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華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活  作者: 森坂草葉
11月の復讐は黒狼も一緒
24/30

vengeance:target quartet 02

前よりは長めです。今回は体育祭話ばっかりですすみません(土下座)

※まだ入院中の森坂です。看護師さんには謝りました。

保存しようと思ったら実はそのまま更新したことを今知りました(うっかり)

たぶん誤字脱字は、な、い、うん。ないと、思いま、すん。

 



 一体どういうことだってばよ!

 どうなってるんだってばよ、と語尾が可笑しくなりつつ、慌てて起き上がった。

 といっても、ぶつかったせいで頭というか顔は痛いし身体は痛いしくらくらするわでまともにたてなかった。よろよろっとしていると、タッと駆けてきた(つぐ)兄さんが支えてくれる。

 もふもふの毛並みに身体を預けながら、聞こえた言葉をじっくりことこと煮詰めるように考える。

 【おお! 御子紫(みこしば)の奴、日向を姫抱っこしてるー!!】

 だと? どゆことやねん。

 いや言葉そのままなんだろうけど、えぇ? みこしばって、1年の次席で優子さんのオトモダチになった御子紫くんだよね?

 なんかすごい青春オーラを醸し出してた、動物好きの御子紫(ごう)くんだよねそうだよね。

 その御子紫くんが優子さんを姫抱っこって、一体何がどうなってそうなったの。

 気になる。とても気になる。野次馬魂がふつふつとこみあげてきた私は、とにかく早く見に行きたかった。だってほら、普段女子に無関心な御子紫くんが、女の子の優子さんを姫抱っこしてるなんて、きっと何かあったとしか考えられないじゃんか。

 さぁ譜兄さん! 謝罪は後でいいので、行きましょう!


『アー、悪かったな、イモウト』

『いいんです。またですかって思いましたけど、もういいんです』

『いいんですって、お前実は怒ってんじゃねェか。……ほんと悪かったよ』

『だからいいですってば。それより譜兄さん、体育祭見に行きましょう! 早く見たいです!!』

『えぇー。……あー、ハイハイ。ワカッタワカッタ。行くぞ』


 なんか行きたくなさそうな譜兄さんに一睨み返すと、バツが悪そうにうなずいた。

 やってしまった感と申し訳ないという気持ちはあるらしい。これでなかったら譜兄さんの兄妹愛を疑うところだった。もしくは白狼の愛情ってバイオレンス! とか思っちゃうとこだったよ。

 ぐっと私を咥えなおした譜兄さんは、今度こそと言わんばかりに高く跳んで駆け始めた。

 次は私を落とさないように、と思っているのか、さっきよりも咥える力が強い。はぐっと口元が触れている私の毛並みは少しだけ熱を持って、そこから譜兄さんの熱が流れてくるようだった。

 あったかー、なんて考えながら、だんだんと大きさを増していく声に耳を澄ませる。

 どうやら次は、1年生による紅白リレーらしい。うちのクラスからは、女子は絶対に高橋さんや千鳥さんが参加してるんだろうなぁ。

 二人とも体育特待生だし、高橋さんは陸上部所属で千鳥さんはバレーボール部所属だしね。男子のほうは、うぅん、サッカー部の東森(とうもり)くんかな。運動部所属の子はだいたい出てるだろうし、ああでも、うちのクラスは分かれてるかも。

 各学年のA組は、学力特待生、体育特待生、芸術特待生にかかわらず成績のいい人が集まってる。

 B組からは混同してるけど、このA組だけは習熟度別に分けられた生徒のうち、優秀なひとを集めて編成されているから、体育祭とかの行事ではクラスが真っ二つに分けられることになっている。

 今年の体育祭も、能力が均等になるようにわけられた2チームが紅白に分かれているんだろう。高橋さんと千鳥さんは体育特待生の女子では1位2位を争う存在だから、なおのこと、分けられている可能性の方が高いなぁ。東森くんだけじゃなくて、他の体育特待生の男子もきっと、分けられてるかも。

 優子さんはどっちになったんだろ。できれば、高橋さんと一緒か、副委員長と一緒の組だったら、絶対に安全だ。二人は友人を大事にするし、高橋さんはフレンドリーで優しいから、優子さんを守ってくれる。

