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敵対者

――一方。

 目的を果たした愛香たちは、彼らが所属するBクラスへと向かっていた。

 ただしその帰路では、現在も的場と愛香の言葉の応酬が繰り広げられている。


「まったく余計なお世話で、よくも邪魔してくれたよね。僕を信じて、あの後の逆転劇を見届けるのが友情ってもんだろうに」

「単独行動の言い訳がコレとか。まぁ負けてたことを認める辺り、的場っちは何か憎めないッスよね。小者的な意味で」

「はぁ? 負けてないし。逆転劇って言うのは精神的なものだから」

「ういうい。肉体的には完全敗北ッスもんね?」

「……違うし。負けてないし。次があるなら、僕の大勝利は間違いないし」


 段々と小さくなる声と共に、元気を無くしていく的場。

 ……告白すれば彼自身、自分の言動が全て虚勢であることは自覚していた。

 だがしかし、ソレを素直に認めるわけには行かない。

 能力犯罪者である戒斗、すなわち悪に屈する事は彼の正義感が許さないのだ。

 たとえ愛香達から見ても歪んでいる正義だったとしても、的場本人に取ってみれば正当な戦う理由だった。

 とはいえ、それでも愛香達からすれば迷惑でしかないのだが。


「……はぁ。行動力のある馬鹿は手に負えない。この資本主義の世の中で、利益も無しに浪費させられた身としては勘弁して欲しいッスよ」

「うるさいな。その分の対価は支払うんだから問題ないだろ。無論、金銭じゃない。吼城を倒したという成果でね」

「作った負債を次で回収できると思っている辺り、二流なので。的場っちは借金を借金で返すタイプッス」

「言ってろ。……と、ようやく戻って来れたか」


 安堵の溜息を吐く的場の目に入ったのは『1‐B』と書かれた表札だ。

 まだ三日とは言えホームである教室の発見に、的場の心は砂漠の中にあるオアシスを発見したかのような気分で満たされた。

 そして泉から湧き出る水を掬うように、的場はドアの取っ手に優しく手をかける。

 ――直前。

 的場の指が触れる前に、扉が自動ドアのようにガラガラと横へスライドした。


「――元気そうで何より。その分だと、無事にやり過ごせたようじゃないか。的場」

「……碓氷、先生」

「そんな気不味い顔をするなよ。ボクは別に、君の単独行動を攻めている訳じゃない」


 平坦な声を出しながら、碓氷はカラカラと教室の扉を閉めた。

 ……その過程で、教室に居た仲間達の視線も遮られていく。

 非難する者や馬鹿にする者は確認できたが、的場に憧れや褒める視線を向ける者が居なかったのは確かだった。

 ……そのことに傷付くが、今は目の前の相手に集中することにする。


「すみません、先生。悪を倒しきれませんでした」

「いやまぁ、そこは初めから期待していないから構わない。それよりも、吼城の属性能力の効果範囲を教えてくれないか」

「え?」

「なにを驚く。能力者同士が争ったのなら、属性の発動は必須だろう? ならば吼城はいったい、どんな風に属性を使って戦ったのか。ソレを知りたいのは当然じゃないか」


 碓氷の主張はもっともだ。

 そしてだからこそ、的場は頭の中が真っ白になるほど我を失ったのである。


「……判りません」

「なんだと?」

「吼城は、僕の攻撃を防いだだけです。あいつは金属バットや弓矢、炎でさえ防いでみせたけれど、それだけだった。あの状況と『最強』が結びつかないにも程があるッ」


 身体を振るわせながら、乾いた雑巾から水滴を出すような枯れた声で的場は呟く。

 改めて回想しても、戒斗の能力がどんな形で発動したのか理解できない。


「……ふむ。それは残念な結果だね。それに対して、的場は何回使用した?」

「六回ほど、ですが」

「ふむ。ではおそらく的場の地力は、もう吼城に見破られているだろうな」


 碓氷の言葉は、真冬よりも冷徹に的場の心を凍らせた。

 それに拒否反応を示す的場の脳内は、あっという間に否定の言葉で埋め尽くされる。


「そんな馬鹿な事は有り得ません。たしかに属性の名前こそ口にしましたが、効果範囲まで口にした覚えはありませんよ、僕はッ」

「いや、それくらいの推察は奴には造作もないことだよ、的場」


 碓氷は何の容赦もなく、的場に現実を突き付けてくる。

 その態度が『お前が負けたのは当然の理だ』と言外に告げていた。   


「学園が用意した敵役を嘗めるなよ、的場。今のお前程度にやられるようでは、そもそも吼城は生きて入学する事は出来なかったのだ。そんな格上相手の戦力を低く見積もるお前は、いったい何様だ?」

「…………」


 そこまで言われてしまえば、もはや的場は押し黙るしかない。

 その代わりとばかりに、愛香はケラケラと笑う。


「あは、なんか納得。ぶっちゃけ、自分の能力が『強化』っていう嘘はバレてたかな、あれは。戒斗くんの治療をした時、疑念が確信に代わったって顔してたし。自分、探偵に当てられる犯人の気持ちがわかったッス」

