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灰の中  作者: 文月一句
13/15

拠点の構築

休憩を終えた後、今日の寝床を確保する作業を開始することにした。

ぬかるんだ地面の上で寝ることは、病気を呼び込むことと同じだ。

少し山を下りたところにひとまず居を構えることにするか、

もしくはここの木を除去して、民家を使えるようにするか。

見た感じでは、木は横から窓を突き破る形で住宅をついており、壁や屋根には大した損害を与えていないように見えた。

使える物資が中にあるかもしれない。

そう考えた俺は、木山と二人で家の中へ入ることにした。

他の人たちには周囲を見張ってもらい、俺と木山は外から腰にロープをつけてもらっている。

何か外であれば、引っ張って知らせてもらうためだ。

二階建てになっているが、今すぐ二階に上がる勇気はさすがにない。

一階は玄関から二階に伸びる階段と、リビングへの扉があった。

外から見てもわかるように、この家はどこにでもあるような、現代的な一軒家で、

改築を最近したおかげなのか、地震には耐えきったようだ。

山の斜面ではなく、中腹の平らになったところに建っていたこともあり、土砂により地面ごと流れていくことはなかった。

奇跡的に残った物件の一つのようだった。

前回の拠点と言い、俺たちはだいぶ運がよかった。

衝撃波か何かで吹っ飛んできた木が、壁を少しだけえぐってはいるものの、柱には致命的な打撃が加わっていない。

家の四隅が無事で、一階天井にも損傷は見られなかった。

これは二階に登れそうだ。

それに、木もうまく抜けば大丈夫だろう。

素人の評価だが、現代建築の頑丈さを祈るしかない。

なんせ、ここがなければ最初は野宿で、居留地を作るところからはじめなければいけないからだ。


俺と木山は一緒にリビングを抜け、ゆっくりとキッチンに入った。

あらゆる家具が横倒しにされ、冷蔵庫なども倒れている。

しかし、家具は家具の形をしており、立てただけでもう一度使えそうなぐらいきれいだった。

ダイニングテーブルは木に押しつぶされていたが、食器棚は無事だ。

システムキッチンになっている収納を開けると、調理器具や調味料が見つかった。

食糧はさすがにないが、補助的に使えるものだ。

冷蔵庫を上向きにさせ、中を開ける。

大半は腐敗しているからか、すさまじいにおいがあたりに漂った。

肉系は確実にダメだろう。

卵はすべて割れて、腐ってへばりついている。

もしかしてこれも、100Vを確保すれば動くのだろうか。

電気がもったいないかもしれないが、今度谷村さんに相談してみよう。


当たり前かもしれないが、家の中には農業に関するものは見つからなかった。

二階はどういったものが置かれているのかはわからないが、一度外に出て報告をすることにした。

「一階は木さえ抜いて、壁の穴とか窓とかふさげば使えそうです」

「しかし、木はどうやって抜く? 見た感じ、相当重量がありそうだが……」

木は根の方向を外にして、枝側から家に突き刺さっていた。

人間でいえば「頭から突っ込んだ」という感じだ。

生えていた木がふっとばされて突き刺さったなら、当然の状態だろう。

重いのはもちろん、枝葉の部分も邪魔になる。

「まず、枝を落としましょう。それから、窓にかかってる部分の下に毛布を敷いて、ロープを巻いてから滑らしましょう」

自分でも驚くほどに手順をすらすらと言った。

こんな経験など一度もないはずだが、それがうまくいきそうに思える。

「枝を落とすのに、刃物は……のこぎり一つと……ああ、あそこに鉈がある」

谷村さんが指さした先は、元納屋であったであろうプレハブの近く、道具が散乱している地点だった。

手のひらから肘ほどの長さの、小ぶりの鉈が落ちている。

あれならだれでも扱えそうだ。

しかし、その二つしかそれらしい道具がない。

仮にチェーンソーみたいなものがあっても、下手に扱えないが。

とにかく、作業を開始することにする。

全員が参加できるものでもないから、ほかのみんなには周辺の片づけをしてもらうことにした。

特につぶれたプレハブの中には、種や肥料、道具や燃料が眠っているかもしれない。


木は家に突き刺さった時にかなり損傷したようだ。

枝をはらうのにもあまり苦労することなく、小さなものはポキポキ折れていく。

