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華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活  作者: 森坂草葉
11月の復讐は黒狼も一緒
20/30

vengeance:target brown 01

これから毎週火曜日に更新します

 


 涙に暮れる(めい)が泣き止んだのは、茜色の空が黒い雲を纏い始めた頃。

 体を丸めしょぼくれていた鳴は、いつもの尊大な態度が嘘みたいだ。尻尾で私を急かしながら、白狼父(おとうさん)たちが待ってるだろう縄張りへと歩く。

 鳴のかなしみは、茜色の空と同じ怒りへと変わっていた。尻尾をピンとたてながら、気位の高い猫見たいに澄ましている。……本当はそんな余裕ないのに。

 時々タレそうになる尻尾を気にしながら、目の前でしっかりと歩く鳴について行く。やっとまともに歩けるようになった私には少し速く、だけど鳴を見つめるには十分過ぎる速度だった。

 ぐったりと疲れたようにしていた鳴と私を迎えたのは、心配そうに縄張りを徘徊する白狼父(おとうさん)で。

 傍には(ゆづる)兄さんと(りつ)兄さん。その後ろ側には(つぐ)兄さんがゆったりとした足取りでこちらに向かっている。

 なんでかな。意志疎通はできなかったけど、そのはずだけど。小刻みに震える鳴が、駆け足で近寄る兄さんたちが、家族が、やさしくて、いとおしくて。

 改めて、いま私を包んでいる彼らが”家族”なんだってことを強く認識する。


 あ、そっか。

 ちゃんとわかってなかったんだ。いま、この瞬間、私を包む彼らの存在を、私の”家族”なんだって、それを全然わかってなかった。

 どこか一線引いて、彼らは”うた”の家族で、この身体の肉親で、”うた”は私が入ってる身体で、無意識に自分の身体じゃないって、分厚いガラスの向こう側から覗いてた。受けれていなかったんだ。自分の死を、今の生を。

 受け入れたつもりだったんだ。受け入れて、復讐してやろうって、そればっかり。駆けることも狩りも、できないのは当然だった。だって、私を”うた”だって受け入れていなかったから。当たり前にできるはずの事をできないのは、それができるようになりたいって強く望んでなかったから。

 意志疎通だって、強く強く望んでなかった。できたら便利だな、なんてそんな感覚で。いまだに忘れられない、あの時の痛みが、生への執着が、私を”珠城唄(わたし)”のままとどまらせる。

 生きたかった。したいこともあった。食べたいものもあった。見たいものも、感じたいものも、たくさん、たくさん。

 それがすべて叶わないことを知るのには、私はあまりにも未熟で、幼くて、どうしようもなかった。受け入れた振りをして、拒んで拒んで拒んで、どうしようもない感情に振り回されて。

 降り積もった雪が融けるように、胸にたまった何かが少しずつなくなっていくような気持ちがする。そして今まで溜まっていたものとは違う、不思議な柔らかさが代わりに広がる。

 ざく、と芝生を踏む音に、私は顔を上げた。ゆるりと視線を彷徨わせて、今目の前にある光景を受け止める。

 蹲った鳴を舐める白狼父(おとうさん)の姿、それを見てからかうような顔の律兄さん、落ち着きなく私の周りをうろつく弦兄さんに、呆れたように私を突く譜兄さん。

 目が熱かった。視界が歪み、音がやむ。一瞬だけ、小さな白狼の姿が過る。

 それは”うた()”だった。


「わぅぅ……ッ」

「ガウゥ」


 小さくなるように蹲った。そんな私を包むように、譜兄さんが私をおなかの下にいれる。

 トクン、と柔らかな鼓動と暖かさが伝わって、それが零した涙を誤魔化してくれた。

 その日は寮に帰らず、外で過ごした。私と鳴を囲んで眠る白狼父(おとうさん)たちの体温を感じながら、鳴と一緒に笑う。

 寒かったことなんてすっかり忘れて、2匹揃って熟睡した。



 くあ、とあくびをした鳴につられて私も一息零す。

 ぶるりとした寒さを感じて起きれば、私の傍には鳴1匹。え、どゆこと? と思っていれば、どうやら白狼父(おとうさん)たちは狩りに行ったようだ。

 なんでわかるか、って、なんだか鳴がそんなことを言っている気がしたんだ。あと鳴が私の傍にいるってことは、鳴の分のごはんも兄さんたちに頼んだのかな。

 つまらなさそうに芝生でゴロゴロする鳴を見て、まったく昨日のしおらしさはいったいどこに行ったのかと1分間くらい問い詰めたくなる。いや、今はそんなことを考えてる場合じゃなくて。

