入学したぜ!
「いやっほーーーーーーッ!」
県立清楽高校の入学式。
他の新入生に比べ、人一倍テンションが上がっちゃってる男がいた。
橘健治15歳。彼は今まさに、恋に生きている。
小学校の頃から大好きだった同級生の杉沢由里子と同じ高校に進学したのだ。
今日から、ここ清楽高校でまた新たな恋物語がスタートするんだからウッキウキ。
高校生活の目標。
それは、由里子と友達以上の関係になりウハウハでちょっぴりセクシーな青春を謳歌すること。
目標なんて、それしかなーーーーーーーい!のである。
ドキドキのクラス発表。
な、な、なんと!健治と由里子は文系の同じクラスになったのだ!
「よっしゃーーーーッ!!」
健治はガッツポーズを決め、教室へと進む。その途中の廊下で、由里子を発見。由里子は健治に気づいた。
「あ、健治君~!」
由里子の可愛い声が廊下に響く。
「由里子ちゃ~ん。」
「同じクラスになったね。中学の頃の友達は他に誰もいないから、ちょっと不安で…」
「お、俺も」
「これからも、改めてよろしくね♪」
「お、俺も!!!」
この先、俺とウハウハな関係になることを由里子ちゃんはまだ知らないんだな、ふふふ…と心の声。
教室へ入ると、そこは知らない顔のクラスメイト達で溢れかえっていた。
「あ、お前、北中出身の橘君だろ!」
知らない生徒が話しかける。
「えっと…、そうだけど。君は?」
「おれ、東中出身の池田拓。」
「なんで俺のこと知ってるんだ?」
「聞いたぜ?『北中のオモシロ番長』なんだってな?」
「え。」
「滝口先輩わかるだろ?」
「ああ、中学の頃同じ部活だった。」
「滝口先輩、今ウチの姉貴と付き合っててよ、後輩に面白いヤツ居るから絶対仲良くなれって言われてよぉ。」
「いや、それほどでも…」
「とにかく、今日から宜しくな!」
「う、うん。」
「俺さ、今までクラスに自分より面白いヤツが居たことねーから嬉しくってさ!」
「君もお調子者なんだね。」
「それしか取り柄がねーからさ!」
健治は今、危機を感じた。
こいつと俺はキャラが被っている。
クラスのお調子者として長年(幼稚園時代から)、常にトップを築いてきた健治はこの池田という男にライバル心を燃やしつつあった。
由里子がにっこり笑う。
「健治君!こんなに早く、お友達ができて良かったね!」
「お、おう!うん…」
友達というより、ライバルだが…
このクラスで一番面白いのはこの俺だ!!と。
池田に負けてたまるか。
これからの高校生活、この教室で健治はなんとしてでも『クラス一の人気者』になりたい。
ならば、今日この瞬間から俺は闘わねばならない。
健治は担任が来る前にこのクラスでひと笑いとろう、と決めた。
しかしどうしよう。
知らない生徒ばっかりだし、今はまだ、教室はがやがやとしていて皆席に着く様子も無い。
が、頑張れ!俺!と拳を握る。
こんなことで怖気づいてはいられない!
静かに教壇へと向かう健治。
大きく息を吸い、緊張で震える体を抑えながら
「こ!このたびは!み、皆さん、ご入学!お、おめでとうございます!!」
と、大声を出した。
…案の定、教室は静まり返りクラスの全員が健治を見る。
どうする?どうする!?健治は頭が真っ白になりそうなのを感じ、とっさに
「私は、校長の飯田です!」
そうだ!さっきの入学式で挨拶をしていた校長のモノマネをしよう!という判断に至った。
校長の挨拶を聞いていて一番気になったのが、口癖だった。
えーっとぉ…という言葉が異常に多い喋り方だった。
声は健治が中学時代モノマネしていた担任の柳田先生のような声だったからいけるかも知れない!
このシーンと静まりかえった教室で、ただ一人、皆に見られている状況を活かせるのが俺!
「えーっとぉー、本校にですねぇー、えーっとおー、ご入学された皆さんはー、えーっとおー、本校での新しい学生生活にー、えーっとおー、えーっとおー」
実際声に出してみたら、思いのほか校長にそっくりな声が出せた健治。
目の前にいた女子の一人が
「すげー!超ー似てるー!!」
と言ったのをきっかけに一気に教室が笑いに包まれた。健治は続けた。
「続きましてー、タレント、市村泰三さんからのご挨拶です。」
市村泰三は人気若手お笑いタレントである。健治は中学の頃から、この市村のモノマネでいつもクラスや部活の仲間を笑わせていた。健治にとってテッパンのモノマネである。
「ちょ、ちょ、なんすかマジで、ちょ、ちょ、ちょ!ちょ、ちょ、マジでさ、まじでおめでとうなんだけど、ちょ、ちょ、ちょ!」
ちょ、ちょ、ちょ、は市村のおなじみのギャグである。教室に、さっきの校長のときよりも笑い声が起こった。由里子も腹を抱えて笑っている。
「めっちゃ面白い!もっと見てぇ~よ!橘ちゃん!」
池田が教室の後ろからあおる。
「えー、それでは…続きまして~…」
健治は次に何をしようか考えるが、浮かばない。
どうしよう、続きましてと言った以上このまま終わりなんてありえない。
そのときだ。
「はーい、みんな席着いて~ホームルーム始めるよー!」
女性の担任が教室に入ってきた。
クラスメイトはザワザワ席に着き、健治も急いで自分の席を探したが分からずウロウロ。
「君、名前は?」
担任が聞く。橘ですと答えると、真ん中の列の一番後ろの席を指差した。
「そこね、一番後ろの席に着くようにね。『お調子者』の橘君☆」
これを聞きクラスメイトがクスクス笑う。担任はさっきのモノマネを廊下で聞いていたんだろうか。
隣の席の池田がニヤニヤしながら小さなメモを手渡してきた。
そこには『橘ちゃん天才!橘ちゃん最高!』と書いてあった。
この瞬間、健治は達成感に満ち溢れた。
クラスの皆を笑わせることができたのと、それをライバルである池田に見せ付けることができたからだ。
しかし、まだ最初の緊張による体の震えがおさまっていなかったのは健治だけの秘密である。