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団欒

「……と、いう事があったのさ」


 その日の夕食時。

 モクモクと白い湯気を生み出すシチュー鍋をレードルで整えながら、走也は相席する沙夜と優衣に昼間あった出来事と事情を伝える。


「あぁ。扇川と不山って子は私達の所にも来ていたわね。戒斗くんを倒す為の仲間に入らないかって」

「もちろん断った。不山とかいう野犬に睨まれて、扇川とか言う女に『これで完全に敵対関係ッスね』とか言われたけど、それだけ」

「ほーん。あいつら、勧誘失敗してすぐに俺達の居る現場に訪れたのか。随分とタイミングが良いんだな」

「おそらく一連の出来事は、計画的な行動だったんでしょうね。そして俺の味方をしてくる人間が居ることも、すでに把握済みだったんでしょう」

「ちょっと予想外だな。わりと冷静じゃないか。てっきり、こういうクラス対抗みたいな流れになった事に反発するかと思ったんだがな」

「もちろん、皆さんが戦いに巻き込まれている状況は不本意です。しかし、どうせ止めようがないと理解もしています。……そんな事より」


 言い辛そうに言葉を句切る戒斗はチラリ、とテーブルに目を向ける。

 円卓の上はシチュー鍋以外にも、竜田揚げ、ほうれん草と豚肉のごま和え、大福、ケーキ、白米、クロワッサンといった統一感のない料理が点在していた。


「……なんか、食事会が定番しつつありますよね。もはや俺としては、其方の方が由々しき自体なんですが」

「みんなで持ち寄って食べる方が、食材が豊富で楽しいだろう?」

「確かにそこは否定できませんけれど。ここ三日間ずっと俺の部屋じゃないですか」

「家主が部屋を提供し、わたし達が料理を提供する。合理的で素敵な等価交換。そしてこれは、おばあちゃん秘伝のニジマスの味噌漬け」


 しれっと呟く沙夜の手は川魚の切り身を箸にセットして、戒斗の口元を狙っている。

 ……戒斗は、ほんの少し躊躇いを見せるが、もはや慣れた様子でそれを食べた。


「味、どう?」

「日本食らしい心が和む味ですね。シチューとの食べ合わせを考えなければ、ですが」

「辛辣な感想。でもそこが良い。偽りの無い友情、必要なのは何時だって素直な気持ちだから」

「……はい、餌付けには屈しません」


 自分で言っておきながら『俺は何を言っているんだろう』と戒斗が冷静に状況を振り返っている最中、二人のやり取りを羨ましく見ていた沙夜が呟いた。


「はぁ。早く明日になってくれないかな。そうすれば、また私が戒斗くんに食べさせる役を務められるのに」


 などと愚痴りながら、戒斗に食べさせられない代償行為なのか、自分で作った竜田揚げをモクモクと食べ続けている。

 とても賑やかで、優しい空気が漂う食卓風景だ。

 しかしだからこそ、最も平和を愛する走也は警鐘を鳴らす。


「やれやれ、暢気な奴らだな。また、あいつらが仕掛けてくる心配は無いのか?」

「むしろ歓迎。戒斗を蒸し焼きにしようとした罰を、その身に刻ませる」

「うん、私も似たような感想かな。あと三日ほど音沙汰が無いようなら、コッチから攻めるのもありかも」

「はぁ、どいつもこいつも好戦的で困る。俺も戦うことを決めたけどよ、さすがに先制攻撃は遠慮したいね」

「駄目。それは腑抜けの発想」

「うんうん、攻撃は最大の防御なんだから」

「……まるで俺の方が異端者に思えて困る」

「うん、それは今更な話だよね」

「実際の話、伊達は変。風紀院で平和主義を掲げる人間は、肉食獣が菜食に目覚めるよりも役職に反している」

「まったく酷い言い草だ。これでも心配性なんだよ、俺は。こういう環境を維持したいからこそ、脅威になる要因は捨て置けねぇ。けど俺は馬鹿だからな、相手の思惑とか計れない。だからお前らにも考えて欲しいんだよ。どうやって戦いを回避するか、それが出来ないとして、何をするべきなのか」

「簡単。戦いの回避とか、もう無理。ならやられる前に、殲滅させれば良い」

「うんうん、いっそ食後の運動で、灰になるまでBクラス襲っちゃう?」

「……さっきよりも過激じゃねぇか。判ったよ、どうやっても戦いは避けられないって事だな。だが何事もタイミングって奴は重要だ。行動する前に、相手の出方を知るって言うのも大切じゃないか?」

「それは不可能。情報収集なんて、警戒されて破綻するに決まってる」

「うん。お互いの教室の距離が離れていて、交流なんて皆無。こうなると実質的に近寄ることさえ困難だけど?」

「……いや、そうだけどよ。最低限の努力はしたいだろうが。なぁ?」


 人数分のシチューを盛り付けながら、走也は主に戒斗を見ながら協力を仰いだ。

 戒斗は苦笑しつつ自分の皿を受け取ると、助け船を出す。


「では俺から情報提供です。次に彼らの動きがあるとするなら四日後ですよ、走也」

「おおぅ、でかしたッ。……って、なんで四日後なんだ?」

「うん、やけに具体的なのね。なにか心当たりでもあるのかしら?」

「……その日にA、B、Cクラス合同のオリエンテーションがあります」

「わたし、横文字は苦手」

「簡単に言えば、クラス対抗の勝負事です。中部風紀院は組織の結束を重視していますから、この機会にクラスの団結力を高めるようとする種目だと思います」

「……初耳。ここ、閉鎖環境で情報漏洩を徹底管理されているのに。戒斗は、どこで情報を得たの?」

「種明かしをすれば、入学前から知っていました。なにしろ、学園側が俺を倒す最大のチャンスを生徒に与える為に用意したイベントですからね。計画の準備段階から関わっていましたし、了承する際の書類も書いています」