 


「……ゥウ゛」

「わぅ?」


 鳴? どうしたの、と問いかける私の鳴き声は風にかき消された。

 全身の毛を逆立てた鳴は、私を尻尾で撫で上げると、自慢の脚力を使って素早く駆けた。いや、何かに跳び付いた。

 薄茶色にくすんだ茂みの奥、激しく揺れて舞い散る草の向こう側から白くて大きなかたまりが見えた。

 それは、私たちと同じ存在。真っ白な毛に全身を包み、しっかりとした四肢にピンと伸びた耳。

 鳴を押さえつける前足から覗くツメが、その存在が大人であることを教えてくれた。


「グルルゥアッ」

「ゥウ゛ゥウウっ!」

「グァウ!!」

「ッぅうー」


 暴れる鳴を一鳴きで落ち着かせ、ぽーん、とこちらに飛ばした。あ、え、こちらに飛ばしたぁ?

 ちょ、ま、まつまつま、ッ!?


「っきゅー!」

「ゥアウっ」


 私よりも大きい鳴に押しつぶされ、苦し気に声を出す。重くて苦しくて暴れるけど、この鳴に私の抵抗がきくはずもなく。

 やめ、さっさと降りて鳴! と必死に訴える。投げ飛ばされた痛みが引いたのか、のろのろと私の上からどいた鳴は、飛ばした張本人、いや張本犬を睨み付けながら、警戒するように私を抱いた。

 じりじりと後ろに下がると、向こうもじりじりと寄ってくる。それを繰り返しているとかなり下がったのか、後ろの大樹にぶつかってしまった。

 ちょいちょい鳴よ、逃げ場なんてないよ。もうどうすんの、何も聞こえないよ。わからないよお姉さん。

 内心混乱しながら、牙を見せて警戒する鳴をあざ笑うように近づく相手にビビる。

 相手はおそらく白狼で、成犬だ。白狼父(おとうさん)と大して変わらない大きさに、覗く鋭そうな牙。

 キツめの瞳は灰赤色で、私が白狼なのかどうか疑わしく思ったのはその目の所為だ。

 私が知っている白狼は家族だけ。灰青色の瞳をしている私の家族は、1匹ずつちょっとだけ違う。弦兄さんは緑がかかった灰青色で、律兄さんは紫がかかった灰青色、鳴は赤紫がかかった灰青色をしていて、白狼父(おとうさん)と私は青みの強い灰青色だ。

 家族の中で目の色が違うのは、2番目の兄である譜兄さんだけで。譜兄さんの目は赤みがかかった黒色、というか今目の前にいる白狼みたいな灰赤色をしている。

 もしかしたら、他の白狼たちはみんなバラバラの目の色はしているのかもしれない。そう言えば白狼母(おかあさん)がどんな目の色をしているか知らなかったなぁ。

 今目の前にいるこの白狼さんのほかには、どんな色があるんだろう。今まであまり興味を持たなかった他の白狼に興味を持つ。これは、私が白狼を受け入れた証なんだろうか。

 灰赤色の瞳を瞬かせると、彼(?)はクッと口角をあげた。そして素早い動きで近づくと、私を抱いていた鳴をどかして、私の首根っこを掴む。

 驚く暇なんてなかった。いや、ナニが起こっているかさえわからなかった。

 ただいつも以上に高い視線に、冷たい風、それが私に伝えてくれる。攫われました、と。


「ワゥゥウウンッ!!」


 鳴の引き留めるような悲鳴が聞こえたのは、私が焦り始めた時だった。

 なにがおこってんねん。



******



 灰赤目の白狼に連れてこられたのは、教員が住まう寮の庭。そこが中庭か裏庭かは知らないけど、遠目でしか見たことのない教員寮をこうして間近で見ると、なんだか興奮する。

 気分は凄くハマってるアイドルの家を発見したファンだ。いや、そのアイドルの家に入ったファンの気分、のほうが正しいかもしれない。うん、何を言いたいかっていうと、ほんとうに興奮するよ、うん。


