部員の実力
「では、モ部に関する説明は以上だ。この後は各自、今度のひまわり苑の公演のための準備にあたるように。解散。」
長谷川がそういうと部員達は席を立ち、グループごとに打ち合わせを始めた。
健治、由里子、池田の三人はどうしたらいいのか分からず、キョロキョロしていると副部長の山村が声をかける。
「新入部員三人は、こっちのパフォーマーの話し合いに参加しなよ。」
「ひまわり苑での公演の台本が仕上がったから、これ見て。」
吉野は三人にホッチキス留めされたプリントを手渡した。
一枚目には『ひまわり苑 5月24日(土)』とでかでかと書いてある。
二枚目には細かく、当日のタイムテーブルが、
三枚目以降は、それぞれの演目とセリフ、動きなどが書いてあった。
長谷川はプリントをめくりながら言う。
「そこに書いてある通り、今回は30分間のパフォーマンスを行う。演目リストもこれで確定した。
田中の厚居達郎のトークのモノマネに始まり、そのまま歌も歌う。そのあと山村の鮎川千鶴の演歌、吉野のミートひさしのトーク、俺の中林幸子だ。」
厚居達郎は映画「熊さん」でお馴染みの古い俳優だ。もう亡くなっている。
鮎川千鶴はお年寄りから大人気の演歌歌手。
ミートひさしはもともとはお笑い芸人で、本名は久野ひさし。いまや映画監督もやっている大御所タレントだ。
中林幸子は年末の音楽特番などでの豪華衣装が有名な歌手である。
「長谷川先輩が中林幸子やるんですか!?長谷川先輩、女の声まで出せるんですか!?」
由里子は大変驚いていた。吉野がニコニコしながら言う。
「うん。半年前から、長谷川君のレパートリーに加わったんだ。これが、老人ホームでは好評だから、最近じゃ毎回ハズせない演目になってるんだよ!」
「すごい!」
由里子はキラキラした目で長谷川を見る。
由里子の隣に居る健治は、それが気に食わない。
「じゃあ、今日は全員一度、通しで練習してみない?由里子ちゃんのMCの感じも確認しておきたいし。」
山村が提案する。
「いや、悪いが俺はパスだ。」
長谷川が言う。
「今日までに衣装スタッフと、新しい衣装の詳しい打ち合わせをしておきたい。俺以外のメンバーでできるとこまで練習してもらっててもいいか?」
「えー!せっかく長谷川君の中林幸子聴けると思ったのになあ…」
山村は残念そうだ。
「まぁまぁ。長谷川君は部長だし、何かと忙しいんだよ。仕方ないよ、僕たちだけで練習しよう。」
吉野がなだめる。
なんだよ、せっかくコイツの実力のほどを見てやろうと思ったのに逃げやがって…
健治は他の誰より、実は長谷川のモノマネを見たがっていたのであった。
「じゃあ、始めようか。最初は由里子ちゃんのMCの挨拶からね☆」
山村が練習を仕切り始めた。由里子はまっすぐ立ち、ボールペンをマイクに見立てて構え、
「はい。ええと、『みなさん、こんにちは!私たちは県立清楽高校のものまね部です』」
「…うん、いい感じ!ただ、もうちょっとだけ、元気出せる?笑顔で。」
「あ、はい、すみません。」
「謝らなくていいよ!やっぱり、放送部出身なだけあって、声が綺麗だから聞きやすい。自信持っていいと思うよ☆」
「あ、ありがとうございます☆」
山村の指導は基本、『褒める』。
その指導方法に由里子も思わず、笑顔になる。
ああ、由里子ちゃんの笑顔は素敵だ。そしてこの可愛い透き通る声。
健治は練習中ということを忘れるくらい、由里子に見とれていた。
「『それではまず最初に、この方のご登場です!熊さん、こと厚居達郎さんです☆』」
「よし!最初の演目紹介も完璧!このまま田中君、パフォーマンスいける?」
山村はパフォーマーの田中を見た。
田中はちょっと髭の濃い、のそっとした感じのおとなしそうな男子部員だ。
「うん。やる。」
田中は上着を肩にかけ、独特の歩き方で皆の前にやってくると台本通り、
「『おいらぁ、生まれも育ちも、森尾町。人呼んでぇ、森の熊さん。』」
とセリフを言う。
「!!」
新入部員三人は驚きを隠せなかった。そっくりなのだ。
そして、さっきまでのおとなしそうな男子はどこへやら、堂々として
安定感のあるモノマネ。
古い役者をあまり知らない健治でさえも、そのモノマネがそっくりであることがわかった。
「『ってなわけで、今日はひまわり苑に来たんでぃ、一曲歌っとくかー。』」
「はい、ここで曲流す~」
山村は音響のスタッフを側に呼びつけ、曲のタイミングを教えた。