 淡々と語り終えた戒斗は、そのままシチューを口にする。

 しかしその内容に衝撃を覚えた走也達は、食事に手を付けることを止めた。


「ちょっと、待てよ戒斗。クラス対抗の勝負事って言うのは、お前を倒すっていうお題目も関わっているのか?」

「はい。先程も言いましたが、詳細までは知らされていません。ですが能力犯罪者という共通の敵を倒す事で、生徒達の結束と仲間意識を高めたいとは聞いています。それは治安組織たる風紀院の理念と目的を、同時に昇華させる為に必要なことだと言われました」

「……それではまるで、学園側が各クラスの団結力を高める為に、戒斗くんという『敵』を用意したみたいに聞こえるのだけど?」

「はい、その予想で正解です。それこそが能力犯罪者である俺を受け入れた、中部風紀学園にとっての、メリットですから」


 そう言って戒斗は食事を再開する。

 まるで他人事のように、戒斗は集団リンチされる可能性を受け入れていた。

 的場の攻撃でさえ一歩間違えれば死にかねなかったのに、さらに六十人分の脅威が襲ってきても顔色一つ変える気は無いと言うことだろうか。

 ――と、それを尋ねる勇気は走也には無い。

 質問して無頓着に『ハイ』といわれたら、自分でも整理できない理不尽な気持ちに囚われてしまう。

 だから、ただ愚痴った。


「……なんだそりゃ。個人を集団で襲うのを推奨してるのかよ。『ハザード・チルドレンっ』て呼ばれる連中よりも質が悪いじゃねぇか。犯罪者ってだけで、何をしても言い訳じゃねぇのによ」


 その発言にコクコクと頷く優衣。

 しかし、少し間を置いてから首をリスのように傾げた。


「……ちょっと不思議。何故、そこで『ハザード・チルドレン』の話題が出るの?」

「そりゃ、俺達と同い年の連中が多いからさ。あいつらは生きる為の犯罪はしても、団結する為に人を襲う事はしねぇ」

「うん、あいつら? まるで誰か知り合いでも居るかのような言い方ね?」


 そんな沙夜の言葉に戒斗も食事を止め、走也をじっと見る。

 思わぬ注目に気まずそうに頬を掻きながら、走也は溜息混じりに呟いた。


「……俺のバイト仲間にいたんだよ。『移動』能力を使った、引っ越し作業のバイトで何人か混じっていた。属性能力を疎まれた捨て子同士、話は合ったんだ。少なくとも、俺が会った奴らに、暴力的な奴は居なかった」

「……意外な話。平和主義者と話の合う犯罪者というのは、矛盾さえ感じる。何より、まともな就労が出来るなら、犯罪行為をする理由が良く分からない」

「俺もそう思って聞いたよ。なんでも非合法な犯罪をする理由は、法外な報酬が目当てなんだとさ。んで、その金を使って自分達より年下で無力なガキ共を育てるそうだ」


 ――あからさまに、沙夜と優衣の表情が曇る。

 家族が健在で、まともに愛されて教育された二人からすれば、もはや嫌悪感さえ覚える話なのは仕方ないことだった。

 ……だから、相槌を打つのは戒斗だけである。


「割りと有名な話ですね。わざわざ数百万を支払って『ハザード・チルドレン』に我が子を託す親も居るそうですし。彼ら『ハザード・チルドレン』がそういう行為を断らないのは、皮肉なことにソレが組織を運営する為の貴重な収入源になっている為とか」

「理解不能。養育費はあるのに育てる気が無いのは、無責任にも程がある」

「特殊な能力を持った子供より、普通で一般的な子供を望む親は意外と多いらしいぞ。もしくは特殊能力の子供だから、そういう組織に売り払うパターンもある」

「…………」


 走也の話に身に覚えのある戒斗は、沈黙しながら自分の過去を思い出す。

 戒斗が風紀院に所属したての頃、治安維持の為に与えられた権限で自分の両親についての情報を集めた事があったのだ。

 その結果、経済的な理由から戒斗を政府の施設に手放したという両親には、何故だか行政から多額の支給金が振り込まれた事が判明した。

 ――まぁ端的に言えば、戒斗も組織に売られた側の人間だったというわけだ。

 『ハザード・チルドレン』と戒斗の違いは、それが犯罪組織か政府機関だったかと言うだけに過ぎない。

 故に『もしかしたら、自分も』と考えてしまう戒斗にとって『ハザード・チルドレン』の境遇は他人事には思えず、出来るなら助けたい存在なのである。


「……うん。なんだか、聞いてて段々と気分が悪くなってきたかな。少なくとも、御飯は美味しくならないわ」

「同意。こんな話を持ち込んだ走也が悪い。罰として、三日間の鍋料理を禁止」

「おいおい、またかよッ。解禁を待ちに待った三日ぶりの鍋なんだぞッ」

「無視。どうでもいい話」

「よくねぇよッ」


 わざとらしさは全員が意識しているが、それでも室内に活気が戻ったのは確かだ。

 それを優しく見守りながら口元に笑みを湛え、戒斗は独り言を漏らす。


「……こんな環境が、もっと続くと良いのですが」

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