「ガルルッ」


 短く、呼びかけるような鳴き声。その重低音は木々を揺らし、葉を落とす。灰赤目の白狼は、ぽとっと私を地面に降ろした。

 一瞬の静寂。その次の間に、強く風が吹いた。

 彼(?)は低く唸り続けながらも、私を後ろに下げるとサッと伏せた。それはまるで、主人を出迎える従順なイヌの様に。

 そんな灰赤目の白狼の姿に、自然と警戒心が強まった。ピンと耳を立て、何が来るのか待ち構える。1分にも満たないその時間が、すごく長く感じた。


「……(ふつ)? 帰ってきたのか?」


 少し高めの、男の声。それは短い間、毎時間聞いた懐かしい声で。

 灰赤目の白狼がそれに反応して立ち上がった。その口に、私を咥えて。


「うん? ……なんだ。今日はずいぶんとかあいらしいお客さんと一緒だな」

「きゃぅ」

「で、なんだってこんなちんまい仔を連れてきたんだ? まさか、攫ってきたってわけじゃあねぇよな」

「……」

「おいこら。だんまり通してんじゃねぇーよ。こちとら10年近い付き合いだぞ? さっさと吐いちまえ。それともなにか、えぇ? ほんとに攫ってきたのか、お前」


 なんつーことを、と目頭を押さえる男性。

 朝露が滴り落ちる瞬間、柔らかな太陽の光りが彼を照らし、彼の容貌をキラキラしくみせる。それは、まるで液晶画面越しで輝く、俳優の様に。

 どうしようか悩む彼を横目に、私は懐かしさに浸っていた。


 ――― 彼は私の先生だった

 もとから色素が薄いのか、ミルクティブラウンの髪を遊ばせ襟足を少しだけ伸ばしている。目の色は光に照らすと琥珀色や金色にも見える紅茶色で、ぱっちり二重がチャームポイントだと前に言っていた。

 朝だからか、はたまた教師寮だからか、いつもよりはラフな格好に崩された髪型が珍しかった。彼は笑う。どうしようもなさ気に、仕方なさ気に、曖昧に。

 灰赤色の白狼、確かふつ、さんを撫でながら、その腕に私を抱き留めた。


「まったく、符もどうしようもないってか、誰に似たのかねぇ。……あ? 俺に似たって、笑わせんな俺はもっとまじめだ。こら、鼻で笑うな。っはー、苛ついたから攫うって、おま、どうしようもねぇな」


 え、私って苛ついたから攫われたの? んな馬鹿な、と思いつつ、ぷらーんぷらーんと揺れる状況から脱したことに密かに喜ぶ。

 彼の腕に抱きとめられ、私は小さく息を吐いた。……文面上だとやけに恋愛チックだな。だが言おう、私はイヌの姿だと。

 まだ同じ種族と絡んだほうが絵的に恋愛だよ。これじゃあ飼い主にじゃれつくペットの図でしかないから。どうしようもないから。

 でもあれだよねぇ。肉体的同種恋愛(イヌさん相手)か、精神的同種恋愛(ニンゲンさん相手)か、それだよなぁ。アレだよアレ、肉体的ホ○ォかレ○ゥのどちらか、その反対の精神的か、どっちかを迫られてる気分。

