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モ部って

放課後。

健治と由里子は職員室前の廊下で待ち合わせた。

なんか、こういう待ち合わせってカップルみたいで嬉しいな~♪と健治は思った。


「健治君、おまたせ~!」


由里子は職員室から出てきた。


「モ部、部室がないらしくってどこで活動してるのか先生に聞いてきたよ!」

「部室がない部活なの?」

「うん、視聴覚室使ってるんだって。」

「視聴覚室…」

「ああ~、ワクワクするなあ~!」

「そうなの?」

「だって、あたしモ部のマネージャーやりたくてこの高校に決めたんだもん。」

「へぇ~。そんなにいい部活なのか。」

「うん。前に、この高校の文化祭に遊びに来たときに、モ部の出し物見てね、凄いって思ったの!今の部長の長谷川一郎先輩っていう人、すごくカッコよくて素敵なの。あたし、一目惚れしちゃって…」


由里子の表情が変わった。恋する乙女の顔だ。

いや、いや、ちょ…ちょっと待てよ!?

どういうことだ!?健治はとっさのことで頭が混乱した。

なに?なに?一目惚れだとーーーーーーーーーーーッ!?

健治がこれまで築き上げてきた、由里子との恋愛妄想は一瞬にして砕け散った。

間違いない、由里子ちゃんはその長谷川というモ部の部長に恋をしている。

ならば!その男に俺は、勝たなければならない!健治は長谷川に対するライバル心に火がついた。


「そそ、そ、そうなんだぁ~」


健治は、口が笑っているが目が笑っていなかった。

その後これといった会話はなく、二人は視聴覚室に向かった。


「失礼します。」


視聴覚室の扉を開ける。するとそこには、机を並べて何やら話し合っている部員たちがいた。


「あ、見学?」


スラっとして顔立ちの良い男が、健治たちを見る。


「そ、そうです!」


由里子はちょっと緊張したような声で答える。


「悪いけど、今日はミーティングなんだ。パフォーマンスは出来ないけどいい?」

「だ、大丈夫です。」


由里子の顔が真っ赤だ。そう、この顔立ちの良い男が長谷川である。

ミーティング?パフォーマンス?