曲は厚居達郎の代表曲「夕暮れ三昧」だ。映画『熊さん』のテーマソングである。田中は見事な歌いっぷりを見せた。
「…で、曲終わりーの、すぐMC!」
「『みなさん、いかがでしたか?懐かしい映画の世界に入り込んだような、そんな気分になったのでは、ないでしょうか?では続きましてー、この方も歌では負けてはいません、鮎川千鶴さんのご登場です!』」
「はい、ここで曲ー!前奏の途中で~、アッ!あたくしが、イヨッ!出てきます。ハッ!」
山村はリズミカルに踊りながら、皆の前にやってきた。
「『どうも、皆様、鮎川、鮎川千鶴でございます♪それではお聞きください、桜故郷。ぃいや~あねぇ~♪あの人♪元気~かし~ら~♪』」
「!!」
新入部員三人はまたもや驚いた。
歌い始めの何小節かだけで伝わってくるすごい歌唱力とパワフルな動き。
プロの歌手顔負けの上手さである。
三人が感心しているうちに、曲はサビの部分にさしかかった。
「『さくら♪さくら♪あなたと~さくら♪』」
健治は、一緒に暮らしているばあちゃんの部屋でいつも流れていた、あの曲だ、と思い出した。
うん、かなり似ている。ばあちゃんの部屋のカセットテープと変わらない声質だった。
「でー、曲が終わるちょっと前にー、『ありがとう、ありがとうございましたぁ~』で手を振りながら下手にはける。」
山村は自分の演目に関して完璧に台本を把握していた。
「~で、すぐまたMC!」
「『とってもパワフルな、鮎川千鶴さんでしたー。さて、モノマネはまだまだ続きますよ~!続いては、この方。世界の久野!ミートひさしさんです!』」
「~で、上手から吉野君。」
吉野はゆっくり、台本にない言葉をなにかブツブツ言いながら皆の前に歩いて出てきた。
「!!」
またまた、新入部員三人は驚いたのだ。
歩き方がミートひさしそのものだった。レベルの高い形態模写である。
「『なんだバカヤロー、年寄りばっかじゃねーか、バカヤロー。おーい、誰か若いねーちゃん、連れてきてくんねえかなっつって、バカヤロー。』」
健治は、まるで目の前にミートひさし本人が現れたような不思議な感覚で吉野を見ていた。
「『俺が、昨日徹夜で考えたコイツを発表します。こんなひまわり苑は嫌だ』」
吉野は大きなスケッチブックを開いて、ミートひさしがテレビでよくやってるようなネタを始めた、のだが。
「あああー、ごめん。ネタまだ修正しなきゃいけないから、ここまでで止めていい?」
吉野は山村に向かって言った。
「ええーーーー!吉野君のミートひさし、もっと見たかったのにぃ!」
山村はここでも残念がった。
山村だけではない。見ている部員全員、このネタの続きが気になるのだ。
「ごめん、みんな。いい流れだったのに止めちゃって。台本に書いてあるネタ、自分でイマイチな気がしてさ。まだ、未完成です。すいません。」
ひまわり苑公演の練習はここで終わり。
健治はこの部員たちのモノマネをもっと見たくなった。
と、同時に凄まじい不安に駆られた。
このモ部の部員達は、とんでもなくモノマネがうまい!プロのものまね芸人みたいだ。
こんな中で俺はパフォーマーとしてやっていけるのか!?
「健治君、顔色悪いよ?大丈夫?」
由里子が心配する。
「ああ、だ、大丈夫。」
「しかし、ホントすごいっすねー先輩達。モノマネ、全部完璧っす!」
今まで黙って見ていた池田が言う。
「これでも、本人的にはまだまだな部分が多いんだけどね。」
吉野が返す。
「橘ちゃんも、早く一人前のパフォーマーにならねえとな!」
この池田の一言が、今の健治にはプレッシャーである。
「お前、ちょっと黙れ…」
健治は正直、パフォーマンスを見るまでこの部員たちを心のどこかで舐めていたことを反省した。パフォーマー部員は健治が思っていた以上の実力者ばかりだということを思い知り、自分の自信の無さにも気づいたのだ。
とりあえずどうしよう。今から、昨日言ってたみたいにカラオケで演歌の練習をしようか。それより先に考えなくちゃいけないことは無いか。
ああ、オーディションが近いんだった。ネタは自分で考えろとか長谷川のヤツ、部長のくせに無責任だぜ。『マニアック』ってなんだ?テレビで見たことある企画なのに、自分は何をどうしたらいいのか分からない。
健治の頭の中は今度のオーディションのことでいっぱいになった。
健治はさっそく、構成作家の吉野に相談することにした。