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走也VS的場(後編)

「……やった。ようやく勝ったぞ」


 的場は、まるで山頂を制覇した登山家のような溜息を漏らす。

 それはこの上ない達成感によって自然に溢れ出た喜びだ。

 こんな状況で『敗北した』と認識する方が、おかしいに決まっていた。

 的場は愉快そうに肩を揺らしながら、倒れた人影に向かって語る。


「見たか、これが組織の利点って奴だよ。ちょっとした電撃、移動を妨げる拘束具、一時的な分身、透明化。こいつらの能力は伊達よりは弱いけど、こうやって積み重ねれば強敵さえ倒せる立派な脅威になり得るのさッ」


 両手を広げ、沸き上がる喜びを解放する的場。

 そのテンションに影響されて、周囲に居た人間も拍手を交えた歓声を上げた。

 彼らに殺人を犯したという罪悪感など、無い。

 何故なら彼らの目指す風紀院とは、社会の調和を乱す要因を排除する組織なのだ。 

 ……本来であれば、Aクラスという特権階級など真っ先に駆逐すべき制度であり、その利益を受容する輩に同情する余地さえ惜しい。

 ましてや犯罪者に荷担した以上、死んだことさえ自業自得とさえ言える。

 そんなコンプレックスであるAクラスの打倒という快挙は、敗者に対する余裕さえ作ってしまう。


「ちょっと過激に燃やしすぎたね。今なら降参と言えば許してあげるけど?」


 無論、的場も反応を期待したわけではなかった。

 ……だが。


「いや、それを言うのは遠慮しておくわ」

「え?」


 空耳ではない、あまりにも明快な返事が返ってきた。

 瞬時にして、拍手と歓声が呻きと悲鳴に代わる。

ホラー映画のゾンビの如く、死者が蘇ったかの如く、生徒達の恐怖が伴った視線が集まる炎の中、倒れていた筈の真っ黒に染まった人影が立ち上がったのだ。

 驚きで目を見張る的場は、この世のモノとは思えない光景に混乱した。

 それでも、理解できることはある。

 弱まる炎を薄いカーテンのように気軽に掻き分けて来る漆黒のソレは、間違いなく先程まで戦っていた人間と同じ体格だった。


「……伊達。お前、影を」

「あぁ、影を身に纏うことで炎の熱とかは『移動』させた。早い話、この状態になると物理攻撃は無効化できるんだ。まぁ時間制限がある上に、視界まで塞がるのがデメリットなんだが」


 そう語る影人間から、ポロッと鱗のように一欠片の影が零れ落ちる。

 これを発端として影がサラサラと砂のように崩れると、現れたのは紛れもなく走也本人の姿であった。

 肩から胸元に刀傷こそ出来ているものの血は止まり、火傷など存在していない。

 決して無傷ではないが、それでも走也の様子は快活で、的場から『勝利』という二文字を奪うには充分すぎるほどの苛立ちと危機感を与えてくる。


「馬鹿な。ばかな、ばかな、こんな事があるものか。お前の効果範囲は、自分の影の移動だけだろうがッ。それも僕の攻撃に対して、間に合っていなかった。というか、自分の影で全身を覆うにしたって、その影の面積が足りない筈だッ」

「……なぁに。足りない分は、補えば良いんだ」

「は?」

「教えていなかったがな。俺の影が別の物影に触れた場合、ソレは俺の影としてカウントされて『移動』の対象となるんだよ。周囲にある影は、いつだって俺の味方なんだ」

「ふざけるな、認めるか、そんな出鱈目ッ」

「お前が認めなくても、能力は発動するんだ。こんな風にな」


 走也の影が、蜘蛛の巣のように変形しながら伸びていく。

 その細い糸のような影は周囲の影と繋がり合い、その範囲を伸ばしていく。

 ――効果範囲の増殖。

 その能力は既に、専用校舎を取り込むほどの広さまで成長していた。

 無論、その中には的場達の影さえも含まれている。


「……これが、これが学年、第三位。こんな人外みたいな奴が、まだ三位だと?」


 掠れる声で怯える的場の脳裏に『敗北』の二文字が過ぎる。

 ……二十対一でもなお勝てない、才能の格差。

 そんな思考を咄嗟に振り払い、的場は吠え立てるように叫ぶ。


「知るか、そんな理屈ッ。くそ、そんな隠し球で僕達が翻弄されると思うなよッ。あくまでも戦力は伊達一人なんだ、物量で押し切れば対応できないだろうがッ」

「ほぅ?」

「ここまで隠していた能力を土壇場で出させたんだ、しかも時間制限と言う事は、もう使えないわけだ。なら、むしろ僕達の方が有利とさえ言えるね。つまり、奥の手を出すほど追い詰めたって事じゃないかッ」


