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華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活  作者: 森坂草葉
復讐への下準備を始めましょうか
3/30

vengeance:02

 



 復讐を誓ったところで、さて、何をやろうかな。

 頭を抱えながら ――― って言っても獣の身体じゃ抱えられないけど ――― 考える。

 復讐を利用されたので、私の中の怒りゲージはさらに熱を上げた。

 いやあ、あの子懲りてなかったんだね、ともう一人の自分が言う。ごめん、賛同だわ。

 ことのあらましは、こうだ。



 私がチーン、とその儚げな生涯に幕を閉じてからなんと、先日で丁度3か月がたったらしい。

 私が亡くなったのは5月の上旬のころ。梅雨入り目前のある日のことだった。

 それから3か月ということは、つまり8月に入ったばかりのことだ。

 うちの学校は有名な進学校だ。男女共学で、よっぽどの理由がない限りは入寮することが決められている。

 もちろん、男女間で間違いがあってはいけないから寮は正反対の場所に設置され、それぞれ異性禁制となっている。

 北に男子寮、南に女子寮が設置され、優秀な学生が多く通う進学校であるうちは、常に勉学が中心にされている。

 学園の敷地内に寮があることから、先生方の目も行き届きやすく、そして大事な子供の命を預かっているから警備体制は万全。

 常時先生たちの見回りが行われていて、午後19時以降の男女間のコミュニケーションは無いに等しい。

 1日に一度は男女別で勉強会が行われ、寮内にいようと勉学から逃れることはできない。

 たとえ夏休みであろうと、実家への帰省は特別なことを除いてほぼないのだ。

 夏休み期間に入る8月も、もちろん授業がある。そんな時期に、珍しく転入生がきた。


 1学期に二人も転入生が来ることは珍しい。

 そもそもうちの学校は、完全実力主義の進学校である。中高一貫となっている学校では、中学入試か高校入試のどちらでしかチャンスがない、といってもいい。

 転校する生徒はいても、転入してくる生徒はほぼない、というかありえないのだ。

 転入試験は入試よりも何倍もの難易度で、満点に近い点数をたたき出さなければいけなかった。

 よほど頭がいいか、内申点がありえないほど優れた人格者でないと入るのは難しい。数年に1人、10年に1人の割合だ。

 転入試験においては全国で最も難関だと言われているほどの、厳しい進学校。そこに相次いで2人もの転入生が入ってくること自体、かなり可笑しい。

 そういえばあの子は自分のことを学園長の姪っ子、だって言ってたけど、学園長の話を聞く限りまったくそうは思えない。

 そもそも学園長には兄妹がいない、はずなのだ。以前学園長の愚痴を聞いていた時に、彼から家族に関して話を聞いたことがあった。

 学園長は一人っ子で、他には誰一人として兄弟はいない、と。両親も一人っ子同士で再従兄弟もいない。

 そんな学園長に、姪っ子なんているだろうか。明らかにいない、でしょ。

 彼女に関しては不思議なことしか浮かばない。疑惑が多すぎて逆にスルーしたくなる。

 でもそれができないのが性でして。こうして復讐をしようと固く誓ったからには、色々と暴いて仕返ししたいじゃない。

 彼女に関していろいろと復讐法を考えていた時に、学園長がまた教えてくれたのだ。


「転入生に関してまた揉め事が起きてしまった」


 そういって哀愁を漂わせながら私の身体をまさぐる。……これだけ聞くと卑猥だな。

 もふもふの毛並みを堪能しているのか、ときどき枕にしたいというつぶやきが聞こえる。やだ絶対つぶれる。

 その転入生、といのは、8月上旬に転入してきた女生徒のことだ。私の復讐を利用したあの子が苛めてた女の子。

 おそらく地毛だと思われる茶髪をボブカットにした可愛らしい子。どこか清楚で大人しめ、そしてなにより性格が可愛い。