 普段は物静かな副委員長も、優子さんをサポートしてくれるだろうな。あのひとはクラスの中でも一番観察力があって、なんだかんだ言いながらもとっても優しいから。

 千鳥さんも優しいけど、確か4月中に決めた委員会決めでは体育委員だったから、優子さんをフォローしている暇はないかもしれない。

 ほかの子たちが優子さんに対してどう思ってるかは知らないけど、優子さんの話や学園長の話によれば大抵の人とは仲良しらしいから、そこら辺は心配していなんだ。ただ心配なのは、クラスの中にもいる馬鹿な奴らのことで。

 あの3年間で結構仲良くなれたし知ってるつもりだったけど、やっぱり駄目な子もいたみたいで、彼女の後ろをついて回ったり味方したり、優子さんを苛めたり、クラスの雰囲気を最低にする手伝いをしちゃってる生徒も確かにいて、それだけがただただ心配だった。

 うちのクラスはやたら頭が回る子ばかりで、どんな態度をとったって性格が最低だからって優秀な事には変わりはないんだ。だから、その頭の回転を悪いことに使っちゃう馬鹿ももちろんいるわけだから、ソイツらが何かしないか、それが気がかりだ。

 優子さんは名前通り優しい子だから、笑って流すか、一人きりになったら泣いてしまうか、それしかないから、どうかそうなる前に誰か助けてあげてほしい。私は、この真っ白で小さな身体では、あの子を満足に助けてあげられないから。

 せいぜい癒すことしかできない私では、優子さんを無理に笑わせてしまう可能性がたかい。あの子は仔犬1匹の前でも強がって、泣こうとしない。どうか優子さんが、金城(かなしろ)委員長の時みたいにちゃんと泣いて、自分の気持ちを素直を打ち明けられるように、それをひたすらに祈ることしか、今はできない。

 湧き上がる歓声の中、このおぼろげな視力が紅と白の旗を見つける。ああ、もう少しだ。



『ほれイモウト。ここが限界だ』


 見えるか? と譜兄さんが聞く。

 見えますよ、と返せば、そうか、と返されて、そこで会話は途切れた。

 さっきのおぼろげな視界よりはよっぽどクリアで鮮明な景色は、必死に応援する生徒の姿や、グラウンドを走る生徒の必死な姿を私に見せてくれる。

 中央に建てられた紅白の旗がゆらゆら揺らめいて、グラウンドを走る生徒が身に着けている襷の端もひらひらと揺れている。第1学年紅白リレーは、あと2週でアンカーに回るらしい。

 今走っている生徒が目指す先に2列に分かれた組があって、一番後ろには紅白のゼッケンを着た生徒が待ち構えていた。たぶん、そのゼッケンをつけているのがアンカーだ。

 この紅白リレーは男子の部のようで、走っているのは全員男子だった。自分の肩にかかった襷をとると、目の前の選手に向けて最後の1歩とでも言わんばかりに足を動かした。

 行けー! と応援する誰かの声が聞こえる。後少しだと、励ます誰かの声も、抜かせ抜かせと急かす声も、鮮明に生々しく。

 赤色の襷を持った生徒がその手を必死に伸ばした。次のレースを走るだろう男子生徒はそれを受け取ると、任せろとでも言わんばかりに足を踏み出す。

 譜兄さんが息を吐く音が聞こえた。その男の子は低い体勢のまま、襷を肩にかけることもなく走る。髪が風に揺らされかき回されるのも気にせず、まるで白狼が駆けるように。

 ――― 副委員長だ。

 一度も染めたことは無いんだろう、濡れ鴉のようだと例えられる髪が風に乗って泳いだ。真っ赤な襷とその黒髪だけが視界に入ってくる。他には何も見えない、それだけが、私のなかに残った。