 ……ソレを苦し紛れの虚勢と取るか、勝機を見出した威勢と取るか。

 少なくとも的場は後者を選び、ソレに呼応されるように周囲も消失しかけていた戦意を奮起させた。

 逃げ出しても不思議じゃない状況で、誰一人として去らずに留まり続ける。


「……呆れたな。無駄骨を折るって言葉を知らんのか」

「馬鹿め。そりゃ全力で挑んで負けるまでの事を言うんだよッ」


 的場達が目指すは、逆転勝利。

 本人達の宣言する通り、力尽きるまで諦める気など無いのだ。

 ……だから、走也は心のスイッチを入れ替えた。


「参ったな。なら俺はポリシーを捨てるしかねぇよ」

「え?」


 ――直後。

 的場はトラックに跳ねられたような、呼吸の止まる衝撃を背中に受けた。


「がッ」


 全身が麻痺するような脊髄の強打。

 だがそれは的場に限らず、二十人の生徒達にも平等に降りかかった。

 次々と上がる悲鳴の中、地面に向かって倒れる的場は自分を襲った犯人を見る。

 それは自分の影から生えてきた、長方形のコンクリートだ。


「はは。なんだ、それは」


 まるで竹の子のようにあっちこっち地面から伸びている凶器を見て、的場は馬鹿らしくて思わず笑ってしまう。

 ……これがコンクリートではなく刃物であったなら、と。

 あっけなく盤面をひっくり返されて、なお手加減されていると理解してしまった。

 その直後に再び突き上げてくる衝撃は、肩、太もも、背中、と続きながら徐々に的場の動きを奪う。

 生殺しではあるが、だからこそ致命傷は無く体力だけ削ぎ落とされていく。

 しかも全て自分の影から出現する以上、逃げることは不可能だった。


「くそ、まるで地獄だ」


 ……毒づく的場の言葉は、同じ痛みを受ける生徒達の代弁でもあった。

 ただ、その責め苦は決して長く続かない。

 六十秒後。

 その場に立つ者は走也のみで、残りは例外なく全て地面に伏していた。


「……ここまで一分か。突き上がるセメントで身体を強打し続けたのに、戦闘不能にさせるまでこんなに時間が必要なんて思わなかったぜ」


 敵ながらあっぱれと称賛する走也だが、その表情は暗い。

 それは反撃を試みようとした者達の抵抗によって、彼ら生徒達の身体機能を例外なく破壊しなければいけなかった後悔だ。

 まぁ、それでも勝敗は決している。

 だというのに、未だそれを認めようとはしない輩が居るのだから手に負えない。 


「……ずるいぞ」


 痛みを訴える呻き声の中、無力な仲間に囲まれて倒れる的場は、それでも上半身を反らして走也を睨み付ける。


「こんな攻撃を残しておくなんて、とんだ卑怯者だ」

「卑怯と言われてもな。俺にとっての移動って言うのは、モノを吸い込むだけの一方通行じゃない。物体の出し入れも含まれるんだが」

「そうじゃない。初めから僕達の影から何かモノを突き出していれば、コッチは全滅していた。お前は楽勝だったじゃないか。何故、それをしない」

「だから何度も言っているだろ、基本的に俺は平和主義者だって」

「は?」

「出来ることなら傷付けたくないんだよ。お前達の身体も、そのプライドも、な」


 その瞬間、的場は目を点にして理解した。

 紛れもなく、走也の言動は善意なのだろう。

 だが人という生き物は、たとえ悪意のない善意を受けても絶望できるのだ、と。


「……本気で言っているなら、平和主義者って奴は随分と残酷なんだな。お前の言葉は偽善どころか傲慢だ。圧倒できる実力があるなら、素直に倒してくれよ。超えられるかも知れないなんて希望を、持たせるな」


