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属性武器(前編)

 ――一方。

 自分達の教室で籠城する戒斗は、爆発による揺れを感じながら溜息を吐いた。


「……強行突破ですか。随分と過激ですね」


 呆れた口調で語る戒斗の横で、護衛役として居る沙夜はキョトンと首を傾げる。


「うん、不思議。今の揺れで、そこまで判るものかしら?」

「俺自身、籠城する犯罪者の拠点には何度も侵入した事がありますから。経験からくる感覚で、なんとなく判っちゃうんです」

「ふぅん。じゃあ今頃は、ココを目指してワラワラと押し寄せている最中なのね」


 沙夜は椅子ではなく机の上に座り足をプラプラと揺らしながら、階下にいるであろう相手を探るように床をじっと見る。

 しかしそれに対し戒斗は、少し困ったような様子で呟いた。


「いいえ、もう既に教室まで侵入していますよ?」

「うん?」


 言葉の意味を上手く飲み込めず、沙夜は目を丸くして戒斗を見る。

 しかし二人の視線は合わない。

 戒斗が視線を向ける先は沙夜ではなく、その背後にある窓際だった。


「……そんな場所に、いつまでも留まっていたら攻撃しちゃいますよ。扇川さん」

「ういうい。さすがは元精鋭部隊、気配を察知するスキルでも備えてるッスか?」


 感心したような口調と一緒に、白い手が窓からニュッと姿を現す。

 そのままガシッと窓枠を掴むと、あっという間に自分の身体を引き上げて教室に入り込んで来た。


「じゃーん。御存知の通り、愛香ッスよ。その首、もらいに参りました」


 愛香は前屈み気味な敬礼をしながら、サッサッと箒を掃くような足取りで戒斗と沙夜から距離を取る為、教室の隅に移動した。

 その様子を、沙夜は不機嫌そうに眺めながら口を開く。


「うん、不覚だったな。てっきり、一階から攻めてくると思っていたから。ちょっと悔しいけれど、私だけだったら不意打ちで倒されてた」

「いやぁ自分としても、そのつもりだったッス。苦労して忍び込んだのに、こっちの行動を封殺してきた戒斗くんを恨みたい気分」

「……なにか言いたい気持ちは俺にもあります。貴方が現場に来ることは予想してましたけど、まさか一人で乗り込んでくるとは思いませんでした。俺が言うのも何ですが、もう少し集団戦の利点を考慮するべきかと」