 二人の生徒が持つテープが忙しなく風に打たれ、彼の登場を待ちわびるかのように構えた。あと少し、あと少し、そんなコールがグラウンドを揺らす。

 頑張れ、なんて誰かの声が聞こえたころには、揺らめいていたテープは彼に巻かれ二人の生徒から離れていた。パンッとゴールのピストルが鳴って歓声が沸き上がる。

 溢れ出す熱気がこっちまで流れてきて、少しだけあつくなった。


「第1学年紅白男子リレーの勝者は、紅組だぁぁあああ!!」


 その瞬間、地震でも起きたのかと、そう思うくらいの歓声が沸き上がって、紅組の旗が大きく揺れた。

 風は最後まで彼に味方したみたいで、ゆらゆらと揺れる紅組の旗が堂々と存在を見せつけ、周囲を巻き込んでいく。

 ……やっぱり、男の子だなぁ。

 力強く高々と掲げられた右手には紅組の襷が握られ、その口からは歓喜の雄叫びがもれる。襷が大きく揺れる頃には、彼の周りには多くの人が集まっていた。

 図書委員でみんなのまとめ役だった安曇(あづみ)くん。野球部所属でクラスのムードメーカーだった樫葉(かしば)くんに、副委員長の親友である月見里(やまなし)くん。女子は美術部所属の癒し系美人花宮(はなみや)さんに、吹奏楽部のホープ・城戸(きど)さん。そして陸上部の高橋さんと、嬉しそうに飛び跳ねる優子さん。それだけじゃない。数えきれないほどの生徒に囲まれ、副委員長はもう一度、その右手を高々と掲げた。

 それは何かへの報告の様に、何かへ見せつけるように、何かに訴えるように、静かに、堂々と。

 彼らと過ごした3年間で、初めて見る姿だった。

 いつも静かに過ごし、控えめにたたずむ彼の、何よりもはっきりとした行動に、なんだか目が熱くなるような気がして、そっと目を逸らす。

 それは、こんな遠くからでも、白狼の目からでもわかるほど、彼の目が潤み、耐え切れない何かを抱えていることに気付いたから。無言の誓いに、確かな意味があることに気付いたから。

 彼を抱きしめるクラスメイトや同じ紅組メンバーがキラキラして見えた。今を精一杯、輝かしく、生きている感じ。

 優子さんがにっこりと笑うと、高橋さんが優子さんを頭を撫で、それを月見里くんが茶化し、彼が咎める。そしてそれをみんなが笑って、楽し気に顔を見合わせる。

 幸せの色って、こんな色なのかもしれない、なんて考えが浮かんで頭を振った。いかんいかん、ついつい感傷的になってしまう。

 青春を謳歌しているみんなを見つめ、私も笑った。

 よかった。優子さん、ちゃんと笑えてる。楽しんでる。

 副委員長とも高橋さんとも、そして月見里くんも同じチームなんて、本当によかった。一度円陣を組むと、顔を見合わせて笑う。そんな光景に、ひどく安心した。



『おいイモウト、もう満足か?』

『え? ううん! まだ、見たいのがあります』

『そーかい』


 何故だか、譜兄さんが泣きそうに見えた。



******



「これより、3学年混合紅白女子借り物競争を始めます」


 わー! とか、おー! とか、みなさんまだまだ元気だね!

 熱気に当てられ、ちょっとだけ疲れ始めている私は、その場に寝そべりながら様子をうかがう。

 ちなみに譜兄さんはいない。飽きたらしく、ちょっと狩りに行ってくるわ、と言って以来戻ってこない。

 譜兄さんよ、わずか数分とはいえ後に生まれた妹を1匹ぼっちにするとは……。おのれ修行ですねわかります。

 たぶん果物か何かの肉をもって戻ってくるだろう譜兄さんを待ちつつ、今から始まる借り物競争に注目する。

 借り物競争って、確か優子さん出るよね? 3学年混合だから、1年から3年まであるだろうけど、例年通りだったら1年から、かな。

 優子さん、前に運動はそこそこだよーって言ってたし、あ、でも田舎育ちだから駆けっこ得意だよ! とも言っていたなー。

 うん。たぶん大丈夫でしょ!

 たとえ優子さんが運動苦手でも、これは借り物競争。運とコミュニケーション能力が重要なポイントとなるこの競技に、おそらく脚力はあんまり必要ない。

 思い出す前世の小学生時代、あの頃の私は口下手で上手く話せず、借り物競争のお題が眼鏡をかけた人で同じクラスに居たにも関わらず話しかけられなかった。結果、借り物競争のお題に気付いた別の子が呼びかけをしてくれて、そのおかげで6人中5番目にゴールした。ちなみに1位の子は50メートル走1分の子だ。

 その後、連れてくる人物が目の前にいたにも関わらず動けなかった私は、クラスメイトからぐちぐちと責められ、それ以降借り物競争がトラウマとなっていた。いや別に、見る分にはいいんだけど、やる分にはね……

 いやまあ、今は平気だけど! 全然怖くないけど!