「それはさすがに、買いかぶりすぎだろう。お前に嘘を吐かれちゃ僕だって騙されかねないのに、あんな腑抜けた顔した奴が気付くわけ無い」

「ういうい。的場っちは仲間だと思っていた犯人に背中を刺されるタイプなので。これからも安心して自分を信用して欲しいなぁ。自分、グサッと行くッスよ」

「……ん、ああ。良く分からないけど、そうだな、そうするよ」


 曖昧な愛想笑いを出しながら、的場はこれ以上の話題を避けた。

 なんというか、彼の直感がそうさせた。


「……まぁ、正直に言って先生の言い分は納得しにくいですが。でも、だったら素直に属性を名乗らなければ良かったですかね?」

「ふふ、それは暴論だよ、的場。仮にもココは治安を守る風紀院の教育機関だ。あまり実戦的すぎては、我々が世間に非難されかねん」

「そうは言いますが、先生。僕の能力が知られた可能性が高いのに、吼城の属性能力の一体なにが『最強』なのか不明なままじゃないですか。逆に聞きたいのですが、碓氷先生は何か知っていることはないんですか?」

「あ、そこは自分も気になってるかな。戒斗くんの何が最強なのかを知れば、対策は立て放題だし。情報が大切って言うなら、先生の口から聞きたいところッス」


 沈黙したままの不山も合わせた、子羊のような三人の視線が碓氷に集中する。

 だが担任教師は、生徒の期待に応えることが出来ずに首を振った。


「実のところ、それはボクも知らされていないんだよ。だからこそ直接戦った的場の意見が聞きたい訳なんだが」

「……ふん、正直に言って属性能力を使わなかったとしても、弱かったですよ」

「え? 的場ッちが?」

「違うよ、吼城のことに決まってるだろッ」

「えー。倒せてない人が言っても説得力が無いッスよ?」

「本気で勝とうと思えば、僕が勝ってたさ。伊達の邪魔さえ入らなければ、そうしても良かった。あぁ、僕からすれば影を操る伊達の方が怖いくらいだね」


 いっそ哀れな程の強がりは、誰もフォローしなかった。

 むしろ何も聞こえたかったふりをしながら、愛香は碓氷に尋ねる。


「まぁけど反撃してきたくせに、あの時点で的場っちを倒さないのは不可解ッスね。あの様子だと、戒斗くんは自分たちを負傷させても、問題ないですよね?」

「あぁ、もちろんだ。吼城からの先制攻撃は禁じているが、正当防衛の範囲なら我が校の生徒を殺害しても構わんとも言ってある。そういう意味では、的場は命拾いしたのかも知れんな」

「そりゃエグイッスね。けどそれじゃ益々、謎だな。何のメリットがあって、敵の戦力を削らないなんて選択したんです? 偽善者の伊達くんに止められたから、なんて甘い思考の持ち主とは思えないッスけど」

「ボクは現場を見ていないから正確な判定は出来ないが、的場を倒さないことで、君達に危機意識を与えず戦いを泥沼化させない、という考えもある」

「だとしたら、せこい。だって学年一位ッスよ? 的場っち程度を倒せないのに序列が上とか、自分的には有り得ない。トップなら、学年全てを相手にして平然として欲しいところッス」

「おっと、勘違いしてはいけないな。それは属性能力の効果範囲に付けられる順位だ。決して、戦闘能力の高さを示している訳ではないんだよ? まだ不勉強だな、扇川」


 などと戯けた様子で語る碓氷に、愛香は内心イラッと来た。

 愛香にとって担任教師は的場ほどではないにせよ、あまり好んで話したくないタイプなのだ。


「……効果範囲ねぇ。よく耳にする言葉ッスけど、ようは属性能力が周囲に及ぼす影響力の事ですよね」

「そうとも。吼城の効果範囲は人類全てに適用される。これほどの影響力は世界でも類を見ない貴重な存在だ。だからこそ、大した戦闘能力を持っていなくても、学年一位の座につけるという理屈は通る訳さ」

「それについては前々から疑問だったけど、なんで周囲の影響を重視したんです? 風紀院による治安維持は、結局のところ実戦部隊で成り立ってる。自分的には、やっぱ強さ重視のほうが最高に分かり易いッスけど」