「これでも強襲部隊が来るまで潜む予定だったッス。……ちょっと、その応援が遅いけどねぇ」


 と言いつつも逃げない愛香だが、それはAクラスを二人相手にして真っ当に逃げられる訳も無いと、開き直っているに過ぎない。

 ……それを知ってか知らずか、沙夜は愛香から希望の芽を摘み取るように、真実を口にする。


「うん、それは残念ね。その人達は、二階を守護している優衣が足止めしてくれているのでしょう」

「……うわぁ。だとしたら自分にとっては最悪。全員が戦闘系じゃないとは言え、四十人を足止め出来るとか、いったいどんな能力ッスか。マジで」


 辟易とした顔で呻く愛香とは反対に、沙夜は機嫌良く語る。

 それはパーティーの出席でも決めたかのような、華やかに咲く笑顔だった。


「うん、私も優衣を敵に回した貴方達には同情するわ。でも、これって私達にとっては好都合よね。だって、二対一で倒せるのだし」

「いやいやいや。二人がかりは勘弁して欲しいッス、卑怯ですよ」


 慌てた様子で両手をブンブンと左右に振り、必死に抗議する愛香。

 それを見た沙夜は我慢できなくなったとばかりに机から降りると、腰に手を当てながら愛香を睨み付けた。


「……貴方がそれを言う?」

「もちろん。自分たちは格下だと自覚してるから強敵を倒すのに多勢しても良いけど、そっちは学年トップと次席の実力者ですよね? 立場を考えて欲しいッス」

「呆れた。いったい、どんな戦いを望んでいるのかしら」

「そりゃ正々堂々、一対一の勝負ッス。あぁ、それとも二対一じゃないと自分に勝てる自信が無いのかな?」

「いやに安い挑発ね。悪足掻きとしては最悪の部類だわ。ねぇ、戒斗くん」

「そうですね。けれどまぁ、相手の言い分にも一理あります。なので乗りましょう」

「ちょ、何を言ってるのかしら、戒斗くんッ」


 混乱する沙夜の反応は、じつに正しい。

 まさか提案に乗るとは思わなかったのか、愛香でさえポカンとしていた。

 しかし戒斗は、地蔵のようにまったく動じない精神で持論を語る。


「選抜部隊では攻める側だった性なのか、こうやって守られている状況というのは、どうにも苦手なんです。風紀院に復帰する為にも俺が戦う必要はあるでしょうし、沙耶さんには優衣さんの援護に回って欲しいというのが本音です」

「ういうい。戒斗くんは話のわかる人で嬉しいッス」


 自分にとって都合の良い展開を歓迎しながら、愛香は口元を笑みに変える。

 それとは反比例して、沙夜は悔しそうに唇を歪ませて溜息を吐く。


「はぁ。戒斗くんは『敵役』になる事に拘りすぎてる。しかも、一度そうと決めると頑固よね。その性格、私は心配すると同時に直して欲しいと思うけどな。でも、こうやって文句を言ったところで、その気は変わらないんでしょう?」

「はい」

「……そう。なら『私が先に戦うから、邪魔しないで』」

「え?」


 刹那、臨戦体勢に入っていた戒斗の身体からフッと力が抜けた。

 と同時に、まるで足が溶けたように戒斗は床へと沈む。

 すぐさま立ち上がろうとしても、今度は筋力が麻痺したかのように働かない。

 それはもはや、完全な無力化であった。


「……やってくれましたね、沙耶さん」

「うん、先に言っておくけど謝る気は無いわ。有利な状況を、わざわざ公平にして戦おうなんて精神は私には無いもの。むしろ、これでも譲歩した気分なのよ? 私が負けてもAクラスの敗北には繋がらないもの。最悪の場合、相手を消耗させるだけでも充分だわ」

