 優衣の想像では、それで敵の身体は地崩れのように倒れるはずだった。

 ……しかし不山は、まったく揺れない。

 それどころか、犬歯を剥き出しにして獰猛な顔を見せる。


「……必要ならば、女でも容赦はしないと言ったはずだ」

「あ」


 その表情を見て、優衣は初めて不山に恐怖する。

 獲物を追い詰める、飢えた野犬のような笑み。

 鋭い牙で噛み付く代わりに、五本の指が優衣の細腕に強く食い込む。 


「こんな風にな」


 ゴキ、という骨が折れる音が周囲に響く。

それは優衣の攻撃手段が、腕ごと破壊された瞬間だった。

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