 っと、私なんかのことよりも優子さんだ! 優子さんよ、勇気を持ってお題をこなしにいこー!


「第1レース走者は、1年紅白2組! 第1コースは紅組・花宮、第2コース白組・葉山(はやま)、第3コース紅組・相馬そうま、第4コース白組・羽田うだ


 おおー! 花宮さんとC組の体育特待生である相馬さんかー。

 花宮さんとは中等部時代からの友人の一人で、同じ環境委員会で水やり当番をしたことがあるひとで、とても穏やかな子。でもかなり天然なところもあって、付き合ってくださいって言った男子に対して「どこに?」って聞いたくらいだ。そんなこというひとって本当にいるんだなぁ、って思ったよ。てっきり漫画とかドラマの世界だけだと思ったのに。

 C組の相馬さんは、女子テニス部期待のエースで、中等部時代に上級生を倒しちゃったことで有名な子、だったかな。そのことが原因で、しばらくの間上級生に睨まれてた相馬さんは、だけどまったく気にしない性格なのか嫌がらせ全部をスルーしてた子で、気づいたらとっくに終息してたっていうオチ。

 私たちより2つ上の学年はとにかく団結力が強くて、なんで? って疑問に思う暇もないくらい大勢で行動したりしてた。

 ほんとになんで? って思って先輩に聞いたことあるけど、ああ勿論ぼやかして聞いたよ。答えは「黙秘する」のひとことだったんだけど、とりあえず何かあったんだな、くらいのニュアンスはあった。あと察しろとも目が語っていた。

 まあそれはもういいとして、そっかー。花宮さんと相馬さんも借り物競争か。

 確か花宮さんは体育が苦手だったなぁ。体育の授業の時はいつも2人で組んでたけど、花宮さんは身体が硬くてストレッチにもくろうしてたし、持久走の時もすごい息切れしてたのを覚えてる。相馬さんはその逆で体育がものすごく好きな子だったけどね。私たちA組はいつもC組と一緒に合同で受けてたから、相馬さんのことは良く知ってる。

 二人が選ばれた理由はおそらく、花宮さんはこれ以上の競技を拒否して消去法で決めたか、自ら希望したか。相馬さんは足が速いから他の競技でもよかったんだろうけど、白組との差をつけるために先発隊として送られたのかも。

 今年も4月まで一緒にやってたからたぶん一緒なんだろうけど、今はどんな感じなのかなぁ。花宮さん、体育が嫌で美術室に逃げ込んでないかな? 相馬さんは、また上級生ともめてないといいなあ。


「……―――以上、3学年混合紅白女子借り物競争の1年生走者のみなさんです。……さて、ここまで放送をさせていただきましたのは生徒会3年書記、宇緑(うろく)です」


 グラウンドの各地に設置されたスピーカーから聞こえるその声は、紛れもなく神経質気味な宇緑書記で。前にもまして疲れてそうな声の宇緑書記は、もしかしたら寝ていないのかもしれない。

 3年生で、これが終わったらすぐに受験なのになぁ。っていうか、3年の生徒会メンバーってもう引退じゃなかったっけ?

 ごく最近になってから、縄張りに頻繁に出入りするようになった燈下(とうのした)先輩はまだ2年だから引き続きやってるけど、話によると他の3年生はもう活動してないらしい。

 それは生徒会も同じだと思うんだけど、宇緑書記の様子を見ると引退なんて話はずいぶん先のような気がしてきた。おっかしいなぁ、この時期はもう、他の生徒会メンバーが放送を担当している頃なのに。他のメンバーはどうしたんだろう。

 こういうのは、盛り上げるの上手な会計とか、ちょっとナルシストが入ってるけど説明上手な副会長とかがやると思ってたけど、いや宇緑書記も盛り上げ上手だし説明上手だけど、そういう意味じゃなくて役割的な意味で。

