パフォーマンスデビュー?
「全ペア、ネタ見せ終わったかな?」
吉野が部員を見渡す。
「ここで、一つ相談があるんだ。」
皆が吉野のほうを向く。
「今度のひまわり苑での僕の演目『ミートひさし』を辞めて
橘君の『喜多川三郎』をやってもらおうかなって。」
何!?俺が!?健治は驚いた。
いや、他の部員も驚いている。
「どうしてなの?吉野君」
山村が訊く。
「他の演目とバランスがとれてない気がするんだよね。
ネタもいろいろ考えたけど、どれもご年配の人にウケるかどうか微妙なところで。
だったら、橘君の演歌で盛り上げてもらったほうがいいように思えて。」
「お、俺ですか!?」
健治は目を丸くする。
「確かに、さっきこっちまで聴こえていたが、そこそこ完成度も高いな。」
長谷川が続ける。
「…で、どうなんだ橘。吉野の代わりにお前イケそうか?」
「え、あ、はい!イケます!」
「じゃあ決まりだね。」
吉野はニコっとして言った。
健治は、あまりにもあっさりと自分の出演が決まり、少し動揺した。
「どうせなら、本番までに歌うときの表情や目線も練習してほしいな。」
山村が言う。
「が、ガンバリマス!!」
健治は立ち上がった。
「よかったじゃねーか橘ちゃん!」
端で見ていた池田が言う。
やった!モ部に、ついに俺のモノマネが認められた!
健治はニヤニヤしそうなのを必死でこらえ、静かに座った。
すると隣から視線を感じた。
岡島だ。
やばい、岡島先輩は自分の先を後輩に越されてきっと悔しいに違いない。
健治はおそるおそる、岡島を見た。
岡島は微笑んでいた。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で
「おめでとう☆」と囁いていた。
「出演が決まったからには、猛特訓して、当日までの細かい打ち合わせも参加してもらうが、いいな?」
長谷川は健治を見る。
「はい!もちろんです!」
健治は由里子のほうを見た。
由里子も健治を見て、満面の笑みでアイコンタクト☆可愛い!
よおおおおおし!
俺の時代だ~~~!!健治は気合いが入り、皆が解散してからも
視聴覚室のカラオケで練習して帰った。
次の日、健治は山村の演技指導を受けることになった。
山村が言う。
「橘君は歌真似は出来てるんだけど、歌うときの姿勢や動きの真似っていうのも、もっと仕上げたほうがいいよね!」
健治が頭を掻きながら言う。
「俺、先輩から借りたCDでずっと練習してたんですが、喜多川三郎が実際に歌ってる姿をじっくり『見た』ことはなくって。」
「うん。そうだろうなと思って、こんなものを持ってきた!」
山村は何かのDVDを取り出し、視聴覚室のプレーヤーに読み込ませた。
そして、再生ボタンを押す。
始まったのは演歌番組だった。
「えっと、まだ先のほうだったかな。」
山村は早送りを始めた。
「あ、これこれ!」
再び再生ボタンを押す。
すると、ちょうど『宴』の前奏が流れ始め、着物を着た喜多川三郎が登場した。
前奏の間、喜多川はマイクを持ったまま両手をリズムに合わせて軽くなびかせている。ここで山村はDVDを一時停止。
「橘君、この動き、真似できる?」
「え、は、はい!こう…いう感じです…かね?」
健治は両手を喜多川のようになびかせてみせた。
「うん、ばっちりね!」
すると山村はまた再生する。
喜多川が歌い始める。
『お~~~~~~とこなら~~~~♪』
左手のマイクを口に当て、右手は大きく開き、拳を握る。
ここでも一時停止。
山村は健治に訊く。
「これは出来る?」
「『お~~~~とこなら~~~~♪』ってこんな感じですか?」
「おっけー!さすがだよ!飲み込み早い!どんどんいくよ!」
また再生。
『う~~~~たげ~~~~ではぁ~~~♪』
マイクに対し顔を少し左右に動かし、同時に拳を揺らす。
またまた一時停止。
こうして何度も何度も再生と停止を繰り返し、動きを一つ一つ拾って再現してみる作業はたった一曲流すだけで1時間にも及んだ。
「橘君、体の動きはだいたい分かっただろうから、今度は目線を作ってみよう!」
健治はちょっと疲れてきていたが、山村の熱心さに逆らうことはできず
そのまま、今度はDVDを再生しながら目線を研究することになった。
健治はちょっとだけ、手を抜こうとし、DVD通りではなく、適当なところに目線をやって歌った。
すると山村が
「だめ!全然違う!目が泳いじゃってる!それ、一番よくない!」
珍しく健治を叱った。
どうして山村はこんなにモノマネに熱心なのか健治は疑問に思えてきた。
「先輩って、なんでそんなにモノマネに熱いんすか?」
健治は訊いた。
「熱い…かな?」
「はい、他の先輩よりも意欲が見えるっていうか、俺の指導も一生懸命やってくれてますし。」
「ははは。なんか怖かったかな?ごめんね。たぶんウチの『親』の影響。」
「『親』?」
「うん。ウチの父親『ものまねパブ』経営してて。」
「『ものまねパブ』!?」
『パブ』ってなんだ!?健治にはそこが大人の店であることぐらいしか分からなかった。
「そう、ものまねのショーを見ながらお客さんがお酒飲んだりご飯食べたりする夜のお店。」
「先輩のお父さんって凄いんですね!」
「凄いのかどうかは分からないけど…とにかく、ものまねが大好きな父で。
あたし、小さい頃からそこで働くプロのものまね芸人さんたち見てきたから、いつかあたしもあんなふうに舞台に立ちたいなって思ってる。」
「先輩、プロ志望なんですか。」
「うん。ありがたいことに環境は整ってるからね。あとは努力と運しだいかな。またテレビにも出たいし。」
「夢があるっていいですね。」
健治がそういうと山村は遠くを見つめながら微笑んだ。