シャイな男、岡島
「う~たげだ♪うたげだ♪ははぁあ~ん♪うたげ~♪」
健治は帰宅後、喜多川三郎の『宴』のモノマネを練習していた。
「アンタ!何時だと思ってるの!静かにしなさい!」
母親が部屋に入ってきた。
「最近、大声でこんな遅くまで歌ったり、漫画読んだり、ゲームしたり!
勉強はちゃんとしてるんでしょうね!?」
勉強はしていない。
しかし、全てモ部のためだ。
「うるせぇよ、ババア!」
健治は言い返した。
「母親に向かってババアとは何よ!」
「ババアに向かってババアって言ってるんだよ!」
「なんですって!?」
「うるさいから出て行けよ!」
「もう!なんなのよ、その態度!」
「俺は忙しいんだよ!」
母親は、フクフクしながら部屋を出て行った。
健治はなんだかんだでモ部のために地味に頑張って(?)いる。
この努力を認めてくれる人は、まだ誰もいない。
早くモ部に認められたい。
誰より、由里子ちゃんに褒められたい。
そして部長の長谷川をぎゃふんと言わせたい。
そんなことを思っていると、ケータイにメールが届いた。
長谷川からだ。
「モ部のパフォーマー部員へ
明日は、視聴覚室でネタ見せを行います。
原則、パフォーマー全員参加で。
各自、今練習中の新しいモノマネを
披露できるように、準備をお願いします。
何か質問ある方は長谷川まで。」
なんだ!?ネタ見せ?
みんなの前でモノマネやるのか!?
俺もなのか!?
健治は混乱する。
今、健治が練習中なのは喜多川三郎の宴のモノマネと、動物のモノマネしかない。
この2つを明日、部員の前で披露することになるとは!
準備ってなんだ?
今は夜の10時。明日までにやらなくちゃいけないことは…
健治は『歌詞の丸暗記』が、まだ出来ていないことに気が付いた。
やべーーじゃん!?
明日の放課後までに、宴の歌詞全部覚えろってか!?
健治は焦り始めた。サビ以外、まったく頭に入っていないのだ。
時間が無い!
健治は徹夜して、歌詞を暗記することにした。
母親にうるさいと言われたので、ヘッドホンを装着し、口パクで歌う。
これでなんとか、なるはずだ。
翌朝、健治は目の下にクマを作って登校することになった。
「健治君!おはよう!」
由里子が声をかけるも健治は眠たくて元気が無い。
「あ…おはよう…」
「あれ、元気ないね?聞いたよ?今日パフォーマーのネタ見せなんでしょ?」
「うん。そう。」
「あたしと、池田君も見学に行くから頑張ってね!」
「ありがとう。」
その日の授業中、健治は居眠りばかりしていた。
「こらこらこらこら~!橘~こら~!起きんか~こら~!」
先生に怒られてばっかりの一日だった。
そして放課後。
健治、由里子、池田の三人は視聴覚室に向かう。
そこには既に、長谷川たちの姿があった。
「よし、これでパフォーマーが全員そろったし、じゃあ、二人一組。ペアを作って。」
「ペア?」
健治が聞く。
「ああ、そうだ。言ってなかったかな?ネタ見せはペアになってお互いのモノマネを見せ合うんだ。」
聞いてねぇー!
もっと大勢の前で披露するのかと思ってドキドキしてたのに、
なんだよ!一人の前でやるなら初めからそう言えよ!
健治は長谷川にムカついた。
「質問あったなら昨日のうちにメール返せ。」
長谷川は健治に言い放つ。
確かに健治はネタ見せについて疑問がっあったにも関わらず、昨日の長谷川のメールには返信しなかった。
「じゃあ、俺と山村、田中と吉野、橘と岡島がペアってことでいいか?」
岡島!?誰だそれ!?
ひまわり苑のパフォーマンスリストには居なかった名前である。
健治がキョロキョロしていると
「や、やあ。橘くん。こっちだよ。」
と小さな声で呼ぶ、見たことも無い、いや、見た覚えが無い、影の薄い男がいた。
「えっと…おか、じまさん?何年生ですか?」
「僕、2年生。」
「あ、先輩なんですね。」
「2年は僕一人。1年もキミ一人だね。」
「あ、はい…。」
この男がパフォーマーなんてできるのか?
