特訓開始
健治と由里子は、『モ部』に入部した。
由里子は次の『ひまわり苑』での公演からMCデビューすることが決まり、
毎日のように部のミーティングに参加している。
一方健治は、毎日まっすぐ(部活に行かず)家に帰り一人でモノマネの練習にふけっていた。
早くモノマネで長谷川をうならせたい。
先日吉野から受け取ったノートを見ながら、鏡に向き合い、歌を歌う。
今練習しているのは超大物演歌歌手、喜多川三郎の代表曲『宴』だ。
「う~たげだ♪うたげ~だ♪はあはあ~ん♪うたげ~♪」
はあはあ~ん♪が上手く歌えない。
CDを止め、はあはあ~ん♪の部分を何度も歌いなおす。
「はあ、はあ~ん♪はあ、はあ~ん♪はあはぁん、っあっへぐおっへ!」
力みすぎて咳き込んだそのときだ。
家の外から声が聞こえた。
「健治く~ん!由里子だけど~、いますか~???」
由里子だった。
今のはあはあ~ん♪の練習が聞かれていたらちょっと恥ずかしい。
健治はちょっと照れながら、玄関のドアを開けた。
「あ、健治君。自主練の調子どう?」
「うーんと、ぼとぼちかな。」
「あのね、今日ミーティングのとき副部長の山村先輩から預かってきたんだけど」
由里子は小さなメモ紙を健治に手渡した。
「健治君にこれも、練習するようにって。」
メモには『ゴリラ』『猫』『象』『ヤギ』『ニワトリ』など動物の名前が並んでいた。
「え…動物?」
「今日、また新しく依頼があったみたいで、保育園なんだって。」
「ああ、なるほど」
「小さな子供に分かるレパートリーも必要で…って話だったよ。」
「小さな子供かあ。」
「先輩、健治君に会いたがってたよ。そろそろ、部活に顔出したら?」
「そうなんだ。いや、でもまだモノマネが未完成だからな。バカにされそうで」
「気にしなくてもいいんじゃない?部員なんだし。視聴覚室のカラオケ使って練習したほうがきっと上手くなるよ。」
「カラオケか…」
「あたし、今日ミーティング終わりに一曲歌わせてもらったよ!」
「!?」
由里子ちゃんの歌!?俺は小学校の合唱コンクール以来、由里子ちゃんの歌なんて聴いたことない!!健治は焦った。
こんなに可愛い由里子ちゃんの可愛い(であろう)歌声を長谷川たちは今日聴いたのか!?
健治は自分の先を長谷川に越されたようでムカついてきた。
だいたい長谷川ってヤツは、経験があるだけで偉そうなのが気に食わない。
実際、長谷川のモノマネってどれくらいの実力なんだろうか。健治は気になり始めた。
「ようし。由里子ちゃん。俺決めた!明日からちゃんと顔出すわ。」
「やったぁ!明日は部員みんなの練習もあるみたいだし、楽しみだね!」
翌日の放課後。
健治と由里子は、視聴覚室へ向かった。
そこには既にたくさんの部員が集まっており、中には健治が見たことがない部員もいた。
なんだ?こんなに部員がいるのか!健治は驚いていた。
「橘。ようやく来たな。調子はどうだ?」
長谷川が訊く。
「ええっと、まあ、ぼちぼちです。」
久々に顔を合わせるためか、少し緊張しながら答えた。長谷川は続ける。
「今日は今年度初めての、部員全員が揃う日になる。あと一人、新入部員がいるんだが…遅いな。」
新入部員?聞いてないぞ?といった感じで、部員達はざわざわし始めた。
そのときだ。視聴覚室のドアが開いた。
「遅くなってすいません!先生に呼び出し食らってました!!」
と、やってきたのはクラスメイトの池田だった。
「池田!?なんで、お前がモ部に!?」
健治が訊く。
「…いやあ、橘ちゃんが入部したって聞いて、俺興味持ってさ。他の部活より面白そうじゃん?だから俺も、入部することにしたぜ!」
「そっか。」
「よし、これで全員揃ったな。今日は新入部員に、改めてモ部についての説明をする。一旦全員席に着け。」
長谷川が言うと、部員たちは席に着いた。
「まず始めにこの部活の活動内容だ。手元の資料を見てくれ。」
健治は机の上のプリントに目を向けた。
そこには『昨年度の公演実績』という項目があった。長谷川は続ける。
