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宣告

 合同オリエンテーション、当日。

 入学式ぶりに体育館へと集められた生徒達は、各クラスで固まって起立し、壇上に居る傘垣へと視線を集中させていた。


「事前に説明した通り、今回のオリエンテーションは将来、諸君の役目となる風紀活動を意識した実戦形式の訓練を兼ねている。決して、遊び気分の生温い意識で参加しないよう心がけることだ」


 渋い声でそう語ると、傘垣は各クラスの生徒から受け取った折り畳まれている用紙を広げて、読み上げていく。


「まずはA、B、Cの各クラスから選出された代表者を紹介しよう。……Aクラス、吼城戒斗。Bクラス、扇川愛香。Cクラス、逆埼刀司。以上が各クラスの代表者であり、オリエンテーションの参加条件における資格者だ」


 資格者。

 それは文字通り、オリエンテーションの参加資格者という意味だ。

 逆に言えば上記された三名以外は唯の協力者であり、不参加であっても構わない。

 しかし、不参加を表明した生徒は皆無だった。

 治安維持を掲げる風紀院、その卵である生徒であるならば、争いは避けられないし、むしろ望むのは当然とも言える。

 ゆえに怯える者は無く、堂々とした出で立ちで聞き入る生徒達を見ながら、傘垣は言葉を続けた。


「さて。参加資格者の諸君には、このガラスのペンダントを身に付けて貰う。このペンダントが他の資格者の手に渡るとその時点で敗北となるので、気を付けるように」


 そう言って傘垣は手に持っているペンダントを見せた。

 薄い水色をしたガラスは、その色に合わせたかのように水滴のような形をしている。


「残りのクラスメイト諸君は代表者を守護する役と、他クラスの代表者を撃破する役に分散し、与えられた己の目的を全うせよ」


 ――そう。

 たとえ参加資格はなくても、役割は存在しているのだ。

 腑抜けた顔をした生徒は皆無で、各々が真剣な顔をして参加にしている。


「再度の確認となるが、諸君の活動区域は校内の敷地全てが対象だ。そして生徒同士の戦闘による怪我や、施設の破壊活動も大目に見る。だが代表者を撃破されたクラスはその時点で、オリエンテーションの介入条件を失う。資格の消失以降による戦闘行為も破壊活動も規律違反だ。各クラスの資格が消失した場合は校内放送で伝えるので、該当の生徒達は行動を中止して校内から撤収をするように」


 Aクラス四名、Bクラス二十名、Cクラス、四十名の合計、六十四名が一斉に頷く。

 それは同時に同級生との『戦闘と負傷』の了承でもあった。


「なお、今回のオリエンテーションにおいても『吼城に対する攻撃』及び『それにともなう極度の負傷』は不問とする。しかし死亡した場合は別だ。実行した者には罪状の免除手続きが必要なので、気を付けるように」