健治はますます、このモ部という部活が何をする部なのか分からない。


「じゃあ、話し合い続けるから、二人はその辺で座って聞いといて。」


机の前のホワイトボードには

『ひまわり苑』『30分』『吉野』『山村』『田中』『長谷川』とだけ書いてある。


「じゃあ、今回のひまわり苑の30分はこの4人のパフォーマンスで…あ、しまった、MC誰がやる?」

「俺、音響なんで無理ですね。」

「私、着替えのサポート回るんで無理です。」

「まいったな、しょうがない俺が衣装着たままやるか。」

「え、でもそれじゃ長谷川君、せっかくのトリなのに台無しになっちゃう。」


健治は何のことを話し合っているのか全く分からなかった。

そのときだ。


「あの…私、放送部出身なんで…」


由里子が話し始めた。


「もし…私でよかったら、MCさせていただけませんか?」


長谷川が由里子のほうを見る。


「今日、初めから入部する気で来てくれたの?」

「はい。入学前からモ部に憧れてて…」

「あ、そうなんだ。」

「私、パフォーマンスは何も出来ませんがマネージャーとMCならやれると思って…」

「そうか。じゃあ、5月24日のMCは君にお願いしようかな。」

「あ、ありがとうございます!が、頑張ります!」

「うん、宜しく。…ところで、隣のキミは?」


長谷川が健治を見る。


「え、あ…俺はその…」

「ただの付添いか?」

「いや、その…一応…入部希望…じゃない、えっと…」

「なんだ、モノマネに興味ないのか?」

「モノマネ!?」

「そうだ。モ部は『ものまねをする』部活だからな。」

「え!!」


ここでようやく健治は『モ部』が『ものまね部』の略であることに気がついた。

モノマネ?それなら毎日教室でやってるし自信がある。

なんだコイツらただのモノマネ部か。真剣に何を話し合ってるのかと思えばモノマネのことか。ちょろいぜ。


「お、俺!モノマネ得意っす!」

「おお、なんだ。パフォーマー希望か。」

「そう、そうっす!」

「じゃあ、今なんか出来るか?」

「え、モノマネっすか?」

「ああ。完成度次第では次のひまわり苑でのパフォーマンス、キミにも出演をお願いしようかな。」

「わ、わかりました!」


健治はホワイトボードの前に立ち部員のほうを向いた。


「ええ、それでは~始めに、『理科の遠藤先生』のモノマネ。」


部員は健治を見つめる。


「こらこらこらこら、寝るんじゃない!授業中だぞ、こらこらこらこら!」


部員は誰一人笑わず、ただ健治を見つめ続ける。


「え~っと、続きまして~『保健室の細川先生』。」


これもまたウケない。どうしてだ?いつもクラスメイトには大ウケしていたはずなのに。


「『数学の田辺先生』」


これも。


「『英語の中山先生』」


これも。


「『家庭科の江口先生』」


これも。


「『体育の塚田先生』」


これも。


「『校長』…」

「もういいよ。」


いっこうにウケないことに焦りつつも健治はモノマネを続けようとしたが、

長谷川が止めた。


「なんでですか!」


健治はウケないことと、モノマネを止められたことの両方が納得いかなかった。


「キミ、名前は?」


長谷川が訊く。


「橘です。」

「橘。キミに大事なことを言い忘れた。」

「なんですか。」

「入学してまだ間もないキミが、これほどたくさんの教員の特徴を捉えたモノマネができるのは観察力、度胸ともに大したもんだと思う。

だがな、橘。このモ部では、本校の『教員のモノマネは禁止』されているんだ。」

「え!」


なんだよ、先に言えよ!健治はちょっとイラついた。


「残念ながら今のモノマネは全部、モ部的にボツだ。」

「なんで、教員の真似は禁止なんですか?」

「このモノマネ部は学校に認められた、れっきとした『部活動』なんだ。」

「はい。」

「すなわち、『先生方をバカにしたような』パフォーマンスは禁止だ。」

「ええ!?べ、別にバカになんて」

「真似するだけで、バカにしてると思われてしまうんだ。」

「そういうもんなんですか。」

「そうだ。今後はくれぐれも、部の活動内において教員のモノマネをしないよう、気をつけてほしい。」

「部活以外ではやってもいいんですか?」

「プライベート、クラス内程度に留めておく分には構わん。」

「そうですか。」


健治は少しほっとした。

クラスの皆を笑わせるお調子者にとって先生のモノマネは必須だからだ。


「教員以外のモノマネは出来るの?あ、私、副部長の山村です。」


女の先輩が健治に訊く。


「あ、え~っと…市村泰三とか。」

「市村泰三かぁ。」


ど、どうなんだ?これなら教員じゃなくタレントだしイケるんじゃないのか?

健治は、市村のモノマネが出来るよう、心の準備をした。


「却下だな。」


長谷川が言う。

健治は意味が分からなかった。自分が得意なポップなタレントのモノマネを、見る前からボツという長谷川に、またイラっとした。


「なんで見る前から却下だと決めつけるんですか!」


勢い余って健治は、長谷川に詰め寄る。


「落ち着け。今度の『ひまわり苑』には出演できない、というだけだ。」

「どういうことですか。」

「『ひまわり苑』は老人ホームだ。モ部は老人ホームや子ども会などから依頼を受け公演を行っている部活なんだ。その都度、訪問先に合わせたモノマネレパートリーが必要となる。」

「市村はダメなんですか。」

「お客さんが同世代ならいいが、今回はご年配の方々だからな。どう考えても市村は若手芸人だし、知名度は低いだろう?」

「…そうですか。」

「老人ホームなんかでは、演歌歌手や古い、もう亡くなった俳優のモノマネなんかが人気どころでな。その辺のモノマネが出来るとありがたいんだが。」

「…できません。ってかその辺の有名人を、俺知りません。」


ちくしょう。なんかこの長谷川って部長にバカにされてるみたいで健治は悔しかった。


「じゃあ、まずはレパートリー増やさないとパフォーマーは無理だな。」


長谷川が健治に言い放つ。


「それじゃあ、最初は歌真似からいっときますか。」


端の席に座っていた眼鏡の先輩が、初めて発言した。


「え、なんで歌真似なんですか?俺、やったこともないですし…タレントとかの喋りのほうがまだやりやすそうなんですけど。」

「橘君。最初は絶対、歌がいいよ。僕はこの部で構成作家を担当している吉野だよ。」

「構成作家!?」


まるでプロのような響きに健治は驚いた。


「僕はモノマネパフォーマーと構成を両方やってるんだけど、新人にやらすには歌真似が一番いいと思ってる。その理由は2つ。」

「はあ…」

「1つは、歌だと台本が不要だという点。喋りのモノマネだと同じ時間の尺内で何を喋るかあらかじめ決めて、それを台本に起こす必要がある。新人には結構難しい作業なんだ。まあ、最終的には僕が全員分まとめて修正するんだけどね。

もう1つは、テンポ。歌真似だと伴奏に合わせていればズレることがない。けど、喋りのモノマネとなると新人はとくに、緊張もあり、その日その日でウケるテンポ、ウケないテンポになり『間』の取り方がうまく出来ないからなんだ。」

「なるほど…」


この吉野という先輩は妙に説得力があり、健治は圧倒された。


「あ、あとね、この視聴覚室には通信カラオケ入ってるから。放課後いつでも練習できるよ。」

「通信カラオケ!?」


学校に通信カラオケなんて聴いたことないぞ?大丈夫かこの学校…


「僕たち部員と、顧問の香田先生以外は使えないことになってるから、取り扱いに注意してね。」

「は、はあ…」

「橘君にちょうどいいレパートリーリストあるから、あげる。これ、僕が入部したときに部長からもらったノートなんだけど、よかったら使って。」


吉野はボロボロのノートを健治に手渡した。

開いてみるとそこにはびっしり文字が書かれていた。

歌手の名前、曲名、歌詞、歌うときのポイント、衣装のアドバイスなどなど…

ちょっと面白そうだ。


「これだけあれば、結構楽勝な感じですね。」


健治が余裕の表情を浮かべた。

すると長谷川が


「甘く見てたら怪我するぞ?」


と、厳しい顔をした。


「いやいや、ただ歌うだけでいいや、なんて思ってませんよ。」


正直、思っている。


「歌の歌詞全部覚えるだけで結構大変だもんねぇ。」


吉野が言う。


「え、全部覚えなきゃいけないんですか?」

「当然だ。歌詞は全部、丸暗記が基本だ。歌詞を見ないで尚且つ、モノマネしながら歌うんだ。」


長谷川は厳しい表情のまま健治を見つめる。

なんだよ、こいつら。自分が出来るからって俺を見下しやがって。

ここでは長谷川にまるで俺が負かされてるみたいじゃないか。

健治はさっきの由里子の言葉を思い出した。


『今の部長の長谷川一郎先輩っていう人、すごくカッコよくて素敵なの。あたし、一目惚れしちゃって…』


頭の中に響く由里子の声。

うおーーーーーーーーーーーーーーーー!!

こんなヤツに負けてたまるか!

モノマネも由里子ちゃんのことも、コイツには負けねーぞ絶対!

由里子ちゃんは、俺のものだーーーーーー!!


この日から、健治の闘いは始まったのだ。

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