とにかく声が小さい。
「じゃあ、はじめようか。キミのネタから見せてもらっていい?」
「え、俺からですか、わ、わかりました。」
健治は岡島にモノマネのリストを手渡す。
『ゴリラ』
『猫』
『象』
『ヤギ』
『ニワトリ』
『カメ』
『ブタ』
『犬』
『喜多川三郎』
…と書いてある。
「じゃあ、順番通り、ゴリラからやってもらっていいかな?」
「あ、はい、じゃ、やります。『ウッホウッホ』」
「あはは、うまいなぁ、これは子供にウケるよ。次、猫。」
「『にゃ~んにゃ~ん』」
「あはは、可愛い。次、象。」
「『ぱお~~~~~ん』」
「ああ、その鼻をプラプラさせる感じ、いいね。」
褒めてくれる岡島に健治は気分が乗ってきた。
「次、ヤギ」
「次、ニワトリ」
「次、カメ」
「次、ブタ」
「次、犬」
健治は動物のモノマネを思いっきり気持ちよくやってみせた。
「いいなぁ、橘君。この流れで喜多川三郎も見せてよ。」
健治は昨夜覚えた歌詞を思い出しながら、なんとか最後まで『宴』を歌いきった。
「わあ、そっくりじゃん!橘君、よくここまで練習したね。歌詞も全部覚えてるなんて。凄い新人だよ、キミ。」
岡島は健治を褒めた。
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ次、僕の番ね。これが…ぼ…ぼくの…リスト…」
岡島の様子がおかしい。少し震えているように見える。
リストには
『EXCELのボーカル』
『坂下忍』
『オーディエンス若林』
…と、今旬のアーティストとタレントの名前が書いてある。
「えっとじゃあ、EXCELのボーカルから、見せてもらえますか?」
健治は言う。
「えっと、ちょっと、ちょっと待って!」
岡島はそういうと深く深く、深呼吸をした。
「はぁ~。じゃ、じゃあ、やるよ?」
健治は頷いた。
「『ひっ、ひっとりでは~♪あ、あえないキミの~♪お、想いすら~♪』」
こ、これは…!!
健治は思った。想像以上に『似ていない』。
声も小さく不安定だ。
なんだ?この先輩、俺の前で歌うだけで緊張してるのか?
岡島は歌の途中で
「ああ、やっぱダメだ。ごめん、これ無しにして!」
と、EXCELのモノマネを諦めた。
「え、っと…じゃあ、次の坂下忍をお願いします。」
「『お、お前らなんかに、い、言われてたまるかよ!』」
「…。」
これは酷い。
似てないどころか、真似にすらなってない。緊張で声が裏返ったのだ。
「い、以上です。」
「あ、そうなんですか。じゃあ次、オーディエンス若林。」
「『い、いやあね…そ、そんでね…』」
「…」
かすかにモノマネしてるんだろうな…って分かる程度の出来だった。
「あ、なんか、ごめんね。以上です。」
これ、なんて言葉かけたらいいんだよー!?
健治は困った。とてつもなく困った。
「やっぱりダメだ…僕…」
岡島は言う。
「僕…人前でモノマネすると緊張して似てなくなるんだ。」
「『人前で』ってことは?」
「家で、一人で練習してるときはまあまあ似てるんだ。ホントだよ?でも
誰かに見られていると思うと、恥ずかしくって真似できないんだ。」
「な、なるほど…」
「堂々とモノマネできるキミ達が羨ましいよ。このままじゃ、いつまで経ってもパフォーマンスできないパフォーマーのままだ、僕。」
岡島は落ち込んでいた。健治はちょっと迷ったが励ますことにした。
「だ、大丈夫っすよ!先輩!きっと、上手くできるようになりますって!」
「…そうかなぁ。」
「そうっすよ!元気出しましょう!」
「…自信ないよ。」
「俺、練習付き合いますから!」
「え、いいの!?」
「いいっすよ!」
「あ、ありがとう!嬉しいよ、こんな後輩ができて。僕、とっても嬉しい!」
岡島は立ち上がり、今までで一番大きな声を出した。
すると、他の部員が岡島のほうを見る。
岡島は恥ずかしそうに、座った。