 まあどう足掻いても肉体的同種恋愛を選ぶほかないんだけどね。くそう、どうしようもない。

 だから、せめて生まれるなら人間が良かったんだよ。だってアレだよ、今の私が好きな人に抱き付いても飼い主にじゃれる以下略だよ。

 はぁ、と息を吐くと、きゅるるる、と腹の虫がなった。……恥ずかしい。


「なんだ、ちび。腹減ったのか」

「わぅ」


 すいません。お腹すきました。

 だってご飯食べる前に攫われたんですもん。腹ぺこぺこですよ。

 ご飯プリーズ、とおなかの中で呟いたらふつさんに叩かれた。え、なんでわかった。


「あー、ちび、果物は好きか?」

「わぅ!」

「おう、好きか! そんじゃ、ちょっと持って来るから待ってろ」


 ぐっと高い高いをするように持ち上げられ、光りに照らされる。ずいぶんと高い位置まで持ち上げられたからから、視野が広く世界が輝いて見えた。

 ゆっくりと地面に降ろされると、行ってくると呟かれたあと速足で歩いて行った。

 教員寮の庭には私とふつさんだけが残されて、ざわざわと感じる風を感じながら横目に彼を眺めた。

 名前の感じからして、おそらく雄であろうふつさんは、気だるげに寝転がると眠ってしまったのか動かなくなってしまった。

 灰赤色の目が閉じられ、咥えられたときに感じたさらさらの毛が風に撫でられる。

 白狼ってさらさら毛が多いのかなぁ。私と譜兄さん以外みんなさらさら毛だし、もしかしたら私たちの白狼母(おかあさん)が珍しかったのかもしれない。

 私はこの内巻きの毛並が気に入っているし好きだけど、譜兄さんはどうなんだろう。まあたぶん気に入ってるんだろうな。だって、ちゃんと毛並みの手入れしてるし。

 きゅ、と腹の虫をならしながら、何してようかなぁ、とゴロゴロ。

 そういえば、向こうは今頃どうなってるんだろう。彼が攫われたって言ってるし、もしかしたらとんでもないことになっているかもしれない。

 攫う、ってつまり誘拐なわけだから、白狼社会がどんなものかはわからないけど、人間社会だったら間違いなく朝のニュースで話題だった。謎の誘拐事件で話題になってたよ。私なんて証言しよう。

 って、そんなことを考えてる場合じゃなくて。それでほんとに大事件になってたら、なんて説明しようかなぁ。いやそもそも説明できないよね。

 ずっとわんわん言ってるだけで終わっちゃうよ。こんな時に意思の疎通ができないって大変だよ。

 どうしたらできるのかなぁ。頭の中でいろいろ考えるクセを直せばいいの? 何も考えずに行動すればいいの? ありのままの、野性的な自分のままで!

 ……よそう。なんだか自分がどんどん可笑しな方向に進んでいくようで怖い。


「ぐあーっ」


 なにごと!? と突然の鳴き声に驚いて視線を彷徨わせる。

 それはふつさんのあくびだった。なんだ紛らわしい!

 一度あくびをすると、くるんと寝返りをうって止まった。

 朝露がきらめく庭の芝生はキラキラしていて、毎朝水をやっているのかもしれない、なんて考える。

 自然に任せっきりな向こうの芝生に比べて、こっちの芝生のほうが青々として見えた。この朝露も、おそらくはその水が原因か、な。

 そんな中で寝転がると、さらっさらなふつさんの毛並みに雫がついて、それが太陽の光にあたって輝く。キラキラのエフェクトをかけたみたいだ。

 ここだけ一気に季節が戻った、いや、進んで春になったみたいで、ちょっと不思議な気持ちになる。

 転生して得たこの身体で過ごした季節はまだ2つ。1つ目は燃えるような夏で、2つ目がまさに今。際立つような秋だ。

 生前では4つ全部コンプリートしたけど、それに対した思い出はない。いや、3年間分くらいイイ思い出があるけど、それを抜かせば対して興味もなかった。

 年々見える世界は変わっていって、それと同時に古いものと新しいものが入れ替わって忘れていく。幼い時は楽しかった景色も、大きくなればどうでもよくなっていった。

 だけどこの身体になってから、私は景色が綺麗だなと思えるようになっている。小さくて低くて、ピントがちょっとずれたこの視界から見渡す景色は、驚くほど綺麗だった。

 奏宮の庭は何度も見ていて、もう見飽きていると思っていたのに、今は楽しい。この低い視界から見える世界は遠く、広く、輝いていた。

 朝露に濡れて輝く芝生、あいまあいまを縫うように歩く蟻の行列、地面を掠る風に、木々のざわめき。あの頃は気にもしなかった小さな景色。

 今はそれがいとおしい。可笑しいくらい、いとしかった。


 きゅるるー。

 私の腹の虫よ、この時くらい空気を読んでほしかった。


 腹の虫に邪魔されたシリアスかっこ笑いわっことじな雰囲気は、ひときわ強い風によって羞恥心もろとも消えていった。

 けっして、決して恥ずかしさに顔を押さえてたりしているわけじゃありません。そして前足の短さゆえに届かないわけでもありません。

 ひとしきり転げまわった後、全身についた朝露の雫をブルブルと落とす。しっとりと濡れた内巻きの毛並みを気にしつつ、乾かすために日光が強い場所まで移動する。

 程よい暖かさに毛並みを曝しながら、ご飯はまだだろうか、と思案。うーん、他所の人さまにご飯を求めるのは我儘なんだろうか。いや、こっちは誘拐された身なのでご飯要求くらいは、うーん。

 出てくるごはんは果物らしいけど、一体何かなぁ。秋だから林檎? プルーン? ドラゴンフルーツ? 私的には林檎を希望! あ、贅沢かな?

