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灰の中  作者: 文月一句
14/15

痛み

夜が明けた。

今までと違い、日の光が直接入ってくるせいか、自然と起きることができたような気がする。

相変わらず体中が痛く、動きが緩慢だ。

明らかに栄養が足りないということが、身をもってわかる。

炭水化物、タンパク質、ビタミン、ミネラル類……そんなものを考えて摂取できるような身分ではないが、ちゃんと考えて食事をしないとそのうち風邪でもひきそうだ。

そして、風邪をひいたら……まず、死ぬだろう。

そういえば、山菜を昨日収穫したと聞いた。

雑草除去の副産物だ。

文字通り山のようにあったそれは、どれくらいもつかはわからないが、俺たちの足りない栄養の助けになるだろう。

これから夏がくれば、ますます体力を消耗していく。

塩分も必要だ。

水はそれ以上に重要だ。

海水から塩を作るには、大量の燃料が必要だと聞いたことがある。

現状、川の水を殺菌するのにも火を使っている。

俺たちの飲料水の生成方法は、石や木炭でフィルターを作り、大きなゴミを取り除いた後に水を煮沸消毒するというやり方だ。

少々炭は入るが、ゴミが入っているよりマシだ。

フィルターは谷村さんが手本を作り、それをみんな各々ペットボトルを利用して作っていた。

基本的に自分の分の水は自分で確保し、余剰分を供出している。

燃料は今後夏を越し、秋、冬とくれば暖を取るのにも必要だろう。

とにかく、俺たちが持っていた避難者用の食糧や装備なんていうものは、短期間で救助が来ることを前提としたものになっている。

一か月や二か月、補助的なものもなしで耐えられるようにはなっていない。

早急に準備が必要だ。


俺の動きに刺激されたせいか、何人かが起き始めた。

おそらく俺と同じように、みんなのどが渇き、飢えているだろう。

ここの所まともに食事にありつけていないし、食べる気にもならなかった。

俺も例外なくそうだったわけだが、一度家の中で寝ると、思い出したかのように食欲が湧く。

何か食べたいし、食べさせてやりたかった。

外においていた水を、じょうごをつかって自分のペットボトルに汲み取り、それを飲む。

やはり、おいしく感じられた。

生きる気力というのは、やはりまともな生活に戻ろうとするほど湧くらしい。

今はとにかく、おいしいものが食べたいし、何か飲みたい。

そういった欲望はみんなも同じようで、男子も女子も列を作って水を汲んでいた。

その変わりようは、頼もしくもあり、心配でもあった。

欲望は強い動機にもなるが、コントロールを失いやすい。

それは、受験生だった俺がよく知っていることだ。

それが集団になると、より悲惨な結果が待っているだろう。

この列がそのまま、喧嘩する集団にもなりえる。

そうなれば、もう俺には止めることもできない。


水を飲んだ俺は、もうあとどの程度残っているかもわからない乾パンに手を付けた。

大切なエネルギー源だ。

みんなもそれぞれ、自分が確保している食糧をもそもそと食べている。

誰かと話しながら、なんていうことはない。

ただ、黙ってみんな口を動かしていた。

「みんな、食べすぎないように気を付けて」

俺は一応声をかける。

ぱらぱらと返事が返ってきた。

ここまでの行進を通して、なんとか実際にもリーダーとして認めてくれたのだろうか。

「ちょうどみんな集まってるから、ご飯を食べた人から順に俺のところに来てくれ」

そういって、みんなを呼び寄せる。

別に、リーダーシップの確認をしたいわけではない。

「大切な話がある。全員そろってから話すよ」

中には今になって起きたものも居たが、全員が水を汲み、あるいは何かを食べていた。

もちろんだが、山菜類にそのまま手を伸ばすものは一人もいなかった。

分類はしたものの、まだどうやって食べるのかさえわかっていない。

谷村さんや木山、マイも俺の前に集まってくる。

食事が終わり、全員が集まるまでおそらく十分もかからなかっただろう。

もはや時間の感覚は完全に狂っているが、食糧の関係上食事時間は短い。


「話って?」

木山がそう語りかけた。

「食糧の話だ、みんな、あとどのくらい手持ちがある?」

そういうと、にわかにざわつきだした。

俺、もうほとんどないよ、私も。

そういったような声がほとんどだったように思う。