 その言葉を口にする的場の表情は怒りではなく、悲哀だ。

 つまり文句ではなく、切実な願いであった。

 そんな敗者の泣き言を居心地悪そうに聞く走也は、頭を掻きながら尋ねる。


「……お前の言う通りに俺がそうすれば、お前は素直に負けを認めるのか、的場?」

「いいや、僕は勝つまで諦めない。僕はエリートだ、挫折なんかするモノかよ」


 捨て台詞のように語るそれは的場にとっての精一杯の強がりであり、宣誓だ。

 ――その決意に同調でもしたのだろうか。

 突如、走也が守る校舎から爆発したような破砕音と共に、地震かと思うほどの揺れが起きた。


「なんだ、なにが起きたッ」


 慌てて背後を振り返る走也の視界に、校舎の内部から登る噴煙が映った。

 それと同じ光景を見ていた的場は、ニヤリと嘲笑う。


「……ふん、ようやくか」

「おい。どういう意味だ、何か知っているのか、的場」

「簡単な話だ。不山か扇川が、残りの戦力を引き連れて校舎に侵入したんだろうさ」

「おいおい馬鹿を言うな、Aクラス校舎の入り口はココだけだぞッ」

「だから、自分たちで別の入り口を作ったんだろう。施設の破壊も容認されてるんだ、本来なら馬鹿正直にここから入るメリットなんか無いわけだし、ね」

「……クソ。なにが捜索の為に三チームに分けた、だ。結局は籠城しているって考えていたんじゃねぇか。道理でココには二十人しか居なかった訳だ」


 走也は珍しく苛立たしげな言動を放ちながら、校舎に向かって歩き出す。

 だが校舎に向かう走也の足は、その第一歩で止まる事となる。


「待てよ、ドコに行く気だい。ココを離れる気なら僕達の侵入を許すって事だけど?」

「邪魔をするなよ、的場。もうその身で覚えただろう、俺とお前じゃ相性が悪いって」


 視線は校舎に向けたまま、走也は的場に警告する。

 だがそれは悪手だ。

 話し相手を眼中に入れない時点で、説得力など皆無なのである。


「あぁ言われなくても知ってたさ、そんなこと。だけど、それがどうした。相性が悪いというのなら、克服する。僕は足止め要員じゃない、勝つ為にここに居る」

「……お前」


 意外そうな声を漏らし、ようやく走也は振り返って相手を見る。

 そこには、生まれたばかりの子鹿のように脚を振るわせながら、それでも立ち上がる的場の姿があった。


「……言っただろう、伊達。僕は、挫折なんてするかってね」


 ――不屈の精神。

 息も絶え絶え、あちこちに打撲を負っている的場は、間違いなく満身創痍だ。


「その根性は素直に感心するけどよ。さっき俺はポリシーを捨てたって言っただろう。容赦なんてしないからな?」

「上等だよ。苦痛なんかで僕は怯まないぞ。負けることの方が怖いからねッ」


 的場はポケットから最後のナイフを投げつける。

 だが、その勢いは空腹で倒れる寸前の鳥を思わせるほど、余りにも弱い。

 的場の能力は、間違いなく戦闘によるダメージを受けていた。

 フラフラと蛇行する凶器は、アッサリと走也の影に飲み込まれる。

 ……筈だった。


「なに?」


 予想外の出来事に、走也は目を見開く。

 影に取り込まれる前に、的場のナイフは雷撃によって弾かれて軌道が変わる。

 さらには、再び走也の足に鎖が絡もうと姿を現した。


「……は。なんだよ、お前ら。まさか、僕の手伝いでもする気か?」


 ――そう。

 敗者達が再び戦闘へ介入する。

 勝てない相手に立ち向かう的場の奮闘は、同じ痛みを共有する生徒達を起き上がらさせるには充分の勇姿だった。

 ……呻きながら、痛みに耐えながら、それでも必死に戦おうとする生徒達。

 その光景は、まるで仲間の為に力を合わせる戦友のようでもあった。


「……まったく、見せつけやがって。けど嫌いじゃないんだよな、こういうの」


 この上ない迷惑なのに、走也は犬歯を見せて羨ましそうに笑う。

 走也にとってみれば、ゾンビのような彼らを撃退するのは簡単だった。

 だが不幸なことに、ソレを邪魔できる無粋を走也は持ち合わせていない。

 なにしろ仲間と一緒に戦おうとする気持ちは、お互い様なのだから。


「まったく。厄介すぎるぞ、お前ら」

「いいね、今の僕には、いいや僕達には、最高の褒め言葉じゃないか」


 たとえどれだけ的場達が挑んだところで、走也の勝利は揺るがない。

 ……ただ。

 それが確定するには、決して少なくない時間が必要になった。

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