 とにかくマズくなければなんでもいいので、ご飯下さい。もうお腹が、腹ペコで吠えだしそうだよ。


「あおーん!!」


 ご飯くださーい!!

 ご飯、とにかくご飯。一口でもいいんです。せめて一口でももらえれば、なんとか自分で帰りますんで。頑張りますんで。

 ほんともう勘弁して下さいよ。おやっさぁん、なんて遊んでる場合じゃなくてほんとにもうほんとにお腹すいた。昨日夜ご飯食べてないんですよ。朝ごはんも食べてないんですよ。

 2食分抜いてる状況なんですよ。え、野生の白狼はこれくらい平気? ばーろー、私は温室育ちの白狼です。飼い犬並なんです。私に野生で生きることを求めるなら、まずは狩りの仕方から教えてください。

 ご、は、ん、ご、は、ん、ご、は、ん!!


『うるっせぇぞ小娘!! ご飯ご飯うるせぇよ! わかったわかった木の実取ってきてやるから落ち着け! ……さっきまで呼びかけにすら答えなかったくせに、いきなりなんだコイツ』


 あ、やったぁごはんだ! 待ち望んでたご飯。そう、もう木の実でいいんです。前まで木の実生活だったし、全然問題ないんで!

 しゅばっと行ってしゅばっと帰ってきて、目の前に置かれたのは塾れた木の実。つるん、としていておいしそうで、自然の唾液がでるわでるわ。

 食べていいですか!?


『いいよ。どーぞ』


 いただきます!!

 ……お、おおお、美味しい! 2食分抜いた後のごはんすっごく美味しい!

 舌に溶けるような甘味と酸味が絡みついてきて、程よい爽やかさを口内に残していく。たっぷりとした水分が喉の渇きも潤してくれて、シャキシャキとした感触がこれまたイイ。

 こんな木の実初めてたべた。美味しい、美味しすぎる。


『美味いだろ』


 はい! 凄く、すごくおいしいです!

 この身のうちにたまるなんとも言えない気持ち、そう、このおいしさをどう伝えればいいのか迷う気持ちを抱えつつ、全身でおいしさを訴える。

 これはもう売り物に出しても問題ない。というか三食これでもいいです。問題ないです。

 可笑しな表情になってるだろうに、いや白狼だし表情とかあんまり変化ないか? それでも可笑しな表情になってるだろうから、そんな表情にドン引きされてなきゃいいな。

 はぐはぐと一生懸命木の実を食べる。普段与えられる木の実よりもおっきくて、いつもだったら食べきれない量。だけど今の私は空腹だ。だから最後まで行きます!


『おいおい、誰も取ったりしねぇから、もうちっと落ち着いて食えよ』


 あ、すいません。

 そうですね、誰も取ったりしませんよね。はは、何を焦って食べてたのやら。

 いつも私のドッグフードをつまみ食いする弦兄さんも、とっとと食えとせかす譜兄さんも、牙をキラーンと見せる律兄さんも、横取りする鳴もいない、つまりなんの心配もないはずなのだ。

 だって誰も取らないのだから。そう、誰も。

 ……うん? まて、うん、え?

 誰も、え、ちょま、え、つまり。


『あー、口の周りに食べかすついてっぞ。ったく、世話が焼ける』


 ペロリ、と口元を舐められる感覚。

 誰も、誰も私のものを取らないなら。そのはずなら。

 いま、わたしの、口元を舐めたのは、だれ?

 っていうか、今まで私の話し相手をしていたのは、どこのどちらさま?

 その前に、わたし、なんで話せてんの?


「わぅーん!?」


 初めて意志疎通をした相手は、誘拐犯でした。



 

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