「……なんで、俺がわざわざ窓を閉めずに誘い込んだと思っているんですか。ハッキリ言って彼女は得体の知れない危うさがあります。俺が対処しなければ、沙耶さんでは」


 という言葉の続きは、沙夜の発言により阻まれた。


「いいえ。『勝ち目ならある』わ。ほら、言えるって事は不可能ではないのよ」


 だから安心して、と言いながら沙夜は愛香に視線を向ける。

 ライオンを思わせる眼力をぶつけられた愛香だが、当の本人は感心するように両手をパチパチと叩く。


「戒斗くんの行動を『言葉』で縛ったッスか。さすがは学年二位。こりゃ凄い、素直に尊敬するッス。これが味方だったら、とても頼もしかったのに」

「褒めて貰えるのは光栄だけど今の『言葉』だけでは精々、十分が限界。あ、それと正当防衛という形でなら、戒斗くんの能力は正常に働くから」

「……ういうい。つまり戒斗くんを狙うのは得策ではない、貴方から最初に倒さなければいけない訳ッスか」

「うん。時間も無いし、優衣の手伝いに行きたいし、速攻で潰すから」


 有言実行とばかりに沙夜はカツカツと音を立てて歩き、愛香との距離を縮める。

 そして歩きながら、懐から一本の短剣を取り出した。

 女子の小さな手にも収まるサイズの上、皮で出来たチャコール柄の鞘がアンティークを思わせるが、刃渡りは十センチを超える立派な凶器である。


「……ここでまさかの刺突武器とか。怖すぎにも程があるッス」

「失礼ね。これは刃先に薬品を塗っただけの、注射みたいなものよ。少し皮膚を切るだけで、後は血流に任せて眠って貰うだけなんだから」

「うわぁ。自分、正真正銘の乙女なのに、こんな形で傷物になりたくないッス」


 ……そう言いつつも愛香は逃げずに、袖の中に隠し持っていた武器を晒す。

 スッとスライドして出てきたのは、スティックのような筒状の鉄器であった。

 鉄器の両端には煙管の吸い口のような穴があり、それを愛香がクルクルと回すと空気と振動で独特の音が木霊する。

 ソレを見た瞬間、沙夜の足は磁石のようにピタリと地面に張り付く。


「……鉄の笛。ねぇ、それってもしかして」


 驚きに目を丸めて何か尋ねようとする沙夜。

 その姿を見て、愛香は格好のタイミングを得たと感じた。


「打ち壊せ、黄泉の門ッ」


 その言葉を合図に、愛香の周囲からバチバチと紫の火花が弾け飛ぶ。

 ――それは雷撃だった。

 走也が受けたソレに比べて数倍の威力を持つ紫色の帯が、沙夜の身体に突き刺さろうと疾走する。

 ……トドメを刺すように愛香へ近付いたことが、沙夜にとっての仇となった。

 その距離は当たれば致命的、という生温さではなく絶命必至の間合いだ。

 文字通り当たれば死ぬ必中の輝きは、一瞬で沙夜の身体に食らい付く寸前まで迫る。

 しかし。


「『砕け散りなさい』」


 パリン、と。

 エネルギーの塊がガラスのように割れた。


「へ?」


呆気に取られる愛香を尻目に、沙夜は顔色一つ変えずに悠然と歩く。

 ただ、その視線だけは愛香ではなく、その手に持っている筒へと移動していた。


「驚いたわ。それ、『風針と雷針』よね?」

「――――」


 愛香は動揺するあまり、手の平に収まっているソレを落としそうになる。

 とっておきの攻撃が防がれたばかりか、その正体まで見破られたのだから堪らない。

 緊張と恐怖でバクバクと心臓の音を高鳴らせている最中、疎外されて寂しそうな戒斗の声が愛香の耳に届く。


「……二人で理解し合ってるところ申し訳ないのですが、いったい何の話をしているのか俺にも教えて貰えませんか?」

「嫌ッス。わざわざ自分の武器の知識を広めるなんて、出来ない相談なので」


 そう言って愛香の口は、紐で結んだようにキュッと締まる。

 しかし回答拒否を示す愛香の代わりに、沙夜が口を開いた。


「戒斗くん。属性道具と、その用途は知ってるわよね?」

「まぁ、一応。属性の『付加』を能力に持つ職人が作り上げる武器や道具は、使用者の属性をソレに付加された属性へと変換することで、擬似的な二重属性を能力者達に与えるとか。俺自身は未経験ですが、選抜部隊にも使用者はいましたね」

「うん、つまりアレは属性道具。使用限度こそあるけど、本来は単一の属性しか持ち得ない能力者の戦闘において、勝敗を左右しかねない破格の兵器。アレはその中でも、専門書に載るくらいの一品なのよ」

「……ういうい、随分と詳しいッスね。おかげで自慢気に説明する気も起きない」

「だって、私は属性道具のコレクターだもの。一つの武器でありながら相性によって『風力』か『雷撃』の二種類に分かれる属性付加武器の匠、篭野正道の名品。まさか、ここで出会えるなんて思いもしなかった」

「……なんか、まるで懐かしい旧友を見つけたかのような声色ッスね」

「うん。正直な話、やる気を削がれちゃったくらいに感動しているの。だって、同じ親から生まれて別れた子供が、こうやって再会したのだもの」

「は? 何を言ってるッスか」


 意味不明な言葉に眉をひそめ、疑問を投げつける愛香。

 沙夜はそれを無視して、言葉を続ける。


「きっと、この子も喜んでいるわ」


 まるで童女のように喜ぶ沙夜は、手にしている短剣を猫を撫でるように優しく触れてから、白い指で鞘を抜く。

 ――途端、短剣の刃先が火炎放射器のような勢いで発火した。

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