大きな部分はのこぎりで落とし、整形していく。

二時間ぐらいだろうか、夕日の見えるころにはなんとか外に出せるぐらいに、

木は小さくなっていた。

また違う日にきっちりと補修しなければならないだろうが、

リビングはマットを敷けば普通に寝られそうだ。

他の木は家を貫いておらず、ただ寄りかかったりしているだけだったので、

その除去は明日以降にすればいいだろう。

とにかくみんなが雑魚寝するぐらいのスペースがあればいい。

俺と木山は終始無言で作業を続けていた。

そうでなくては、体力がもたない。

周りのみんなもほとんどそんな感じで、ゴミの置き場などを決めていたぐらいの会話しか聞こえなかった。

そのせいか、ほとんど外を見ることもなかったが、外を見て驚いた。

これこそ、人数のなせる業だと思った。


木を外す最終作業のために外に出ると、畑があった部分の背の高い雑草は、

ほとんどなくなっていた。

隅の方に固められ、山になった横には、いくつかの枯れかけの作物が見えた。

「もう終わったのかな、串本くん」

谷村さんが汗だらけの顔でそう言った。

「いくつか食べられる草もあったよ。分けてある」

指さした先に、小山になった草があった。

作物はダメだったが、これだけあれば手持ちの食糧と合わせて結構持ちそうだ。

「袋入りの種もあった。破れてるけど、説明書きもね」

なんて運がいいのだろうか。

若い世代が農家を継いだのだろうか。

説明書きは、どこかのインターネットサイトをプリントアウトしたようなものに見えた。

詳細は明日、明るくなってから確認することにしよう。


日はもうだいぶ傾きかけている。

家は片付いたとは言えないが、木は除去できている。

壁に空いた穴はふさぐ必要はあっても、床や天井は無事だ。

このまま雑魚寝をする準備をしてもいいが、二階がやっぱり気になった。

明るいうちに探索しておかないといけない。

いくら電気のある生活の時より暗闇が見えるようになったといっても、

細かいところは見えないし、どれだけ慣れても昼間のようにすべてが見えるわけではない。

家の頑丈さもさることながら、物資だ。

毛布、布団、衣服、そういったものは十分に物資になりえる。

俺の思いついた「貿易」に関しても、何かしらそのまま使えるものが多い方がいい。

単純に、俺たちだってそれらがほしい。

服は洗濯機を持ってきていないので、洗うのが困難になる。

もちろん持ってきてすえつければいいだろうが、もし冷蔵庫が使えるなら、

今後はそちらの方が重要だ。

今拾える食糧というのは、大半が腐っているだろうが、

今後生産するものを保存するのに、冷蔵庫は絶対に重要になる。

野菜のようなかさばるものを保存するのに、人数分の確保は無理かもしれない。

しかし、無いよりだいぶいい。

また、水も冷えたものが供給できれば、少しでも気がまぎれる。

健康には悪いかもしれないが、鬱々とした日々を過ごす方が、はるかに体に悪いだろう。


二階の探索は、またしても俺と木山でやることにした。

みんなもそれなりに体力があり、機敏だが木山は別格だ。

一人で友達を探していただけはある。

危険に対する察知能力も、なかなかのものだ。

一階は後で掃除するのと逃げることを前提に、土足で上がりこんでいたが、

二階は靴を脱いであがることにした。

じゅうたんなどがあればそれも確保したい。

雑魚寝にはうってつけのものだ。


二階には俺の予見どおり、じゅうたんが敷いてあった。

三部屋あるうちの二部屋は一面にじゅうたんがしかれていて、一部屋は寝室になっていた。

寝室にはベッドがほとんどそのままの形で残っていた。

確かにガラスや石ころなどが散乱してはいるが、ほかの部屋の家具ほど壊れてはいない。

残りの二部屋は書斎、子供部屋と言ったところだろうか。

子供部屋と寝室には物干し用のベランダもある。

それほど大きくない、二人ほど外に出ればいっぱいになるぐらいのものだ。

トイレは一階と二階にそれぞれあるみたいだが、機能はしないだろう。

電気も水道もないのだから。

仮に、一度だけ流せたとしても、水の補給はないし、そのうち下水道が詰まって大変なことになりそうだ。

屎尿は良質の肥料になると聞いたことがあるが、さすがに年頃の中学生たちにそれを要求するのは厳しいだろう。