 書記は文字通り、書類作ったり会議とかで出た意見を紙とかノート、パソコンにまとめたり、ホワイトボードに書き書きしたりするの担当で、こうして直接放送することが少ない役割だ。というか、放送してる合間に得点とか順位とかを体育委員からもらってまとめてるのが書記なわけだから、本当の本当にこれは宇緑書記の仕事ではないと思う。

 するとなおさら、他のメンバーはどうしたよ、って話なんだけど、なんだかなぁ。

 この予想が当たってるなら、宇緑書記になんて言葉を送ればいいのか……


「本来ならば2年が担当するところですが、馬鹿ど、失礼。諸事情がありまして私が担当させていただきます。それでは、第1レース走者のみなさん、位置について、用意―――」


 ドンッ、という掛け声とともにピストルが鳴り響く。砂埃が少しだけ舞い上がった。


 メンバー云々を考えていると、引き続き宇緑書記の放送が続いてレースが始まる。

 ……宇緑書記、隠し切れない怒りがもれてますよ! 明らかに馬鹿どもって言おうとしていた宇緑書記に賛同しつつ、その諸事情ってどういうアレですか? サボりとかいうアレですか?

 これが例の彼女に付き纏って仕事をしてないっていうのなら、もうっうぇっうぇだけじゃ治まらない大事件ですよ。そんなんドラマか漫画だけの話にしろっての。

 いやさすがにやってないなんてことはない、と、思いたい。それにやらなかったら今頃、職務怠慢でクビだよクビ。それに体育祭は一人の生徒の力だけではどうにもならない。もしかしたらとっくにクビという名の引退をして、次の代に移ってるのかもしれないけど。

 でも2年生でクビって、これから1年間は結構痛い目線で見られるだろうなー。生徒会は幹部委員の最高職だから、そこから途中で追い出されるってことは、つまり相応しくなかったってことなわけだ。この学園ではそう受け止められる。

 宇緑書記は3年間まっとうしたうえでの引退だから、この学園を卒業した後は安泰だろう。きっといい会社に行けるだろうし、有利にことを運んでいける。

 あーあ、今年は荒れるなぁ。……いや、もう荒れてるか。


「宇緑さんと共に放送をします、放送委員会1年B組、月見里と申します! ……いやー、借り物競争とは思えない速さで走っていく走者たち、まるでどこぞのサバイバルですね!! 解説の灰原(はいばら)さん、どうでしょうか」

「おう! 雌豹の狩りを見ているようだ!! 今回の女子借り物競争、見どころはそのお題をいかにこなすことだ。今回は図書委員会にも協力してもらって、ド鬼畜なお題も数枚仕込んであるから、それをいかにして成し遂げ、ゴールまで運ぶか。それが重要だな。あと、人間も含まれているから、それにも要注意だな!」

「俺と共に全学年の女子を敵に回した灰原さん、ありがとうございました! ……おおっと、第1レース、お題に早くも【人間】が登場したようです。あれは、白組の羽田走者ですね。余程ダメなお題だったのか、頭を抱えて蹲ったー! これは白組ピンチだー!!」


 ものの数分で全学年の女子を敵に回すとは、やりよるな月見里くんアンド灰原先輩。

 しかしまあ、体育委員長が出てくると思いきやまさかの風紀委員会の副委員長がお出ましとは。灰原先輩、3年生の貴方も引退のはずじゃあ、と思いつつ、今年はそういう年なんだと遠い目をすることにした。

 しっかし、こうも去年と委員会の役割が違うと、今年学級委員長としてでなくてよかったかも、と考える。だって、去年と役割同じならマシだけど、今年から新しい仕組みでやるって、それ覚えるのにどれだけの時間が必要だと思って……

 副委員長は大丈夫、じゃ、ないよね。体育祭は体育委員が中心とはいえ、学級委員が何もしなくていいわけじゃないから、私が抜けた分かなり仕事量が増えたに違いない。すごく申し訳なくて、今から仕事をしに行こうかなぁ、と思いつつ、この身体じゃ逆に迷惑をかけるだろうなってことも思い出す。

 肉球でできる仕事など、たぶんない。っていうか絶対にない。あったら見てみたいよ。

 ……今のA組で成績が1位なのは副委員長だろう。2番目は、宗像(むなかた)くんか、優子さんか。前に優子さんの答案用紙みたけど、かなりいい成績だった。だからやっぱり優子さんかなぁ。パートナーびいきが入ってるのかもしれないけどね。