むしろ、まだ残っている方が奇跡的だと思う。

「たぶん、みんなほとんどないと思う。それをいったん回収したいんだが……」

俺は、自分のリュックサックから缶詰を取り出し、自分のすぐ近くに敷いておいたブルーシートの上に置いた。

「こういう風に」

また、少しざわつく。

当然だ。

今まで自分で確保してきたものだ。

中には、怖い思いをして確保したものもあるだろう。

それを差し出せと言う。

「谷村さん、どうです?」

「え……ああ、そうだね……みんな、言うとおりにしてくれ」

その声に、何人かが従う。

やはり、食糧は渋る人が多い。

「ちょっとまって、君はこっちに立って」

「え、あ、はい」

最初に食糧を置きに来た男子を、俺の横に立たせる。

また、他の置きに来た子にも同様の事を繰り返した。

「後のみんなは、食糧はもうないか?」

「リーダー、そりゃ難しいと思うよ……俺たち、食べるものは自分で見つけてきたし……」

木山がそう言った。

何にも言わないより、意見を言ってくれた方がありがたい。

「谷村さんにフィルター、貰ったろ? みんな、これから食糧はみんなで収穫して、みんなで分配しなくちゃならない。スーパーにあったようなものは、全部腐ってるんだ……これからは、自分たちで作るしかない」

そう言った俺の言葉に、またそれぞれの言い分が波のように広がる。

そんなの無理だよ、そういった悲観的な声が多く聞こえる。

「もし、今出してくれないなら、出さない人には食糧を分けることはできない」

「そんな……! いくらなんでも」

「お前がリーダーだったらどうする、木山?」

「それは……」

言いよどむ木山を見て、いくらかの生徒が俺の横に加わった。

女子が多い。

男子は、食べる量や獲得してきたものの差があるのか、やはり動かない。

あるいは木山の動向を見ているのかもしれない。

もしかしたら、代償を出さなくても飯にありつけるかもしれない。

そういう考えが集団に広がれば、たちまち荒廃する。

「締め切るか?」

もはや少数派となった残りの子たちは、あきらかに狼狽した。

ほとんどの人間が走り、食糧を手に持って俺の横に加わる。

木山も例外ではない。

少々やりすぎかとも思ったが、これから何度も、同じような場面はあるだろう。

そのたびにこういったことをしなければならないのかと思うと、気が重かった。


残ったのは二人。

一人は泣き崩れ、一人はその背中をさすっている。

「リーダー、もう全部食べちゃったんです、持ってたもの……!」

どちらも女子で、たしか泣いている方が松井、背中をさすっているほうが清水という苗字だったように記憶している。

二人ともやせ気味で、どう見ても食糧を多く食べているように見えない。

おそらくは、限られた食料で今までやりくりしてたのだろう。

「……今重要なのは、食糧を出すことより、考えに同意してもらうという事だから、君らはもちろん、協力してくれるよな?」

「は、はい、ねえ、美和、立って、あなたも」

みんなから、憎悪の芽のようなものが吹き出すように感じた。

ピリピリした空気だ。

そんな空気を感じ取ったのか、松井は一層泣いた。

時折咳き込むが、同意の言葉はまだ引き出せない。

清水もそんな松井を引っ張り上げようとするが、力が入らないのかそれもままならない。

俺は見かねて、直接松井の隣に行き、屈んで目線を同じくした。

目は真っ赤だが、顔色は良くなかった。

真っ黒な髪を肩まで伸ばし、軽くウェーブのかかったそれは、松井の表情を隠している。

しかしながら、生きるのに必死だという気持ちは分かった。

さすがに食糧を隠し持っていたりはしないだろう。

「誰か、松井が仲間に入るのに異論のある人は?」

俺が居た元の場所で、また少しざわめきがあった。

「お、俺、一番そこに置いたけど! どうなるんだ、配分、俺の全部無くなっちまうのか?」

声が裏返っていた。

ひときわ背の高いその男子の名前は、たしか太田。

頭を丸刈りにしているところから、木山と同じ野球部員だったのだろうか。

ユニフォームは着ていない。学校のジャージ姿だ。

「大丈夫……一応、食糧の量ごとにここしばらくの仕事を決めようと思ってるから。多く置いてくれた人は、軽い仕事。少ない人は、少々重いのを」

言葉を選んでは居られない。

「少々」がブレーキになるとは思ってはいない。

どよどよと、今までで一番の声が広がる。

重い仕事ってなんなんだ、軽い仕事って?