 もはや、傘垣の注意事項に動揺する者は居なかった。

 まぁ当然と言えば、当然の話。

 元来、彼らは能力犯罪者から風紀を守る為に入学してきたエリートばかりだ。

 入学から一週間も過ぎれば、戒斗という犯罪者を駆除することに躊躇いを覚える方が問題なのである。


「最後に、今から準備期間として十分間の猶予を与える。では諸君、悔いのない行動を全力で務めるといい」


 そう傘垣が告げた瞬間から、BクラスとCクラスの面々は落ち着いた態度で体育館から校舎の方へと向かう。

 遅れること数分、Aクラスも同様にドアへと向かうが、戒斗だけはその場から未だに動かない。


「……様子見なのか、余裕なのか。そこら辺の判断が難しいッスね」


 人差し指をクルクルと回しながら呟く愛香は、ぽつんと残る戒斗へと近付いた。

 その表情には敵意もなければ、悪意もない。

 まるで世間話のような気軽さで、人懐っこい笑顔を見せる。


「聞いての通り、自分が代表者です。なので正々堂々、自分が先頭に立って戒斗くんを潰す予定ッスよ」


 ――途端、そこだけ重力が増したのかと思うほど空気が重くなる。

 その正体は戒斗による、愛香への無言のプレッシャーだ。

 表情だけは平静を装っているが、内心は荒れていた。


「あら意外。機嫌が悪そうッスね?」

「……気持ちが固くなっていることは認めます。もしかしたら今日で退学になるかも知れないと思うと、平静では居られない」

「そりゃ良かった。ちょっと戒斗くんってロボットみたいだなって思っていたので。人間らしい弱さがなくちゃ、安心して叩けないッス」

「…………」


 物思いに耽る戒斗にしてみれば、愛香の言葉は挑発以外の何物でも無い。

 しかし当の本人は何の悪気も無さそうに笑顔を崩さず、戒斗の側を離れない。

 おかげで生真面目な性格の戒斗は、そのまま会話に参加する羽目になった。


「……それにしても、ちょっと驚きですね。性格的に籠城するタイプだと思っていましたが」

「ういうい。本来なら自分もそうしたね。でも四対六十の勝負じゃあ、籠城するより一斉に攻め込む方が勝率高いッスよ」

「――――」


 ドクン、と。

 それまで正常な動きだった戒斗の心臓が、まるで警告音のように早鐘を打つ。


「怖いな。当たり前のように、六十という数字を口にするんですね。まるで、CクラスがBクラスと共闘するかのようです」

「いやだな、協力体制なんて入学初日から作るに決まってるッス。だって、戒斗くんの話は入学当初に聞いたんだから、そりゃ即日の行動も可能ですよね?」


 余裕な態度で流し目を送る愛香の視界には、戒斗しか映らない。

 そう、もはや体育館の中には二人しか居ない。


「自分は的場っちや、不山くんとは違う。戒斗くんを侮らないし、過小評価なんてしてない。風紀学園が用意した最強の敵には、全力で挑むッスよ」


 愛香の言葉は、水面の波紋のように周囲へと広がる。

 静寂に満ちた空間の中では、戒斗の息を呑む仕草さえ響き渡るほどだ。


「俺が言うのも何ですが、学生とは思えない手際の良さですね。Cクラスとさえ手を組んでいながら、よく今日まで一度しか手を出さなかったものです」

「色々と調整中だっただけッス。まぁ、このオリエンテーションを昨日というタイミングで知っていなければ、もう少しまともな計画を立てたんだけど」

「……なら、今日という日を無視すれば良かったのでは?」

「自分がそれを出来ても、他の生徒は無理ッス。きっと多勢に無勢とばかりに戒斗くんを襲うから。そんな真似をされるくらいなら、自分が主導で動かすッスよ」

「困りました。できるなら、貴方は敵に回したくない人だ」


 相手の力量を深刻に受け止めるのと同時に、戒斗は自分の認識を改めた。

 軽い言動に惑わされるが愛香という少女は間違いなく、この学園において誰よりも利益に貪欲だ。


「ういうい、なんか怖い人みたいな言われ方で心外ッス。そもそも戒斗くんを倒しても良い期間は、たった二週間。明らかに能力犯罪者が優遇されている勝利条件で、自分たちが戦力差に遠慮して手を結ばない理由がないんですよねぇ」

「なるほど。何かと特別扱いされていましたが、今となってはAクラスが隔離されていたことが恨めしいですね。情報が、あまりにも不足していました」

「……いやー、自分は戒斗くんがわざと情報収集しなかったように思えたッス。もしAクラス含めて敵に回ってたら、必死に逃げ回って対策を練るはずだし。それをしなかった辺り、よほど自分のクラスが居心地良かったようッスね?」

「…………」


 図星過ぎて、返す言葉も無い。

 戦いには慣れている戒斗であったが、同級生との日常生活には縁が無かった。

 新鮮で楽しくて、七日間という時間が流れ星よりも早く過ぎたような感覚。

 そんな思い出を懐かしむような戒斗に何かを察したのか、愛香は目を瞑りながら溜息を吐いた。


「まぁクラスの事情で、情報不足なのはコッチも同じなので。属性能力の効果範囲、その上位四名である戒斗くん達の属性能力を把握しきれていない部分は、不安かな」

「……俺は有り難いですけど、そんなことまで教えてくれて良いんですか?」

「自分なりの、戒斗くんが退学する前の餞別ッスよ。前も言った通り、戒斗くん本人を嫌ってるわけじゃないので。でも、これ以上のサービスは打ち止め」


 言いたいことを終えた愛香は戒斗に背を向け、あっという間に体育館の出入り口まで行くと、振り向きざまに小さくバイバイと手を振る。


「じゃあ、さよならッス。自分の利益の為に倒されてください、戒斗くん」

「いえ。俺にも叶えたい夢があります。だから全力で断らせて頂きますね」

「ういうい、礼儀正しいながらも勇ましいッス。やっぱり自分の好みだよ、戒斗くん」

「そうですか。応える気はありませんが、気持ちだけ受け取っておきます」

「あらら、振られたッスね」


 ……見つめ合う二人の時間は三秒で溶けて、再び背を向けた愛香は姿を消した。

 それを合図に最後まで体育館に残った戒斗も、行動を開始すべく校舎に向かう。

 破滅の開始時間は、あと十分にまで迫っていた。

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