 その疑問には碓氷ではなく、的場が鼻で嗤いながら答えた。

 ちなみに馬鹿にされた愛香が殺意を抱いたことに、的場は気付かなかった。 


「無知だな、扇川。戦いばかりが風紀を守る訳じゃない。何より、ここは健全な教育機関なんだぞ。個人の強さよりも、周囲に及ぼす影響力を重視するのは当然だろ?」


 まぁ戦闘能力の高さだったら僕が学年一位かもね、という的場を無視しながら愛香はフムフムと相槌を打った。


「じゃあ、『最強』の戒斗くんが弱いって言うのもあながち間違いじゃないのか。準備なんてしないで、今からクラス全員で挑めば、わりと楽勝だったりするッスかね?」

「……その楽観的な意見は、的場以下だな。そこまで急がずとも、機会は用意してあるから、安心するといい。ここからは計画的に敵を倒すべきだぞ?」


 わりと好戦的な性格の愛香に、碓氷は冷静な言葉によって窘めた。

 この事に愛香は顔にこそ出さ無かったが、心の中でチッと舌打ちをする。

 クラス全体を焚き付けた張本人でありながら、碓氷は愛香達が不満に思うほどの慎重派なのだった。


「なんか面倒ッスね。まるで時間稼ぎされているみたいで嫌なんですけど」

「勘ぐりすぎだよ。吼城はあくまで、君達の成長を促す為の餌だ。肥料というのは適切な時期というのがある。それまでは、仲間との結束と連携を高めておくことだ」

「まぁ的場っちの失敗を見れば勢いだけで勝てる相手じゃないのは判りますけど、準備に時間をかけすぎるって言うのも嫌だな。そこら辺、不山くんはどう思うッスか?」

「今の状態の吼城に興味は無い。あんな雑魚を相手にするくらいなら、俺は奴を見逃しても良いとさえ思っている」

「えー」


 他人事のような無関心を取る不山に、愛香は露骨に顔をしかめた。

 リードの着いていない野犬の方がまだ扱いやすい、と内心で愚痴っていると不山は鋭い視線で愛香と的場を射貫く。


「……お前達は嫌がるだろうが俺はむしろ、他のAクラスの連中を相手にしたいと思っているくらいだ」

「おい待てよ、ふざけるな。それじゃまるで能力犯罪者みたいじゃないか。完璧な敵対行動していないのなら、他の連中に手を出す事は僕が許さないぞ、不山」

「おっと。いまのは正義っぽくて格好良いッスね、的場ッち。邪魔した偽善者くんに攻撃しかけた事は知ってるけど」

「……うるさいな。無闇に敵対して、相手の戦力が増えるのは誰だって面倒だろう?」

「ういうい。けどまぁ、Aクラスが敵に回ることは確定ッスよ?」

「……は、どういう意味だよ?」

「的場ッちが単独行動してる最中、不山くんと自分はAクラスの女子二人組に手を結ぶよう、声をかけてたので。まぁ、バッサリ断られたッスけど」

「……え?」


 寝耳にセメントでも流し込まれたように、ビシッと固まる的場。

 だが驚くのは的場だけで、不山はもちろん碓氷も鷹揚に頷く。


「やはり失敗したか。やれやれ困ったものだね、こんな短期間でクラス全員と友好を結ぶとは。吼城を倒すと言う事は、Aクラスの三名も排除する必要があるというわけだ」

「そうッスよ。戒斗くんを庇ったらBクラス全員を敵に回すけど、って言ったら二人して問題ないって即答だもの。ありゃ何を言っても無駄、ボッチ同士の仲良しごっこにとって危険や障害は蜜の味ってことッス。……で実際のところ、もし邪魔して来たらやっちゃっても良いですよね?」

「あぁ構わんよ。ただし、やりすぎないように。吼城と違い、Aクラスの面々は前途ある善良な生徒だからね。過剰な制裁は、己の身を滅ぼすと覚えておくと良い」

「ういうい了解ッス」

「……待て待て。いつのまに、そんな真似を」

「いつのまにっていうか。この三日間、ずっと一人行動したそうにソワソワしていた馬鹿を排除して立てた、予定通りのプランだったッスけど」

「ふぅん。つまり気の利く馬鹿が吼城を引き離している間に、交渉できたのか。誰だか知らんが、その馬鹿に感謝だな」

「いや結局はぜんぶ無駄骨だったんで、むしろ馬鹿は死ねって感じッスけど?」

「仲間だろ? そういう言い方はないんじゃないか、そいつが誰だか知らないけどッ」


 涙目で必至に抗議する的場。

 ソレを見た碓氷は聖職者に相応しい、慈愛に満ちた顔で釘を刺す。


「……うん、仲間か。良い言葉だね。だから、これからは仲間を信じて馬鹿な単独行動は禁止だよ、的場?」

「うっ。判ってますよ、次からはキチンと誰かと共に行動します。さすがの僕も、Aクラスの連中を相手に単独で勝てる見込みは無いですから」


 ゾクゾクと背筋を凍らせながら、的場は渋々と頷いた。

 ……これで単独行動する者は居なくなり、これからは組織的な戦闘が行えるだろう。

 その主導権を握ろうとする野心家は、きっと愛香だけに違いない。

 自分の計画通りにはいかなかったものの、今後に得られるであろう成果を想像して、愛香はにんまりと唇を釣り上げた。


「いやぁー。仲間って便利なシステムッスよね、本当」

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