 あの子の取り巻きにいろいろ言われたあの子を慰めるために近くによったんだけど、彼女はぽたぽたと涙をこぼしながら近寄ってきた私に小さく笑顔を見せてくれた。

 最初撫でようとしてきたときに、一回手を引っ込めてハンカチで拭いてから撫でてくれた。砂でもついていたのかもしれない。

 私は別によかったけど、そういって気遣うところも高ポイント。


「ごめんね、うるさかったかな」


 鈴の音がなるような声、ってこれなんだろうなぁ。それが正直な感想。

 ぽたぽた涙を流しながらそう言う彼女の頬を、ぺろりと舐め上げてみる。人間のほっぺた舐めたの初めて。涙ってやっぱりしょっぱいね。

 彼女は一瞬驚いたように目を見開いて、次は満面の笑みを見せてくれた。ダークブラウンの目はぱっちりしてて、すごく可愛い。控えめな隠れ美少女って感じ。

 たぶん穏やかな環境で育ったんだろうな。素直で、まっすぐで、可愛い性格の子だ。たぶん嘘なんて1回言ったか言ってないかだよ、この子。

 凄くのびのびと育った感がある子だな、と思って少しだけもやもや。でもこういう子も嫌いじゃない。

 復讐を利用されたのには怒ってるし、いじめ嫌いだし、何より可愛い子苛めてんじゃないわよ。それが一番かも。

 最後にもう一度頬を舐め上げて、引き留める彼女のもとを去った。

 さ、復讐を考えよう。


 最初に言った通り、誰かを完全な不幸にする復讐はしない。

 ただただささやかな、アンラッキー程度の復讐。小さなもの。

 たとえば消しゴム隠したり、ノート隠したり教科書隠したり。学生には結構つらいよねコレ。

 あとは黄色い色の例のアレとか、汁液でべっとべとにするとか。はは、コレって小さいよね。ダメージはあるけど。

 でもできるだけいじめに利用されないのがいい。どうやら姫島さんの脳内(なか)では彼女は『世界のヒロイン』らしいからね。


 たぶん、というかほぼ確信に近いけど、姫島さんはあの子の、日向(ひゅうが)さんのことを敵視してるみたいだし。

 なんで敵視してるかはわからない。ただ日向さんをみる姫島さんの目には明らかな敵意と邪魔だという感情が込められていた。

 このままじゃ日向さんに対する姫島さんのいじめはヒートアップするだろうな。なんせ姫島さんには”取り巻き”がいる。

 姫島さんが常に引き連れている”取り巻き”というのは、クラスメイトの男子やそこそこイケメンだと言われている男子だ。ちなみに教師陣は含まれていない。

 何時の間にしたのかはわからないけど、気づけばクラスメイトの男子は一部を除いて姫島さんの虜になっていた。

 その一部を除くっていうのは彼女持ちの男子だったり、一芸にすべてを捧げてる子や私の数少ない友人だ。それ以外の男子は姫島さんの取り巻き。

 その取り巻きが日向さんに冷たく当たれば、周りに同調するのが生き延びるすべだと知っている集団生活において、日向さんはターゲットにされる。

 ただでさえ学内にいても寮内にいても勉強漬けで、ストレスがたまりやすい生徒たちが集まっているんだ。一歩間違えればストレス発散の道具に使われる。

 学園の敷地内には、実家に帰省することができない生徒たちのために設置された娯楽施設がある。それでも利用できる時間はわずかだし、制限もある。

 人のストレスっていうのは怖い。どうなるかわからないし、最悪のパターンじゃ一生を牢で過ごすハメになるかもしれない。

 日向さんはおそらくいい人の類だ。

 辛いことも、苦しいことも体験してきたことがあるのだろう。人間、体験したことが無いことにことに関しては、本当に泣けないらしいからね。

 人を思いやる気持ちも、誰かを傷つけて、傷つけられて本当の意味で実感する。それがどれほど大切だったか。

 正直者じゃなくてやや嘘つきよりな私が言うことじゃないけど、いま正直にいうなら、苛めなんて事態だけはなんとしてでも避けたい。

 それに、いじめがある現状で復讐なんてしてもいじめられてる子が疑われちゃうしね。

 だからこそ、ささやかな復讐。ささやかのなかのささやか。一見気づきにくい小心者ならではの復讐を。

 本来の目的は、じわじわとあとから苦しみだすささやかな復讐。その第一歩ってことで!