「モ部は主に、老人ホームや子ども会を中心にモノマネの公演活動を行っている。昨年度は全部で23公演。月に最低1公演は行っている計算になるが、今年はもっと後半にかけて増やしていけたらと思う。次に、オーディションについてだが、まだ今のところ予定は入っていない。」
オーディション!?なんだ、それ。健治は驚いた。すると背の高い女性部員が発言した。
「部長、昨日ネットでチェックしたら、『マニアックすぎて伝えづらいモノマネ』が一般募集スタートしてました。締め切りは今月末、オーディション開催は来月第一週の土曜日。場所は隣町にあるテレビ局です。」
「なんだって?じゃあ、今年度最初のオーディションはそれになるな。」
「あの…、それは一体…なんなんですか?」
由里子が手を上げながら訊く。長谷川は答える。
「あ、勝手に話を進めて悪かったな。モ部は公演活動のほか、テレビ番組等のモノマネオーディションにも積極的に参加している。去年は副部長の山村が全国ネットのテレビ番組に一度出演している実績がある。」
「て、テレビ!?」
池田が驚いた声を上げる。
「そうだ。モノマネ番組の一般公募の告知があれば、どこかの公演日と被っていない限り、パフォーマーは全員参加することになる。」
え!?パフォーマー全員参加ってことは、俺もじゃねえか!しかも来月ってすぐじゃねぇか?健治は焦りを感じた。
「話、続けてもいいか?」
長谷川は部員全員を見渡しながら言った。
「あ、はい。大丈夫です。」
池田が答えた。
「次に、この部の役割分担についてだが、大きく分けて2つに分かれている。1つはパフォーマー。もう1つはマネージャー、とも言うが、ここではスタッフと呼んでいる。」
長谷川は続ける。
「パフォーマー部員は、その名の通りモノマネをやる。公演やオーディションに向けて日々練習し、研究を重ね、腕を磨き、レパートリーを1つでも多く増やしていく必要がある。
スタッフ部員は活動に必要な情報収集、衣装、メイク、現場での音響、撮影など、全般的なパフォーマンスのサポートを行っている。」
へえ。なんかプロの世界みたいだな…と健治はちょっと感心した。
「あのぉ~、俺、構成作家っていうのに興味があるんですけど…」
池田が発言した。長谷川が答える。
「構成作家は今のところ、吉野一人で担当しているが…そうか。跡継ぎも必要だな。じゃあ、池田に関しては吉野が徹底して面倒見るようにするか。兼任して、パフォーマーかスタッフしてもらうが、どっちかもう決めたか?」
「えっと、俺、スタッフやりたいっす。将来テレビ局で制作の仕事するのが夢なんで、ここで少しでも勉強できれば嬉しいっす!」
「そうか。じゃあ決まりだな。」
なんだよ、池田!お前はパフォーマーじゃないのかよ!テレビ局?制作?夢語ってんじゃねえよ。健治は池田に裏切られたような気分になった。
「モ部の説明はこの程度だが、新入部員の3人、質問はあるか?」
健治はさっきのオーディションについて気になって手を上げた。
「あのう…オーディションって何やるんですか?」
「『企画にふさわしい』モノマネだ。」
「『企画にふさわしい』ってのは?」
「番組ごとに、企画の意図がある。『顔そっくりさん』募集と『モノマネうまい人』の違いは、わかるな?」
「はい。」
「次の『マニアックすぎて』は、よりマニアックなモノマネが要求されている企画だ。」
「それってつまり…」
「マニアックなモノマネのレパートリーが必要になる、ということだ。」
健治は不安になった。まだ喜多川三郎の宴をマスターできていないところに、動物のモノマネも練習しなくちゃいけない、そこにマニアックなモノマネも加わった。
「ちなみに、ネタは自分で考えろ。」
長谷川が言い放った言葉に、健治の心は押しつぶされそうになる。
「どうしても一人で無理だったら、作家の吉野、池田と相談するといい。」
相談する!すぐ、する!今の俺にはどうしても無理!なことが、健治にはよく分かっていた。