 まあどっちだとしても、この二人のどっちかが副委員長のサポート役に付いているんだろうけど。

 それなら、安心、かな。二人とも私以上に優秀だから、きっとうまくやれてる。優子さんも副委員長と仲が良かったし、宗像くんは彼女に否定的な子だった。ベタベタしてるとかそう言うのを抜きにしても、彼女の言動はあまり好きじゃなかったらしい。良くため息ついてたなぁ。


「一方の紅組は余裕の表情ですね。あれは、花宮走者でしょうか。お題と思われるモノ、ハンカチを手にして走っています。同組の相馬走者も、バスケットボールを持ってゴールに向かっているようですね」

「おいおい宇緑ぅ、ちょっと堅いじゃねぇのか? もうちょっと気楽によぉ……」

「すまないな。実は苦手で」

「ちょ、先輩らマイク越しに会話しないで下さいよー!! っと、先輩たちが会話しているうちに、紅組の花宮走者、続いて紅組、いや! 白組の葉山走者がキョンシーの帽子をかぶって爆走だぁあああ! 早い、怖い、早い!! 紅組1位、白組2位でゴールぅぅううう!!」


 仲悪そう、とか前に思ってた宇緑書記と灰原先輩の意外と仲が良さそうな会話を聞きつつ、よくツッコんだ月見里くん! と拍手を送る。できなかったけど。

 そしてなんとかゴールした花宮さんに最上級のエア拍手を送った。1位だ! やったね花宮さん! と内心で舞い上がっていると、視界の端にやけにキラキラしたピンク色の髪を見つける。ちょ、校則違反、と前にツッコんだソレは、彼女のもので。

 そんな彼女の周りに群がっている、失礼、集まっているのはナルシスト、チャラ男、サボり魔etc……

 どいつもこいつも体育祭そっちのけで、彼女とキャッキャッウフフしている。おいお前ら仕事しろ。

 どうしようもない彼女らに突入したのは、やっぱり貴方ですか。

 キンキラキンにさりげなく揺れるペール・ブロンドが、あの人らしさを主張する。11月冒頭、優子さんに華麗なる土下座を披露した、あの風紀委員長だ。


 ―――金城(かなしろ)委員長


 借り物競争で盛り上がるグラウンドの外、少しだけ白けたあの場所で、彼女らは対立していた。

 不思議なほど、その声がはっきりと聞こえる。グラウンドの喧騒だけを消して、その声だけを私に届けているような、そんな錯覚さえもした。


「今は体育祭その最中だ。生徒会の―――で、だか―――……ろう。いい加減にもど―――っ……のか!!」


 後半に連れて喧噪の音が戻って聞きずらい。

 それでも、金城委員長が怒っていることだけは伝わる。あの金城委員長が、苛烈さを含んで声を荒げて、立ち向かっている。

 彼が叫ぶ内容は確実には聞こえないけど、それはきっと、自分たちだけじゃなくて、多くの生徒のことを思って吐き出された怒りだ。馬鹿どもが働かないことで苦労をするのは生徒会だけじゃない。

 生徒会の直轄である他の幹部委員、そしてその幹部委員が取りまとめる委員会に属する生徒、その生徒の協力を得て行われる行事に参加する生徒。とまあ、結構な生徒が、というか全校生徒が迷惑をこうむる。

 恋を追っかけたから? 恋のために必死だった? どうせ誰にでもできるで仕事って、幹部委員の仕事が?

 そんなものは理由にならない。そうだね、恋をすると誰でも必死になる。私もそうだった。

 けどこれはないよ。恋でも、なんでも、人様に迷惑かけといて、反省の一つもない。


「恋のために、コレは当然で、許されるべきで、受け入れられるべきだと、本当にそう思っているのか?」


 どんなに説得しても、頑なに自分たちの正当性を主張する彼ら。

 そんな彼らに、金城委員長は震える声で告げる。

 彼らは、あらかじめ決めていたことのように、同じタイミングで口を開いた。

 今度こそ、音がやむ。グラウンドの喧騒も、風が葉を揺らす音も、金城委員長たちの息遣いさえも、全て。



 ドンッ、と鳴り響く、ピストルの音と共に太陽が隠れた、秋の最後。


 

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