 まずは日向さんの立場確固たるもにしとこう。

 たぶんだけど、日向さんの立場明るくなってキラキラしていくごとに姫島さんは惨めになっていくだろう。

 さぁて、学園長に会いにいこうか。



 そういえば学園長の名字ってなんだっけ、と考えて、前に聞いたことがあったなと思案する。

 獣になってからというもの、生前の記憶がところどころぼやけてきていたのだ。

 うぅーん、と唸る。傍から見れば、学園長のいう「ばかわいい」すがたに見えるのかもしれない。

 前に水面越しにみた自分の姿はもふもふのわんこ。グレイブルーの大きな目、ちろちろと見える赤い舌、真っ白いもふもふ。

 一言でいえば可愛い。女の子たちが好む「きゃわいい~!!」を具現化したみたいな可愛さだ。……これ聞こえによってはナルシストに聞こえるなぁ。

 私も生前は動物好きだったから、水面越しにみる自分が今目の前にいたらなぁ、と考える。たぶん撫で繰り回す。

 だって可愛いじゃないか、わんこ。アレルギーだったんだけどね。

 今となってはいい思い出だよ。可愛いわんこに触れないとか、死活問題だったね。ああー、触りたかったなぁ。今は私がそのわんこなんだけどね。


「ああ、いたいた。うた、こっちおいで」


 低い声。でもガラガラしたものじゃなくて、色っぽい感じの、つまりはイイ声。

 ――― 学園長か

 相変わらずの仏頂面めがけて走る。ぽふっ、という音で自分が学園長にあたったことを理解する。

 獣になってから4か月。今は9月上旬、学校の始まりである。

 私が獣として目覚めたのは死んだ3か月後だ。私としては死んでからたったのちょっとしか経ってない気分だけど。

 獣の時間は早いらしい。あっという間に他の兄弟たちは大きくなって、それぞれいろんなところに縄張りをつくっていく。

 私はいまだに白狼父(おとうさん)と一緒に暮らしてるけどね。

 学園長は私がどこにいるのかわかっているのか、どんな場所にいても見つける。今日はスーツを着ているみたいだけど、いつもはもっと軽装だ。

 というか名前、変える気ないのかな。うた、っておい。私の名前じゃないですかーやだー。まあ私なんだけど。


「飯だぞ」


 もうドッグフード食べれるんだけど、どうやら普通の犬とはわけが違うらしい。

 私のごはんは毎回ミルクにほんの数粒のドッグフードをとかした、人間で言う離乳食みたいなものだ。

 それを顔を突っ込むかのごとく食べる。食欲は旺盛なのだ。


「ワふー」

「……もういらんのか。ん、お粗末様」

「わンっ!」


 最初ドッグフードなんて食べれんのか、と戦々恐々としてたけど、獣になると味覚までちょっと変わるらしくて、これが意外とおいしいのだ。

 ドッグフード食べるときは獣舌に、人間の食べ物食べるときは人間舌になるらしい。

 私が使っていたドッグプレートを下げると、いつものお決まりの愚痴タイム突入。私にとっては情報収集に最適の時間。

 少し気を抜いたようにネクタイを緩める学園長の前に、忠犬よろしくお座りすれば準備万端だ。

 空は晴天、気温は少し蒸し暑いけどそれほどってわけでもないし、風も通っている。

 やけに緑の多い場所だからか、草の香りがあたり一面に広がっていく。うん、いい香りだ。

 ささ、学園長、今日も活きのいい愚痴をお願いしますぜ。




「――― というわけなんだ。まったく、面倒事を起こしやがって。誰が後始末をすると思っている」

「ワふん」


 まったくですな。

 学園長の愚痴にときどき相槌を打ちながら、情報をひとつひとつ整理していく。

 どうやら第1理科室の主こと副会長が落ちたらしい。誰にって? 姫島さんに。

 そんなバナナ、という古いネタをしつつ、あの人の裏の裏をかき、胡散臭さと腹黒さに定評のある副会長が?

 誰よりも疑い深いと有名なあの仕事の鬼が? 仕事をほっぽりだして日々せっせと貢いでいる、って?