いくら世界が壊れてしまったとしても、ほんの1,2か月前は普通に文明的な暮らしをしていたのだから。

俺も同じことをしろと言われても、なかなか踏ん切りはつかないだろう。

栽培より、山菜などを収集したほうがいいのかもしれない。

肥料も今ある分だけで、追加はないのだから。

草花や落ち葉で腐葉土を作るというのを、田舎のおばあちゃんから聞いたことがあった。

聞いたことがあるだけで、その方法もわからない。

俺が思い描く「貿易」先の例の集落には、そういった人はいないだろうか。


「片づけは明日本格的にやろう。とりあえず下でみんな寝られるようにして、それから明日だ」

いくら広い家でも、一回で全員が寝るのは無理かもしれない。

風呂場に寝具を持ち込めば、二人は寝られそうだった。

キッチンとダイニングで詰めて六人、リビングで十人、もう一つの部屋で四人、廊下に二人、脱衣所に一人……

残り七人はどうしよう。

そうやって決めている間に、日はすっかり落ちて、身動きがとり辛くなっていた。

やはり、二階を片付けるしかないだろうか。

「私、外でもいいよ」

マイがそう言った。

何人かがその意見に同調する。

「いや、女の子を外で寝させるわけには……二階が空いてるけど、片付けないとだめだ」

「じゃあ、二階片付ける。懐中電灯ある?」

そういえば、俺とマイの防災用具の中には懐中電灯があった。

それをすっかり忘れていた。

荷物類は外にブルーシートをかけて置いている。

防犯上はまずいのかもしれないが、人間が相当少なくなっている今、それだけで十分だろう。

この暗い森の中、懐中電灯の明かりや月明かり程度でここまで到達できるとは思えない。

そもそも、多くの人は都市部に居ただろう。

周囲の被害状況を見て、山間部にいたから被災しなかった人が居るとは思えない。

何十人もそろって生き残っている俺たちは、非常に運がいい。


懐中電灯片手に、俺たちは女子用に二階を片付けることになった。

女子は上、男子は下。

大体半数ずついるから、ちょうどいい分け方だ。

お互い気を使うこともない。

そのうち、寝床をどこかに拡張する必要もあるだろう。

この前の集落に居たという大工さんに頼めないだろうか。

あるいは、谷村さんに頼むという手もある。

設計だけしてもらって、あとはみんなでくみ上げる。

製材された材木などないが、町に戻れば何かしら建材を発掘できるかもしれない。

それから、ここから物を運び出したり、運び込んだりするためにいくつか追加の荷車がほしい。

幸い、荷車に使えそうな自転車や台車は道中いくつか見かけた。

工場が密集している地帯に行けば、さらに見つかるかもしれない……


片付けの作業は明かりも少ないため、予想外に時間がかかってしまった。

時計はないが、完全に夜になってからしばらく作業は続いていた。

完全にゴミを除去することはできない。

とりあえず、寝転んだりするのに危険なガラスや石ころ、大きな木材の破片などを中心に片付け、

マットレスを二階に上げた。

ベッドを使う人はじゃんけんで決めたようだ。

ずっと物憂げな顔をしていた子たちに、少しずつ笑顔が戻っていた。

それを見届けると、俺はいっきに体の力が抜けた。

もう何か作業をできるような気はしない。

ほかの男子たちも同様で、みんなそれぞれの寝床を確保すると、すぐに寝息を立て始める。

俺は疲労で満たされているものの、なかなか寝付けなかった。

今後のことで頭がいっぱいだ。

俺が考え出したすべての選択肢にリスクがある。

そしてその危険を蒙るのは、俺だけではない。

みんなと、それからマイ。

明らかに俺の中で、その二つは平等な存在から抜け出しつつあった。

今日はあまりマイと話せなかった。

なぜか話すことに気恥ずかしさが出来た。

こんな感情はリーダーとして不必要な事だ。

動揺は捨てないといけない。


リビングの窓から欠けた月が一人寂しく浮いているのが見えた。

なぜかそれが、俺に似ているような気がする。

荒涼とした空に一人ぼっち。

そんないじけた俺の目に、もう一つ小さな星が目に入った。

金星だ。

月の近くに寄り添っているようなそれを見て、なぜか俺は安心感を得た。

目をつむり、そのまま俺の意識は深みに転がっていった。

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