そういった思いが根底にあるのだろう。

あるいは、日常を逸脱しているということに、今になって覚醒した人間もいるのかもしれない。

その点、松井はまだ現実を見据えていたのかもしれない。

食糧が尽きれば、あるいは少なくなれば、当然不安が大きくなる。

考え事も増える。

そして、より現実を重く認識するようになる。

松井の涙は、非現実的なことに対するものではなく、今、まさに目の前に迫っている危機に関してのものだ。

「だから、松井と清水に与えるのは、俺たちの中で一番きつい仕事だ」

「なんですか……?」

「食糧の配分係。管理と分配をやってもらう。みんなが獲得したものの記録、消費したものの記録。そういったものもやってもらう」

二人の顔は、安堵の色と、絶望の色に塗り分けられていた。

清水は安堵を、松井は絶望を。

半ばいじめのような配置だと、自分でも思う。

だが、二人の栄養状態から、肉体的な負担をかけるというのはそれもまた、非道だとも思った。

きつい仕事だと宣言することで、二人に対する非難も避けたい。

実際、きつい仕事だ。

悪態もつかれるだろう。

悪口も言われるかもしれない。

ただ、この場ではとてつもなく重要な仕事だ。

「食糧に関しては、この二人が俺と同等の権限を持っているものだと思ってくれ。さっそく、誰がどの程度置いたか、記録してくれるか?」

「はい! いこ、美和!」

美和と呼ばれた松井は、目をこすりながら、手を引かれてついて行った。

何とか、この場を納めることはできただろうか?

ひとまず不満の声は出ないが、配分でトラブルが起きるのは、予想される事だった。

「俺の仕事は、一体……?」

太田がそう言った。

一番重いのが記録なら、軽いのは一体なんだろうか?

「谷村さんと一緒に、山菜の仕分けをしてくれ。あと、みんなが集めて来るものの荷受けをお願いしたい」

何とも複雑な表情だった。

しかし、他の人間がしなければいけないことを聞けば、その顔も喜びの顔になるだろう。

「まだ記帳が済んでないが、水汲みに人が欲しい。たぶん、一番多く要る。次に物資の回収、それから周囲の探索それぞれ、やりたいものがあったら言ってくれ。ただ、誰も何もやらないという風にはしない。みんな、何か仕事をするんだ」

「俺、探索するよ」

木山が名乗り出た。

これ以上ない適任だと、俺は思う。

最初に俺とマイを見つけたのも、木山だ。

さっきの作業の時も頼もしく思えた。

木山なら、たぶん危機的状況に陥っても逃げ出すことができるだろう。

他の人間の仕事ぶりも見てないから、よくわからない。

「俺、何か拾ってくるよ。山菜の仕分けは女子の誰か、やってくれ」

太田が物資の回収に名乗りを上げてくれた。

俺の目算でしかないが、太田は一人で一週間分ぐらいの食糧を拾っている。

またこれも適任だと感じた。

「そうか、うれしいな。他は……?」

二人を口火にして、みんな仕事を名乗り出た。

結局、仕分けに残るのは最後まで名乗り出なかった大野という女子になった。

少々沈みがちで、あまり周囲を歩き回るのに適しているとは思えない。

周りも配慮してくれたのかもしれない。

周囲の探索は木山をリーダーとして、4人。

水は俺をリーダーとして、15人。

物資の回収は太田をリーダーに男子のみで6人。

家の片づけ、周囲の整備、松井と清水の最初の記帳の手伝い、山菜の収穫と残りの人間がボーダーレスに動く事になった。

水の人手のほとんどは、荷車を通過させるための道の確保に必要だった。

道さえできれば、数人でも大丈夫だろう。

俺がリーダーとして出ることもない。

水の確保が日の高いうちにできれば、農業に関しても考えるつもりだった。

周囲の整備の仕事を引き受けた子たちには、その旨も伝えている。

農地の確保をしてくれるはずだ。

順調とは言えないが、すべてが動き出した。

今までは備蓄を食いつぶす日々だったが、今からは生き延びるための行動がようやくできるのだ。

それは、あの場所ではできなかったことだ。

できるだけ文明の火を残そうとしていた、あの場所では。

谷村さんは俺をリーダーとしたことを、間違いだと思っているだろうか。

あるいは、成功したと思っているだろうか。

どちらも、今評価はできないだろう。

おびえてはいけない。

俺はリーダーなのだから。

「行くか、マイ」

考えを振り切るように、俺は言った。

「うん」

残りの13人は、マイと俺に口笛を送る。

俺もマイも赤面する。

恥ずかしい思いをしたが、みんなの心の元気が少しずつ戻っていることを実感した。

それと同時に戻ってきた体の節々の痛みに、少しの不安を覚えながらも、俺たちは川に向かって歩き出した。

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