 ごめん、これまで以上に副会長を白けた目でみることが確定したわー。

 副会長ぇ、顔と勉強と仕事だけが取り柄でしょーが。その腹黒さで人を従えてるだけであって、別に人望とかそれほどない副会長ぇ。

 会長より頭いいとか言われつつ実は会長に勉強教えてもらってる人ぇ……。

 なんで知ってるかって、たまたま勉強してるとこ見ただけでーす。第2図書室でひーひー言いながら勉強してるのなんて見てません。

 仕事を何よりもしていたあの副会長が、積み上げてきたものすべてを投げ捨ててるとか、会長怒り狂うぞ。

 今回は理由もないのに姫島さんが気に入らないっていった生徒を追い詰めたそうな。一芸の生徒らしいから、それゆえに姫島さんに従わなかったんだな。

 なんでも無理やり部活の活動を停止させたらしい。とんでもないな副会長。

 学園長のからの話を聞けば、姫島さんに堕ちていってるのはどれも男子生徒。その中でも特に見目麗しい男子を姫島さんは傍に置いているらしい。

 イケメン好きやんけ。イケメン嫌いなんだよね、とか言ってたじゃん。ちゃっかりイケメン侍らせてんじゃないか。

 心中で悪態をつきながら、こりゃ復讐しづらいな、と思う。

 でも、ある意味では復讐のレパートリーが増えたと言っても過言ではないかな。これはレパートリーが増えたことを喜ぶべきなのか。そうなのか。

 学園長にもふもふを撫でられながら思案する。

 うん、とりあえず喜ぼう。レパートリー増えたどー!!



「そうだ、うた。頼みがあるんだ」

「キュうん」


 だから名前、って、もういいか。

 で、なんですかー、何を頼みたいんですかー。復讐ですか学園長喜んでお手伝いさせていただきます。


「転入生の、日向(ひゅうが)優子(ゆうこ)の遊び相手になってくれないか」


 遊び相手ってなんすか、学園長。

 じーっと学園長を見つめると、小さなため息を吐いてから説明を始めた。

 どうやら日向さんは、私の予想通り姫島さんの取り巻きに冷たい態度をとられているらしい。

 そしてこれは新情報だけど、日向さんが転入したのはよりによって私のクラス、つまりは姫島さんのクラスだ。

 男子は一部を除いて姫島さんの取り巻きだから余計に風当たりが強い。女子は日向さんを気にかけているみたいだけど。

 学園長が言うには、私の左隣の女子で、事件を解明しようの会会長の高橋さんが彼女のサポートをしているらしい。よかったね日向さん!

 そして日向さんが座っているのは私のもとの席らしい。私の話を聞いた日向さんは、座るのはなんだか失礼な気がする、と遠慮していたらしいよ。

 遠慮なんてしなくてもいいのになぁ。もう本人はこうして開き直って、はいないけど、元気に生活してるんだし。

 女子が気にかけているとはいえ、それでも冷たい態度は見えないところでも行われているらしい。

 寮も私が使っていた部屋に入寮したわけだからなぁ。私の部屋姫島さんの隣だし。毎日騒音に悩まされているらしい。

 部屋は角だから助けを求めることもできず、毎日つらい思いをしているらしいんだよね。

 そこで私の登場ってわけだ。

 白狼(ホワイトウルフ)はもともとは猟犬と番犬のミックスだ。狩人のパートナーでもあり、主人を守る盾でもあった血筋を持つ種族で、なおかつ友好的。

 可愛らしい容姿も相まって、こうして”遊び相手”と”番犬”を兼ねられるのではないか、という話しだ。


「どうだろうか。一時でもいい。せめて部屋の中だけでも休めるようにしてあげたいのだ。協力してくれないか、うた」


 ――― 聞いてくれないか、(うた)


 もう、仕方がないな、という感じで一鳴きする。

 学園長は嬉しそうに私を持ち上げて笑った。笑ったっていっても、傍から見れば無表情で私を抱えているのだから、ちょっと可笑しい。

 豪快に「わオォオーんっ!!」と鳴いてみる。学園長が小さく笑った。


 そのあと日向さんに引き合わされて、彼女は嬉しそうに私を抱えた。

 学園長から聞いたのだろう、「うた」という名前を呼んで、本当に嬉しそうに笑うんだ。

 ちら、と学園長をみると、とても懐かしそうな、愛おしそうな目をしていた。

 それが目の前の彼女に注がれていることは明白で、私は大きくないた(・・・)



 ――― うた


 あんまりだ。

 あのときの変わらない調子で、トーンで、声質で言うものだから、ついつい頷いてしまった。

 ほんとうに、あんまりだ。


 外はいつのまにか、土砂降りの雨だった。



 

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